7-19 野盗と鰐の終わり
手下全員が武器を捨てて床に跪く姿を見て、周りに気付かれないように、安堵の溜息を溜息を漏らす。
戦闘は避けられた…よな?
コッチは別に好き好んでボコリ合いたい訳じゃないし、俺が戦うと下手すりゃ殺しちまうからな…。能力差があり過ぎると、コッチのどれだけ手加減したつもりでも、相手が勝手に死んでしまいかねないから戦うのが結構恐いんだよ。
「じゃ、チャチャッと縛りあげるか?」
俺と野盗のリーダーらしき男の戦いを黙って見守っていたフィリスに視線を向けると、黙って頷いて手下達を片端から縄で数珠繋ぎにしていく。
あ、抵抗する素振りを見せた奴が蹴り飛ばされた…。
フィリスは魔法使い分類だが、状況に応じて転移魔法を交えて近接もするので、結構蹴りが重い…。
あの調子なら手下の捕縛は任せて大丈夫だろう。逃げようとしても炎の壁で逃げ道塞いでるし。
今のうちにコッチは食われかけてるリーダー格をどうにかするかね?
「おーい? 生きてるー?」
ワニの口からデロンッと上半身をはみ出している男に尋ねると、今にも死にそうな息使いになっていた。
………ヤベエ、冗談なしに死にそうになってる…。
最初部屋に入って来た時は、連れ去られた女性を裸にして鎖で繋ぎ、まるでペットの散歩でもするように連れている姿に怒りのままに首を即座に落としてやろうかとも思ったが、コッチも一応クイーン級の冒険者だ。
今回の目的は、出来る限り不殺で終わらせようと決めている。
と言うのも、この手の悪党を捕まえると強制労働の奴隷以下の扱いとする事が出来るからだ。勿論、国の審法官に許しを得た上で、だが。
コイツ等のせいでソグラスの復興が遅延してるんだ。死ぬまで働かせてその遅れを取り戻させるってのが道理でしょう。環境の悪い炭鉱を始めとした、死がすぐそこにある労働環境に比べればソグラスで働くのなんて天国みたいなもんだろうし、彼等も文句はないだろう。
…にしても、このリーダー格の男は…なんつうか…口ほどにもねえな?
鰐の攻撃を転移で避けて、この男をその攻撃の前に転移で放り出したのは俺だが…、別にこんな展開になる事を予想していた訳じゃない。
本当は、転移で放り出したらこの…現在食われかけてるのが、鰐に動きを止めるように命令を出すと踏んでの行動だったんだよなぁ…。それなのに、悲鳴を上げて逃げだそうとして、こうして食われかけてるし…。
俺とゴールド達みたいに、主従関係がある訳じゃなかったのかなぁ? 鰐の方も遠慮なしに齧り付いたし…単に餌付けされて着いて来てただけなのか? いやいや、でも鰐の方はまだ食うかどうか迷ってるだろ! だって、鰐の顎の力は2トンだぜ? 2000キロだぜ? 俺等の世界ならダントツに最強だぜ? 人間なんて一瞬でグッチャグッチャやぞ?
なのに、男は未だに上下の牙に挟まれて辛うじてだが生きている。鰐が主人を食べないようにブレーキをかけたのか、それとも食ったら腹壊すとでも思ったのか…? まあ、どっちにしても鰐が食べる事を躊躇っているのは間違いないだろう。
「たずげでぇ……だずげでぐだざぃ……」
でも、絶対に口を開けて男を逃がそうとはしないんだよなぁ…。
まあ、良いか。この状態にしてしまった責任として、トドメ刺すなり助けるなりしてやるか。
「どうする? 助けて欲しいんなら助けるけど…多分下半身は、もうどうしようもない感じだと思うぞ?」
トラバサミに噛まれた足のようになっている男。
下手に抜けだそうと暴れなかったのが幸いし、刺さった牙が傷口を押し広げたりする事もなく、ダメージは最小限だと言って良い。まあ、それでも死にそうだけど。
正直、俺としてはこの男を助ける気はそこまでない。下半身グチャグチャになってて労働力としては使い物にならないし…それに、助け出した人達が言っていた。コイツが人を攫うのは男は鰐の餌にする為で、女は犯す為だ、と。実際連れ去られた男はすでに何人か食われて、女達は例外無く酷い仕打ちを受けたようだった。
コイツは悪党の中でも、かなり上位のクズだ。
「先の世を儚んで死にたいってんなら、一思いに介錯してやるぞ」
俺は自分が正義の味方ではない事を理解している。
俺は自分が善人ではない事も知っている。
俺はごく普通のどこにでもいる一般人の1人だ。ゲームで言えば村人Dくらいの人間で、輝く舞台に立つ側ではなく、それを客席から眺める側の人間だ。
………何が言いたいかっつうと、憎い相手を笑顔で助けられるような大層な人間じゃないって事だ。
「………」
鰐の口からダランッと垂れ下がる男の体が動かなくなった。
死んだかな?
