7-12 仮設冒険者ギルド
ソグラスの冒険者ギルドと言えば……特に思い出もねえな? 初めて来た時に、アーマージャイアント3匹の対応にワンチャカしてたくらいしか憶えてねえや。
あっ、もう1つ憶えてる! 受付が髭の恐いオッサンだった!!
………うん、我ながら凄まじくどうでも良いな…。
現在のギルドが置かれているのは、住民の居住区画の端っこのちょっと大きめの小屋だった。と言っても、小屋の中はギルド全体の執務室になっているらしく、受付は小屋の前に設置されていて、その周りで休憩時間らしい冒険者達が思い思いに寛いでいる。
その一団にレイアさんが手を振りながら気さく声をかける。
「皆ただいまー」
「お、レイアだ」「おかえり~」「新米共は無事そうだな?」「西側はどうだったよ?」「そうそう、アッチでアーマージャイアントらしき影を見たって聞いて心配してたの!」「無事に帰って来たって事は、何もなかったか」
「はいはい、いっぺんに喋らないでね…」
どうどうと両手を出して皆を宥めるレイアさんの姿は、なんかもう皆のお姉さんって言うかオカンだな。
「エグト達は先に受付に報告出して、魔石の換金してきて」
「はい」「はいっ!」「はーい!」
受付に走って行く3人。魔石の入った袋を握り締めて走る姿は、なんつーか…小遣いを握り締めて駄菓子屋に走る子供みてえだな…。
その子供3人と入れ替わるように、仮設ギルドから出て来た人物がレイアさんに気付いて近付いて来る。
俺にも見覚えのある人だ。
「レイア、おかえり。あの様子じゃ、新米達も大丈夫そうだな?」
「あの子達だけで歩かせるには、まだちょっと不安だけどね? 大分マシになって来たと思うわ」
アルトさんだ。
あはははは、なんだろう? 久しぶりにこの2人が並んでるのを見たら、ちょっと懐かしくて楽しい気分になって来た。
俺がソグラスを離れた時には、2人共ボロボロだったのに…ちゃんとこうして元気に冒険者を続けてくれていたってだけで、なんだか心が満たされる感じ。
「ああ、そうそう。西側でアーマージャイアントが居たわよ?」
「なっ!!?」「やっぱりっ!!」「大丈夫だったの!?」「おいおい、ヤバ過ぎるだろ!」「良く無事に逃げて来られたなぁ…」「ユーリ達だけで行かせなく正解だったな?」
「お前、大丈夫だったのか?」
「皆騒がないでってば。大丈夫だからここにこうしてるんでしょうが」
それにしても俺って全然気付かれないな…?
俺が意識し過ぎなだけで、クイーン級の冒険者ってそこまで注目されるような存在じゃねえのかな?
まあ、それならそれで別に良いんだが。
「ど、どうやって切り抜けて来たんだ?」
「助けられたのよ。ね? アーク君?」
とレイアさんが俺に振り返り、アルトさんを始めとした冒険者達の視線が俺に集まる。
「どうも」
俺が皆に会釈すると、肩の白雪もずり落ちないようにちょっとだけ羽ばたいて体勢を変えつつ器用に頭を下げる。
すると…
「アーク君ッッ!!!? なんでここにっ!?」
「アーク? え?」「もしかして、アレが…噂の!?」「まさか、クイーン級のアークか!?」「あんな小さいのが…!?」「あれが<全てを焼き尽くす者>…!?」「おお俺達の町の救世主!」「こんなタイミングでまた現れてくれるなんて、神か!?」「ちょっと、あの肩に居るのって妖精?」「いやいやいやまさかでしょ?」「でも、クイーン級の冒険者なら連れててもおかしくないんじゃない?」「「「「たしかに!」」」」
凄ぇ驚かれた。
やっぱクイーン級はこう言う扱いかぁ…。っつか、本当に俺に気付いてなかっただけなのね? ……まあ、俺の事はともかく、白雪をスルー出来る訳ねえからなあ…。
『父様、ちょっと恥ずかしいです…』
『そのうち慣れるよ』
多分。
「ど、どうしてアーク君が?」
「えーと…その前にお久しぶりですアルトさん」
「え? あ、ああ、うん、お久しぶり…」
あ…アルトさん達の狼狽えっぷりを見て、レイアさんと受付で換金してる新米達が気付かれないようにむっちゃ笑ってる…。
「で、さっきの質問ですけど、たまたま通りかかったところで、レイアさん達が襲われてたんで助けたってだけですよ。なんでここに居るのかは…まあ、ちょっと用があって」
「そ、そうか。いや、でもアーク君が居てくれるのは頼もしいよ!」
そう言って、改めて俺の事を周りの冒険者達に紹介してくれた。
「皆聞いてくれ! この町の襲撃の日の前から居た奴は知ってるだろうし、そうじゃない奴も名前は聞いた事があると思う。かつてこの町を襲ったギガントワームを、ダロスを襲ったインフェルノデーモンの両方を屠った俺達にとっての英雄、そして今ではこの国唯1人のクイーン級の冒険者、アーク君だ!」
途端に、爆発したような歓声!
