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7-13 人と亜人の関係

「それで坊主はどうしてここに?」

「この町の近くに、ちょっと用事があってね」


 俺の言葉に、アルトさんが落胆した声を出した。


「なんだ…あの件を聞きつけて来てくれたのかと思ったのに…」

「あの件?」

「ええ。今ちょっとこの町にとって良くない事が起きててね? 私達だけじゃ解決出来るか分からないレベルの話だから、もっと上位の冒険者を応援として別の町から呼ぼうかって話しになってたのよ?」

「そうそう。で、今まで仮設ギルドの中で皆で顔突き合わせて、何か良い手はないものかと意見を出し合ってたって訳」


 ほうほう。

 ババルのオッサンとアネルの姉ちゃんが呼ばれてたのは、他国でそこそこブイブイ言わしてた冒険者だからか?

 でも、クイーン級の魔物が出たとかそういう話じゃなさそうだな? そんなもんが出たなら、素直に俺の方にその話を寄越すだろうし。


「まあ、協力するかどうかはともかく話は聞くよ?」


 俺の返答に、冒険者達が顔を見合わせる。

 「どうする?」「言ってみるか?」「もしかしたら協力してくれるかもだし」「協力してくれたなら解決は約束されたものじゃない?」そんな感じのアイコンタクトでの会話が繰り広げられている……ような気がする。 

 この町には出来るだけ協力したい。ラーナエイトの人間が居るって言うのなら尚の事だ。

 3秒の視線での会話が終了し、どうやらアルトさんが説明役になったらしい。


「実は、王都からの支援物資が届いてないんだ」


 ……えーと、つまり、それは?


「王様に、物資送れゴルァって文句言いたいって事?」


 だとしたら、出来れば首突っ込みたくねえ話だな…。

 お偉いさんとの話なんて、俺が間に入って良い方向に転がる気が全くしねえ。

 だって、どう話したら良いのか分かんないし…ぶっちゃけ敬語だって怪しい人間ですし…。そもそも王様相手の礼節なんて欠片も分かんねえもん!


「いや、違う」


 違うんかいっ!!!


「王都からソグラスまでの道中で、野盗が居るらしいんだ」

「野盗?」


 だったらここに居る面子で楽勝じゃね?

 野盗なんて、戦闘技術も無いような連中が、数と武器で物を言わせるだけの事でしょ? ナイト級の冒険者4人……あ、オッサンと姉ちゃんは元ナイト級か…が、居れば10人、20人くらいなら余裕じゃん?

 それともそんなに大規模な野盗の集団なのか?


「逃げて来た御者の話だと、ただの野盗じゃないらしい。なんでも巨大な魔獣を連れているって話しだ」


 魔獣を連れた野盗?

 魔獣を使役する能力持ちって事か?

 一瞬、頭の片隅でピンク髪がチラついたが、とりあえず話を進めて貰う。


「それに、その野盗のリーダーが神器を持っていたらしい」


 気付かれないように手を動かしてヴァーミリオンの柄に触れる。

 そこらの野盗が持っている物が、ヴァーミリオンや水野のインディゴのようなトンデモ性能な事はないと思うが……断定は出来ないな。


「実際に見た人間は居ないから推測でしかないけど、聞く限りは魔獣のランクはルーク級。野盗の数は10名以上…正確な数は不明だ、ただし神器を持ったリーダー格以外は大した事ないらしい」


 ふむ…なるほど。確かに、それじゃあここに居る人間で処理できるかどうかは微妙なところだな? 神器を持ったリーダー格と連れている魔獣の強さが予想以上だったら、ミイラ取りがミイラになる。


「それと…襲われたのは支援物資だけじゃないんだ。どうやら、街道を行き交う者も容赦なく襲われてるみたいで…分かってるだけでも13人が連れ去られてる」


 そいつらを人質に取られる可能性もあり……か。

 色々加味したら、確かにこの町の戦力だと辛いか。


「野盗達が根城にしている場所も悪い。…ルディエとソグラスの間にある、ギルドが管理している遺跡があるのは知ってるかな?」


 知ってるも何も、俺の目的地がそこですが……え? まさか…ですよね?


「その遺跡を奴等が完全に乗っ取ってしまっていて、手が出せないんだ……」


 あーやっぱりー! ですよねーっ!!!