「父様…」
怯えたように白雪が俺の頬っぺたに縋りついて来る。
流石に魔獣に食われて……食われかけて死ぬ姿はショッキングだったかな? だったら、“この先”の展開は見せない方が良いか?
白雪の視界を俺の手で覆う。
そして、動かなくなった男に近付く。
その途端―――
「うっそだよぉおおおおおっ!!」
男が跳ね起きて、どこに隠し持っていたのかナイフを残った片腕で振り被り俺を道連れにしようとする。
だが手に持っているのは、神器ではない。それどころか、何の力もない鉄製のナイフだ。
「知ってた」
お前が死んでないのなんて最初っから分かってた。
俺には、相手の体温を見れる【熱感知】があるからな。死んだかどうかの判断なんて、食べれる野草の見分けよりも楽勝だ。
俺が男の行動に反応しようとするのと同時に、もう1つその行動に反応した奴が居た。
鰐だ。
突然口で挟んでいた物が急な動きで暴れたものだから、それに反応して顎に力が入ったらしい。
その鰐の反応は―――
グチャ
「ぅぐうぇっ………」
――― 男の死を意味していた。
推定2トン以上の顎の力で切断された男の上半身が、ボトリと床に落ちて血溜まりを作る。
グロい……。
助けようと思えば、助ける機会はあった。だが、俺の心がコイツを助ける事を拒んだ。
助けなかった事に後悔はない…けど、助ける人と助けない人を、俺が選ぶべきじゃないんじゃないのか? と、少しだけ心の中で首を傾げた。
「父様? どうなったのです?」
視界を俺が封じている白雪だけが状況の分からない声を出し、フィリスは気にせず黙々と縄で手下を縛っているし、その手下達は無残なリーダーの死で顔を青褪めているし…。
……手下の反応はちょっと納得いかなかった。
お前等は、散々連れ去った人達をこうやって食わせてきたんだろうが! テメエ等が同じ目にあったって文句は言えねえじゃねえかよ…!
少しだけイライラしていると、野盗リーダーの下半身を食べ終わった鰐が俺に向かって口を開く。
まだ食べ足りないらしい。
口の中は男の血で真っ赤に染まり、歯の間には肉片が挟まり、そしてなにより…息を止めても臭って来る異臭。人の肉と血、それと鰐自身の生臭さの混じった嫌な臭いだ。
俺は「ほら、食べろ?」と右腕を差し出す。
魚が餌に食いつくように、パクンッと鰐が口を閉じ―――られない。
俺の右腕をボンヤリとした光が覆っている。
まあ、光……と言うか火だ。
最低限の火力を放出して、【火炎装衣】で鰐の上下の牙を受け止めている。
「お前に恨みはないが、誰かれ構わず齧りつくお前を、野放しにする訳にはいかねえんだわ? だから―――」
食われた右手に【レッドエレメント】で熱を溜め、口内で一気に炸裂させる。
「焼滅しな」
鰐の体が灰も残さずその場から、文字通り消える。
周囲に熱量の余波が広がり、その熱を浴びた手下達がガクガクと震えて気絶したり、泡を吹いたり、神にお祈りをしたり…。
「鰐なら鰐らしく、川で静かにしてれば良かったものを…」