この場にいる冒険者達だけでなく、アルトさんの無駄なくらいに良く通る声で叫んだもんだから、復興作業していた人達まで声を上げている。
音量が大き過ぎて耳を塞ぎたくなる―――って、フィリスと白雪は普通に耳塞いでる!?
俺は立場上、それやると失礼になるから出来ねえんだよ…。
「おおおおっ!!! 我等の英雄アーク様!!」「勇敢で優しき正義の冒険者!!」「握手して下さーーい!!」「ウチの娘を是非貰ってやって下さい!」「冒険のご入り用な物はうちで揃いますよ!!」「凄い凄ーい! 魔獣使いのお兄ちゃん凄ーい!」「ありがたやありがたや」「あの時は、助けて頂きありがとうございました!」「是非私の店でお礼をさせて下さい!」
ああ、もう俺は聖徳太子じゃねえから、全部聴き取れねえ―――ん? 今聞いた事のある声が混じっていたような…? いや、まあ元々この町に居た人間とは瓦礫から助け出した時に大抵面識あるんだけど……そう言うんじゃなくて…。
周りに居る人間を見渡してみると、小さい女の子がブンブンと俺に手を振っていた。
「ヴェリス?」
見間違える筈も無い。
俺達がラーナエイトへと運んだ……いや、運んでしまった子供の1人。
そして、俺がラーナエイトの上層で、間一髪のところで助け出した女の子だ。……つっても、あの時の俺は魔人の姿だったからアッチは知らないだろうけど。
にしても、何でこんな所に居るんだ? いや、こんな所って言ったらアレだが…。
コッチが気付いたのを確認したのか、人の波を抜けてトテトテと走って来た。
「魔獣使いのお兄ちゃん!」
「魔獣使いじゃねーっつうの…」
呆れて返す。
そう言えば、そんな設定になってたんだっけか…。
まあ、それは置いといて…なんでここに居るのか聞こうとしたら背後から声がかかった。
「ヴェリス、どうした?」
「あっ、ババルのおじちゃん! アネルちゃん!」
「おじちゃんじゃねー…いや、もう良いか面倒臭い…」
ギルドの小屋から出て来たもう1人…じゃなかった、もう2人の見知った顔に向かってパタパタと手を振る。
ババルのオッサンだ。そして後ろにアネルの姉ちゃんも居るし。
「あれ? 坊や?」
アネルの姉ちゃんが俺に気付いたので、「どうも」と軽く挨拶する。
「お? おお坊主じゃねえか!? なんでこんな所に?」
そりゃ、コッチのセリフだっちゅーの。
「アンタ、ラーナエイトが炎の厄災に襲われた時にどこに居たんだい? あの悪魔が現れる少し前に、アンタと魔獣が街の外に出て行ったのを見たって人が居たけど…」
ああ、そっか。2人にしてみれば、俺は突然姿消した事になるのか…と言うよりは騒ぎの前に逃げだしたように見えたのか?
どうしよう…? 説明したって、理解して貰えないよなぁ…。下手に話して巻き込む訳にもいかないし、何とか誤魔化そう。
「実は、ラーナエイトが炎に包まれる前に騒ぎが起きてたでしょ? あれ、上層に一度その炎を纏った悪魔が現れたんですよ」
「えっ!?」「そうだったのか!?」
無い脳みそをフル回転させて、辻褄があうようにストーリーを作る。
「その時は、俺がたまたま近くに居たんで、警備破って上層に行ってその場は何とか外に叩き出したんですけど…逃げた奴を追って外に出たら、例の炎で締め出されてしまって…仕方なく他の町に急いで応援を呼びに」
自分で言っといて“締め出された”ってのは無理があるな…と、今しがた口にした設定をすぐさま後悔する。
【炎熱無効】を持ってる俺なら、ラーナエイトを取り囲んでいた炎の壁を苦も無く突破出来るからだ。
「そうだったのか…」
「アンタが逃げたとか、変に疑っちまったよ…ゴメンよ」
あれ? でもアッサリ信用された…?
まあ、アッチも俺の手持ちのスキルを細かく知らないからな…。
「それで、オッサン達はなんでソグラスに?」
「おい! お前までオッサンって……ああ、もう、良い!!」
「落ち着きなよ? 私等は、ラーナエイトの下層住民と―――」
分かった風な顔で俺達の話を聞いて居たヴェリスを引き寄せて指差す。
「このチビ達を連れて、新しく住める場所を求めてここまで来たんだよ? なんでも、魔物の襲撃で住民がゴッソリ居なくなっちまったって言うからさ?」
「つっても、着いたのはついこの前だけどな?」
なるほど。
下層住人は100人以上居た筈だし、散り散りになって各町に行くよりもまとめて受け入れて貰える場所があるのなら、そっちの方が良いだろう。
ソグラスは今この有様だから、税収が止められてるって言ってたし。引っ越したばかりの人達でも、そこまで無理な暮らしにはならない…と思う。
………まあ、全ての原因を作った俺が何言ってんだって話だけど……。