 ……まあ良いか? これであの遺跡に行くついでに野盗をシバキ倒せるし。


「分かりました。俺等、その遺跡に用事があったんで、ついでに何とかしときますよ」

「そんな簡単に……」


 と、アルトさんは若干不安そうな顔をしたが、周りの冒険者達は「流石クイーン級!!」と目を輝かせている。

 言っちゃなんだが、荒事に関しては相手が魔人級でもなければ俺1人でどうとでもなるし…。

 連れ去られた人達の事は…まあ、人質に取られたらアレだが、最悪【魔炎】を使えば相手が人質を傷付けるより早く灰に出来るしな?

 とは言え、相手の数が不明だし、こっちもフォローとサポート出来る人間が欲しいよなあ? つっても、言いたくはないがこの町の人間だと能力的になぁ…。

 こう言う時に俺に合わせて色んな立ち回りをしてくれるパンドラが居てくれると良いんだが……。

 チラッと後ろに居るフィリスに視線を向ける。


「どうかなさいましたか?」


 うん。やっぱり次点はフィリスだな?

 とは言え、遺跡に連れて行くのには1つ問題がある。あの遺跡はギルドの管理下にある為、冒険者しか中に入る事ができない…。勿論亜人のフィリスが冒険者の資格を持っている筈もなく……これから冒険者の試験受けさせるのもなぁ…?

 ……いや、待てよ?

 クイーン級の権限の中に、確か“冒険者任命資格”ってのがあったな? クイーン級が推薦すれば2人までは無条件でナイト級の冒険者として登録する事が出来るって奴。そうそう、そいで俺がクイーン級になった時に同時にパンドラがナイト級になったから、「若干無駄になったな?」とかアイツに愚痴ったんだだよ。

 2人分しかない権利だけど、別にこの先使う予定もないからここでフィリスに使っても特に俺は痛くない。

 それに、フィリスはどっちかと言えば亜人の中でも人の世界に積極的に踏み込んで来る奴だ。今までは門の警備に見つからないように、転移魔法でコッソリ町中に入っていたらしいが、冒険者にしておけば今後俺と離れてもそんな危険な事をさせなくても良くなる。


「フィリス、お前冒険者になる気ないか?」

「いえ、特に興味はありませんが…」


 だよね…。

 お前、人の世界に踏み込む割に、典型的な人間嫌いの亜人だし…。人の世界に来るのも、人間に興味があるからじゃなくて、その暮らしぶりに興味があるからだし…。

 けど、それじゃ困る。


「ちょっとコッチ来て」


 フィリスの手を引いて皆から離れる。


「お前は、人と亜人の関係をどう思う?」


 率直に聞いてみた。

 回りくどく聞くのは苦手だし、時間の無駄だ。それに、そんな聞き方しなくてもフィリスは正直に答えてくれる。


「大変悪いです。憎しみ合っている…と言っても良いかもしれません」


 それは亜人側の意見であって、人の側は言う程亜人に対して禍根はないんだけどね? 亜人ほど長命じゃないから、人は何回も世代交代して亜人戦争の時の事なんて、遠い昔の事と時間の川に流してしまっている。

 今の時代の人間にとっての亜人は「物珍しい」とか、「恐い」とか、そんな感じの存在だ。両方とも、亜人との生活圏が分けられた事で接点がなくなったせいなのは俺でも分かる。

 出会う機会が無くなって、いつの間にか人にとって亜人は“未知の存在”になってしまった。対して、亜人にとって人とは戦争の時に自分達を蹂躙した、愚かで憎むべき存在のままになってしまっている。

 ……けど、これってお互いがちょっとだけ相手に興味を持って歩みよれば、意外とスルっと解ける関係なんじゃないかな……と、考えの足らないガキの頭では思うのだが…。

 変に偏見のない人の側は結構簡単に亜人を受け入れられるのは間違いない。

 問題があるのは亜人の方だ、彼等の憎しみの根は深い。ちょっとやそっとで取り除けるような軽い物じゃないのは、付き合ってみて分かってる。

 だが、それでは、亜人はずっとあの小さい区切られた世界に居続けるしかない…。

 本当にそれで良いのか?

