7-8 救援と再会
「お気を付けて」
「はいよ」
軽く返事するや否や転移で飛び出す。
走りながら50m程の転移を連続でする。
あれ? 俺、生身での【空間転移】で飛べる距離がちょっと伸びてる? 前まで30mくらいしか飛べなかったのに…地味に成長したのかな?
そんな事をボンヤリ考えながら、秒速100mの速度で進む。
さっきまで時速100kmで驚いてたのに、自分1人だと時速360kmか……。つくづく俺も人間離れしてんなぁ、知ってたけど。
5度目の転移でようやく人間4人の顔を識別出来る距離まで来た。
全員簡易ではあるけど、戦う為の装備を身に付けている。って事は、この4人は冒険者か―――あれ? 1人見覚えのある顔が…!?
3人がアーマージャイアントと距離を取りながら戦い、残った1人が1対1でもう片方のアーマージャイアントと向かい合っているのだが、そのタイマンで戦っている方の冒険者を俺は良く知っていた。
「レイアさんっ!?」
その時、アーマージャイアントの棍棒を食らってレイアさんが吹っ飛ぶ。
トドメを刺そうと重い足音と共に跳躍して棍棒を立ち上がろうとしているレイアさんに振り被る―――。
「させねえよっ!」
転移。
視界の光景が一瞬で切り替わり、目の前には迫って来る松ぼっくりのような形の巨体。
「アーク君!?」
背後で俺を呼ぶ驚いた声を聞きながら、ヴァーミリオンを抜く。
抜き付けで、振るわれた棍棒を両断して空中に飛ばし、アーマージャイアントが着地すると同時に踏み込んで蹴り飛ばす。
3mの巨体がボールのように5m程吹っ飛び、蹴りのヒットした鎧部分が魔素になって四散する。
お、初めてエンカウントした時は殴っても鎧を抜けなかったのに、今回は本気じゃない蹴りでも鎧を砕けた。俺もあの頃から大分成長したもんだ。
「あ、アーク君…よね?」
「ええ、お久しぶりです」
「なんでこんな所に? 記憶を戻す方法を探しに東に向かって旅に出たんじゃ?」
「あー…まあ、その話は後で」
言いながら、起き上がって来たアーマージャイアントに向かって【レッドペイン】で威力と射程を拡張したヴァーミリオンを振る。
スパンっと野菜でも切るように首が胴体から転がり落ち、体を構成していた魔素が辺りに飛び散る。
――― 一匹目
3人の冒険者……って、遠くからじゃ分からなかったけど随分若いな? 15,6ってところかな? スタッフを持った魔法使い風の女と、スモールシールドとショートソードの剣士の男、それと使い込まれた槍を持った男。
前衛2人と後衛1人。パーティー構成としては悪くないと思うが、如何せん格上との戦いになれて無さ過ぎだ。前衛の連携が簡単に崩されて、攻撃が後衛に届きそうになってる……今にも瓦解寸前って感じだな…。
あ、とか思ってる間に前衛2人が吹っ飛ばされた…!?
後衛の魔法使いの女に向かって棍棒が振るわれる。
またかよ…と思いつつも転移で再びそこに割って入る。
「はいはい、邪魔するよ?」
「きゃぁあっ!!? だ、だだだ、誰っ!?」
横から襲って来た棍棒を片手で受け止めて、ヴァーミリオンで棍棒を持っていた腕を切り落とす。
棍棒と腕が地面に落ちて黒い魔素を撒き散らす。
武器と片腕を失ったアーマージャイアントが1歩下がる。
「自分より弱い相手には強気なのに、負けそうになったら逃げ腰なんて無しだぜ?」
俺の言葉に怒ったのか、残っていた腕を思いっ切り振り被って振るう。背後で魔法使いの子が悲鳴を上げるが、俺としては「おー片腕で頑張ったなあ」くらいの感想しか湧いて来ず、アーマージャイアントの精一杯の悪足掻きの一撃を片手で受け止める。
「慈悲だ。火葬してやる」
【魔炎】でアーマージャイアントの体に発火……正確にはその魔素に、だが。
3mの巨体を炎が呑み込み、一瞬で体を形作る魔素を消費して魔物の体を消滅させる。
ポトリと地面にゴルフボール大の魔石が落ちたのを確認して、その場に残った熱をヴァーミリオンに食わせて…はい、戦闘終了っと。
ヴァーミリオンを血払いしてから鞘に戻す。
「無事か?」
後ろでへたり込んでいた魔法使い風の女の子に声をかけると、小動物のようにビクッと驚かれた。
魔人の姿でもないのに女の子にこんなに驚かれると、流石にちょっと凹むわ…。
俺、助けたのに…。
コッチのテンションダダ下がりなのを無視して、吹っ飛ばされていた前衛の男2人が女の子に駆け寄る。
「フィッテ、大丈夫か!?」「怪我は!?」
「う、うん…大丈夫。あの子が護ってくれたから…」
あの子って……アンタ等と多分似たり寄ったりな年齢だぞコッチは。
まあ、ロイド君は体借りてる俺から見ても、見た目が明らかに幼いからなぁ…。
