7-18 死にかけの野盗
「ぁいぎいぃいっ!!?」
辛うじて丸呑みは逃れたが、下半身は完全に口の中に収まった。腰の辺りに牙が食い込み、すぐにでも食い千切って咀嚼しようとしている。
凄まじい痛みと、今すぐ何とかしないと体を牙で真っ二つにされる恐怖で、持っていた神器を取り落とす。
「た、だじげでええええっ!!!!! じぬっ!! 死んじまうっ、だじげでぐれえええっ!!!!」
だが、その叫びは虚しく遺跡の中を響き渡るだけだった。
誰も助けに来ない。
手下達は知っている。デスギガは1度口に入れた物を絶対に外に出さない。出るのは牙の隙間から零れる肉片くらいだ。
そして、「次に口に入るのは自分かも知れない」と言う思考が逃げ腰にする。
それにもう1つ、さっきの一瞬で子供が只者ではない事が判明した。
転移魔法は数ある魔法の中でもかなり上位の物である。それ1つ使えるだけでも冒険者ギルドでは重宝され、国に仕える立場であればそれ相応の地位が約束される。転移魔法とはそういう物だ。
だが、今目の前の子供が使った物はなんだろうか? 詠唱も無く、予備動作も無く、兆候も無くいきなり消えて、現れてブリエダをデスギガの目の前に転移させた。
魔法ですらない転移術―――そんな物を使える人間が、ただの子供である筈がない。
手下達は言葉には出さずに視線で会話する。声を出したら、その瞬間にデスギガと子供が襲って来るのではないか、という恐怖心が全員を支配していた。
(どうする!?)(逃げるしかねえだろ!?)(お頭は!?)(放って置け! この場に居たら俺達殺されるぞ!?)(ど、どのタイミングで行く?)(1人づつ逃げたら全員殺られる。良いか逃げるなら一斉に、だぞ!)(お、おう!)(誰がやられても恨みっこなしだ!!)(わ、わわ分かった)(よし行くぞ? せーのっ)
手下が全員一歩目を踏み出そうとした瞬間、廊下の両側を炎の壁が塞いだ。
「ヒィ!?」「ぎゃあっ!?」「あっついい!!?」
「はーい、全員逃げないでねえ? その人数を追いかけるのも一苦労だからさ」
と軽い口調で子供が言う。
普通ならば、もっと怯えたり焦ったり驚いたりしても良い状況なのに、この期に及んで普通に喋る子供の姿は、さっきまでは単なる世間知らずだと蔑んでいたから気付かなかったが、只者ではない事を理解した状態で見ると…異常の塊だった。
手下達のそんな怯えを無視し、体の半分を食われているブリエダに目もくれずに、鎖に繋がれていた裸の女に近付く。
「大丈夫…じゃないよな…? 遅くなってスマネエ…」
子供が羽織っていた焔色の異国の服を女の肩にかけてやる。女が少しだけ安心したように笑うと、その焔色の服から光る何かが飛び出す。
「父様、終わりました?」
「まだだよ。もうちょい待っとけ」
蝶のような羽の生えた人形のような物が光りながら飛んでいた。
妖精だった。
手下もブリエダも見た事はない。ただ、そういう亜人が存在している、と言う事だけは知識として知っているが……。
「はーい」
返事をしながら、子供の肩にストンと腰を下ろす。
「で、手下諸君? 君達に逃げ場はない。大人しく捕まるのなら手荒な真似はしない。抵抗する場合は…うーん、そうだな? 君達が今まで襲って来た人達と同じ運命を辿る事になるでしょう」
手下達はそれぞれ思い浮かべる。
今まで襲った奴等に自分達は何をしたか? 斬り殺した。デスギガの餌にした。犯し飽きて殺した。
つまり、それは……死だった。
焦る。このままではヤバい。死ぬよりは捕まる方が良い…だが、捕まらない方法があるのなら、そっちの方がもっと良い。
手下達は精一杯頭を回転させ、そして自分達が無事に逃げる事の出来る方法を思いつく。
