7-5 痛みの再会
コッソリと亜人達から離れてパンドラの居る家に向かう。
気付かれないように目立つエメラルド達は一旦俺の中に戻して歩き始める。
まあ、亜人さん達もう自分の所の娘を周りにアピールするのにヒートアップし過ぎて、俺等の事アウトオブ眼中だから、コッソリする必要性さえなさそうだけど…。
そもそも、1番アピールしなきゃいけない相手って俺じゃないのか? とツッコミを入れたかったが、ぶっちゃけどうでも良いのでスルーした。
……でも、パンドラの事が心配で気持ちが落ちてたから、あの馬鹿騒ぎは正直ちょっとありがたかったな?
……あれ? もしかして、その為に気を使われたのかな? 今この里には故郷と仲間を奪われた妖精族も居るし…変にお通夜な空気にさせないように騒いでんのかも…。
だとしたら、お礼の1つでも言いたいな。と振り向くと、ライオン顔の獣人とナイスミドルな翼人がストリートファイターばりの殴り合いをしていた。
…………単なる気のせいだったかもしれない…。
「どうかなさいましたか?」
「いや…なんでもない。それよりパンドラの所に急ごう」
「はい、こちらです」
若干歩く速度を上げて急ぐ。
「父様…パンドラさんは大丈夫なのでしょうか…?」
何時の間にやら俺のパーカーのフードに潜り込んでいた白雪が、頭だけ出して聞いて来る。
不安そうな声で訊かれて、思わず答えが出なくなってしまった。
大丈夫とは信じたいが……この先の展開を考えると、どうにも不安を拭えない。
「…まあ、大丈夫だよ。パンドラはしぶとい奴だから」
根拠もない話だが、そうでも思わないと俺も不安で動けなくなりそうだからな。
「…はい」
白雪が頭を引っ込める。
俺の言葉で安心した訳じゃないだろう。白雪は俺の表層の意識が聞こえてるから、多分俺の不安を感じ取ってる筈だ。
その後は特に会話もなく、黙って歩き続けて、目的の場所に辿り着く。
ドラゴンゾンビの件で俺達が世話になった、あの建物。
着いた……けど、足が前に出ない…。
「父様?」「≪赤≫の御方…?」
2人が立ち止まった俺を不安そうに呼ぶ。
落ち付け…深呼吸。
よし、大丈夫。
「なんでもない。行こう」
迎賓館の中に入ると…嗅ぎなれない臭い。
何かの薬品? と薬草の混じった…俺の苦手な臭いだ。
ちょっとだけ、元の世界で爺ちゃんのお見舞いに行った病院での記憶が蘇って来た。どうにもあの病院の空気と臭いが苦手で、病院の前でダダこねてたっけ…。
心の中に懐かしさと、幼い時分の気恥ずかしさで満たされる。
苦笑しながら廊下を進むと、前に俺達が寝泊まりしていた部屋からエルフの女性が出て来て俺達に気付いて頭を下げる。
「これは≪赤≫の御方、お目覚めになったのですね? 本来ならば、我等の力でお救いしたかったのですが、力及ばず申し訳ありません」
「あー、それはもう良いよ。俺を助けようと頑張ってくれただけでも嬉しいよ、ありがとう」
「なんと勿体ないお言葉。更に精進し、次こそは我等の…いえ、私の力で貴方様を御救い致します」
有り難いけど、次なんて無いに越した事ねえだろ…。
頭を下げたままのエルフの横を抜けて部屋に入る。
ベッドにはパンドラが眠っていた。
メイド服は脱がされ、人の手によって作り出されたその美術品のような美しい体は真っ白なシーツの上でピクリとも動かずにそこの居た。
「パンドラ…」
病的なまでに白過ぎる体。
その体の真ん中―――丁度ヘソの位置に痛々しい傷…いや、それは傷と言うより穴だ。赤黒く染まった体の中に、傷付いた機械部品が見えている。
機械である事は分かっていた。
でも……心のどこかで、パンドラは人間じゃないかと言う思いが消えなくて…本当は人間がロボっぽい事をしているだけなんじゃないかって…思っていたのに……。
こんな形で、それを否定されるとは思ってなかった…。
「パンドラさん…」
白雪がパーカーから飛び出して、枕元に下りる。
心配そうにその顔に小さい手で触れるが、反応が一切返って来ない。身動ぎする事も、声を出す事もない。完全な無反応。
――― 本当に死んでるみたいだ…
パンドラのそんな姿が悲しかったのか、パンドラの頬に縋り着いてポロポロと泣き始める。
そんな姿を見て、近付くのを躊躇してしまう。が、ビビってる場合かよ…!
意を決してベッドに近付く。
「父様、父様! パンドラさんが…!」
「見りゃ分かる。大丈夫だから泣くな」
今のは若干自分に対して言った。
慰めでも何でも口にして置かないと、本当に泣きたくなる。
膝をついてパンドラの顔を覗き込む。
顔色見ても状態が分かんねえ…。でも【熱感知】でも【魔素感知】でも極端な異常は視えない。
体の熱に対して両手両足の熱が小さいが、それはまあいつもの事だ。四肢は完全に機械だから、変に熱が溜まらないようにされているのは仕様だって言ってたし。
体内で魔素が消えるのは、ちゃんと魔力に変換されてるからだし。
少なくても、まだ肉体機能は死んでない。
ただ、問題なのは電子頭脳の方にまでダメージが行ってないかって事だ。目を覚まさないのが、そっちのせいだってんなら相当ヤバい。人間で言えば脳だからな…下手すりゃ取り返しがつかない。
目を覚まさないもう1つの可能性として、肉体の異常のせいでエネルギーが足りなくなって、それを節約する為に強制的にスリープモードになっているだけってのがあるけど……。
「パンドラ…」
触れてみたら今の状態の情報が何かしら取れないかと、手を握ってみる。
…冷たい手だ。あと、細い見かけよりも格段に重い。
………ふむ。やっぱり、都合良く何か分かるって事はないか…。
手を離そうとすると、それを嫌がるようにピクッと冷たい手が動く。
「え…?」
「父様、どうしたのですか?」
「いや…今、手が」
さっきの反応を確かめる様に、もう一度握ってみる
すると―――…
「マス、たー…?」
閉じられていた瞼が苦しそうに開いて、手を握っている俺を見る。
「パンドラ!?」「パンドラさん!!」
パンドラの手が動いて、俺の手を握り返そうと微かに力が入る。
「マスター……ご無、ジ…でシた…カ」
「今無事じゃねえのはお前の方だろうが」
「申シ…わ、け…あり、マせん…」
たどたどしく言い終わると、パンドラからPCの電源を落とすような小さな音が聞こえて再び眠りに付いた。
「パンドラさん!?」
「大丈夫だ、また眠っただけ」
……多分。
パンドラの手を離してベッドに静かに戻す。
「驚きました。今までパンドラが目を覚ます事はなかったのに…」
と言葉通りに驚いた様子のフィリス。
部屋の外で、パンドラの治癒をしていたエルフもコクコクと全力で頷いている。
パンドラが目を覚ました理由は、間違いなく俺だろう。
マスター登録されてる俺が触れた事で、スリープを無理矢理一時的に解除して起きて来たってとこだ。
無理しなくても良いんだぜ? とは思うが、お陰で今はただ眠っているだけなのが分かった。
あとは―――腹の穴を塞げばOKって事だ!