 余計なお世話なのかもしれないが、亜人と人の距離はもう少し近くて良いと思う。

 大体、600年前の戦争後に結ばれたお互いの生活圏の不干渉条約も、今じゃ完全に廃れて人の方が守っていない。亜人達が、自分達の生活圏にまで人が踏み込んで来るようになったって怒ってたからな…。

 人の側が守って無い物を亜人だけに守らせるなんて、それこそ馬鹿な話だ。

 まあ、何にしても亜人達には“きっかけ”が必要だと思う。色んな亜人達が、人の事を知ろうとするきっかけ…。

 冒険者の立場は、必然色んな人と関わる事になるから、どっかでそのきっかけに出会ってくれればなぁー…と言うのが俺のフィリスへの願い。

 下手すりゃ、人と亜人の関係を余計に拗れさせる可能性もあるから、色々気を付けなきゃいけない事も多いだろうけどさ? それでも、人と亜人が少しでも仲良くなれたら…と願わずには居られない。


「だと思ったよ…。じゃあ、俺の事はどう思う?」

「あ、貴方様は、我等にとっての恩人であり守護神とも言うべき御方! 憎しみなど、微塵も感じる理由がありません!」

「それは、俺が≪赤≫の継承者だからか? それとも、1人の人間の…アークとしてか?」


 フィリスが口を閉ざす。

 亜人であれば、答えは間違いなく前者だ。だが、正直にそう言えば俺の人間性を否定する事になる。だからフィリスは黙ったのだ。


「…フィリス、頼みがある。これからは俺の事は≪赤≫の御方じゃなく名前で呼んでくれ」

「えっ!? そ、そのような不敬は…!!」

「そんで、俺の事を≪赤≫の継承者としてじゃなく、1人の人間として見てくれ」

「っ!!?」

「お前が俺の事を、憎むべき人間だと思うのなら俺の事を嫌ってくれて良い、憎んでくれて良い! けど、お前の思う『どうせ人間だから』って色眼鏡で見るのは止めてくれ、あくまでニュートラルな気持ちで、俺が信用できるか否かをお前自身の目で見て判断して欲しい」


 押し黙るフィリスの目を見つめる。

 瞳の奥で、色んな感情と気持ちが揺れているのが分かる。

 肩に座ったまま口を挟まなかった白雪が、俺達が喧嘩をするんじゃないかと心配そうに俺のパーカーを強く握る。

 10秒程見つめ合うと、根負けしたようにフィリスがふっと目を閉じて首を横に振る。


「貴方が―――アーク…様が悪人ではない事を、私は知っています。私が最初に会った時、貴方は迷う事無く我等を助けに行くと言って下さった…。それは貴方が≪赤≫を宿した御方だからではなく、貴方がお優しい方だったからです」


 そして、項垂れて視線を地面に落とす。


「………本当は分かっていたのです。人の世界を見ていて…人も決して、憎むべき相手ばかりではないと、理解はしていたのです……。ですが、幼い頃より聞かされていた戦争の話を思い出す度に、人は信用してはいけない! 人は我等の敵だ! と……呪いのようにもう1人の自分が言うのです…」


 フィリスの瞳から、大粒の涙が零れ落ちてひび割れた地面を濡らす。

 やっぱり、フィリスの根っ子は俺と同じ……人と亜人の共生を望む派だったか。実は、ずっとそうじゃないかと思ってたんだ。


 だって、フィリスは里が危なくなった時に、皆の反対を押し切ってでも人に助けを求めようとしていた。


 あの時にはまだ、エルフの里に来ていなかった亜人の強者も居た筈だ。例えば、あのライオン顔の獣人とか…。そう言った2回目のアタックに参加しなかった…もしくは参加できなかった亜人を集めて戦えば、多分ドラゴンゾンビに勝てるとまでは行かなくても、もうちょっと良いところまでは戦えただろう。

 けど、フィリスはそれよりもまず人に助けを求めた。それは…人の中には自分達を助けてくれる人間がいると、信じていたからだ。

 手を伸ばして、優しく指で涙を拭う。


「600年前の人間は、確かに忌むべき存在だったんだと思う。けど、人って言うのは良くも悪くも変わるもんだ。だから、今の―――この時代を生きている人間達を、お前の目で見てやって欲しい」


 人を許せって言ってるんじゃない。

 戦争を忘れろって言ってるんじゃない。

 ただ、今を生きている人も争いを望んで居ないんだって知って欲しいんだ…。


「…だから、私を冒険者に…?」

「まあ…そうだな? 今回の件に若干必要だからってのもあるけど…」


 遺跡の中の野盗をどうにかするのは、別に俺1人でも何とかしようと思えばどうにかなる。

 冒険者になるかどうかは、フィリスの気持ち次第だ。


「是非、宜しくお願いします!」


 そう言って、軍人のようなキチッとした動きで頭を下げる。


「おう!」


 これが、人と亜人の一歩目になれば良いな?

 フィリスの晴れやかな笑顔を見て、俺は切にそう思ったんだ―――。



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