「どこのどなたかは知りませんが、仲間を助けて頂いてありがとうございました!」
剣と盾で戦っていた方が礼儀正しく頭を下げると、フィッテと呼ばれていた魔法使いの子が慌てて頭を下げる。槍使いの男だけが、見慣れぬ俺に警戒した目を向けながら頭を下げる。
まあ、槍使いの人の反応が1番正しいだろう。助けてくれたのが善人とも限らんし。
「気にしないで、偶々通りがかっただけだから」
アーマージャイアントの落とした魔石を回収して、懐の中で身を潜めている白雪の渡して妖精のポケットの中にしまって貰う。
「アーク君!!」
そこに軽く自身の応急手当を終えたレイアさんが走って来る。
走れる程度には大丈夫そうだな? 結構派手に吹っ飛ばされてたから、もっと重症かと心配したけど、思ったほどのダメージじゃなくて良かった。
駆け寄って来たレイアさんが俺の手を取ってブンブン振る。
「何だか久しぶり!」
「どうも、お久です」
久しぶりつっても一ヶ月も経ってねえけど…まあ、ソグラスを後にしてから色々濃い日々を過ごしたから、体感的には半年か1年くらいぶりな気さえする。
けど、それはレイアさんだって同じだろう。
なんたって、あの瓦礫の山になったソグラスに残ったのだ。毎日がアクシデントと力仕事と頭脳労働でいっぱいだっただろう。
お互いに久しぶりと言いたくなるのも当然だ。
「にしても、相変わらず君は強いわね?」
「まあ、それなりに」
「その実力を“それなり”で片付ける君が怖いわ…」
そう言われても、俺以上とか同格って探すと結構居るみたいだし。
俺同様の魔神の継承者は元より、クイーン級にもガゼルみたいな怪物級の強さのが居るし、会った事ない他の7人も相当強いんじゃねえかな?
キング級の2人…片方は≪黒≫のルナだが、もう片方はどんな奴だろう…? コイツに関しては噂でも聞かないし、戦闘能力がクソ程高いって事くらいしか分からん。
まあ、今はその話は良いや。
思考を切って改めて目の前のレイアさんを観察すると、ベルトから下げていたクラスシンボルがビショップではなく白いナイトに変わっていた。
「あれ? 等級上がりました?」
「え? ああ、気付いた? あの後私もちょっと頑張ったのよ」
ちょっと…ね。
そりゃあ、俺やパンドラのような例外ならともかく、普通の人間が等級を1つ上げようとしたらどれ程の苦労と修羅場を潜り抜けただろうか…?
この人は、俺が旅だった後に“そう言う”日常を過ごした人なんだ。
「おめでとうございます」
「と言っても、君ほどじゃあないけどね? 聞いてるわよ、クイ―――」
「レイアさん!」
会話を遮って来たのは槍使いの男。
「あの…話の途中でスイマセン。この人は? アーマージャイアントをあんなに簡単に倒して普通の人じゃないのは分かりますけど…」
正体が分かるまでは信用しない、と言う目を俺に向けている。
「ちょ、ちょっとユーリ…私の事を助けてくれたんだよ? 悪い人じゃないよ」
魔法使いの女の子の言葉に若干視線の険しさが和らぐが、「いやいや」と首を振って険しさが元に戻る。
そんなやり取りを見てレイアさんが「やれやれ」と溜息を吐いて、間に立ってお互いの自己紹介を始める。
「アーク君、まずはコッチの子達から紹介するわね? ウチの後輩達で、冒険者になったばかりだから、まだ色々頼りないけど…まあ宜しくしてあげて?」
「はぁ…」
新人って事は、今のレイアさんは付き添い的な? 教官的な立ち位置で一緒に居るのかな? コンビのアルトさんが居ないのもそれなら納得だし。
レイアさんに促されて3人が名乗る。
「エグトです」
剣士の人に続いて、魔法使いの子が名乗る。
「フィッテです! 重ね重ね、さっきはありがとうございました」
そして最後に槍の人。
「ユーリだ」
槍の人の睨むような目が気になるが、まあでも一応軽く会釈して返す。
レイアさんはユーリの態度を可笑しそうに見ながら、俺の紹介に入る。
「そして…アンタ達、この人はアーク君。アステリア王国唯1人のクイーン級冒険者よ」
「どうも、アークです」
疑われても面倒臭いので、服の中に入れていたクイーン級のクラスシンボルを見せる。
それを見た3人の反応はそれぞれだ。
エグトは口と目を全開にして、プルプルと震える指で俺のクイーンの駒を指さしている。
フィッテは、羨望と憧れの混じったキラキラした目で俺を見てるし。
ユーリに至っては、その場でペタンと座り込んで「とんでもない事をしてしまった」とこの世の終わりみたいな顔をしている。
そして、そんな3人の様子を見てレイアさんが「ブプッ」と盛大に噴き出して笑う。
……この人はこの人で地味に達が悪いな…。