「お、おい! この遺跡の中には連れ去って来た商人や旅人が居る! 俺達に手を出せば、アイツ等がどうなるだろうなあ?」
子供と女はポカンとした顔をする。対して、子分達が「良く思いついた!」と目を輝かせた。
実際には、この場に野盗は全員集まってしまっているので、一番奥の部屋に閉じ込めている連れ去った連中を今すぐどうにかする事は出来ないのだが、そんな事はこの2人には分からないだろうと判断して交渉を進める。
「な、なあ? 俺達はこのままこの遺跡を放棄する。頭…ブリエダは置いて行くから、それで見逃してくれよ? そうすりゃ、一般人達も無事に助け出せるぜ?」
無事に…とは言っても、すでに男は5人デスギガの餌にしてしまっている。
「ぉおおおいっ!!! ふじゃげんなよぉおおっ!!! だずげろぉよおおおっ!!」
ブリエダが叫ぶが、その振動で更に牙が食い込んだらしくすぐに黙る。
「な? 良いだろ?」
「そう言われてもなあ…」
子供とローブの女が顔を見合わせる。
迷っている。と判断し、更に押してみる。
「アイツ等を無事に助け出したら、きっとお前達は英雄だぜ?」
「いや、そう言う話じゃなくてさ―――」
困ったように頭をポリポリと掻いてから、手下達にとって絶望的な事実を告げる。
「―――…もう助けちゃったんだけど?」
「はぇ…?」
「だから、お前等が俺等を見つけた時には、もう全員遺跡の外に転移で逃がした後だったんだって。残っているのはそこにいる娘だけだよ」
と、さっき自身の服を被せた鎖で繋がれた女を見る。
「え? マジで?」と今すぐ確認しに走り出したいが、炎の壁が邪魔してそれは出来ない。
嘘だ、と否定したいのが手下達全員の共通の思いだった。
だが、もし本当だとしたら、あまりにも手際が良過ぎる。野盗達とて決して警戒をしていなかった訳ではない。むしろ、ブリエダの“お楽しみ”の最中は特に警戒が厳重だと言って良い。その中で攫って来た人間を助け出したとしたら、その人間はまともな存在ではない。
「お、おま、お前は! い、い、一体何者なんだっ!?」
「何者って…単なる冒険者だよ。ほら」
首から下げていた冒険者の印であるクラスシンボルを見せて来る。
その駒は木製ではない、もっと別の物で出来た―――クイーンの駒。
それを見た瞬間、全員の脳裏につい最近クイーン級の冒険者となった者の特徴が浮かび上がる。
『焔色の異装を纏った銀色の髪の剣士』
そして、その通り名は<全てを焼き尽くす者>。
ここで初めて野盗達は気付く。
「目の前の子供は本物のクイーン級の冒険者じゃないのか?」と。
だとすれば、とてつもなく自分達は今危険な状況だと、全員が冷や汗やら脂汗やら、全身から良く分からない汁を垂れ流し、中には我慢し切れずに股間を粗相して濡らしている者までいる。
普通の人間にとって目に見える絶対脅威はクイーン級の魔物である。
普通の人間は勿論、ずっと戦闘能力の高いそこらの冒険者でも相手にならない災害のような存在。
しかし、野盗のような悪事を働く者にとっての絶対脅威は違う。悪党にとっての1番の脅威はクイーン級の冒険者である。
それも当たり前の話で、クイーン級の冒険者は昇級する際に同級の魔物をたった1人での討伐を要求される。つまり、根本的な話としてクイーン級の冒険者とは同級の魔物よりも圧倒的に強い存在なのだ。
1人で小国の軍事力を上回るとまで謳われるその力を向けられれば、悪党の人生はそこで詰むのは確定。
そんな認識を持っているから、悪党達は酒の席では「ドラゴンとクイーン級の冒険者に出会わない幸運に感謝を」等と乾杯したりするものだ。
「で? お宅らどうすんの?」
少しだけ鋭くなった視線を向けられて、全員が震える。
「た、助けて下さい…」
神に祈る様に全員が跪いた。