7-4 結婚の予定はありません
フィリスの転移魔法で木々に囲まれたエルフの里へ戻って来た……のだが…。
なんか騒がしいな?
それになんか、亜人の博覧会かっ…ってくらいに色んな種族が居るんですけど…? ドラゴンゾンビの件で来ていたエルフやドワーフ、翼人やケンタウルスは勿論、あの戦いの時には里に居なかった小人族や魚人からリザードマンまで……なんか色々居過ぎて、頭がクラクラする。
「なんの騒ぎなんだ?」
事情を知っているだろうフィリスに聞くと…。
「はい。皆≪赤≫の御方が我等の里に現れたと聞いて、ここに訪れた亜人達です」
「そうか…」
よし、見つからないようにパンドラを回収して、さっさと転移(逃げ)しよう…。
固く決意した。
そうと決まればさっさと行動だ。
「気付かれないようにパンド―――」
「皆っ! ≪赤≫の御方が戻ったぞ!!」
「フィーリースーさんっ!!!? なんでわざわざ報告してなさるんですかああ!!?」
驚きながら慌てたもんだから、日本語がちょっと怪しくなったかもしれない。
フィリスの声に反応して、里に居た亜人達の目が一斉に俺に向く。
何人かが「あの子供が?」という顔をしたが、大半は感動と尊敬の眼差しで見つめて来て、中には泣きだしたり…気持ちが昂りすぎて気絶してぶっ倒れたり…。
……相変わらず亜人達の俺に対する扱いは良く分からんな……。
そして隣でうんうんと皆の反応に満足しているフィリス。ついでに俺の肩でドヤッと胸を張っている白雪……。
お前等こんにゃろう、人の気も知らねえで…!
心の中で身内に文句を言っていると、それを感じたのかゴールド達がじゃれついて来る。俺の癒しはお前達だけだよ…本当…。
そうこうしてる間に、それぞれの代表らしい亜人達が近寄って来る。
本音を言ってしまえば転移で逃げ出したいのだが……一応、俺も亜人に対しては≪赤≫の継承者としての立場があるからなぁ…。見つかった以上無視する訳には行かねえんだよ…。
俺がバカやると、先代の名前に泥塗る事になるしねえ…。まあ、別に義理を感じる必要はないかもしれないけど、こうして亜人達が俺に良くしてくれるのは先代のお陰だし。
「新しき≪赤≫の御方。御快復お喜び申し上げます」
と跪きながら言ったのはライオンの獣人。見た目がすんげぇ恐い……コッチの世界に慣れてない時にコレに出会ったら、間違いなくチビる自信がある。
「貴方様が倒れたと聞き、我等一同皆で心配しておりましたが…やはり≪赤≫の御方に心配は無用でしたね?」
ライオン顔の隣に、やたら渋いナイスミドルな感じの翼人のオッサンが跪く。
「まあ…心配してくれたのはありがとう」
「恐れ多い! ≪赤≫の御方を心配するのは、我等亜人にとって当然の事。本来であれば、我等の手でお助けしたかったのですが…力及ばず星の大樹に頼る事しか出来ず…」
翼人のオッサンが今にも悔しさで泣きだしそうになりながら言うと、後ろで見守っていた他の亜人達も同じような顔をしていた。
「いや…まあ、別に治ったから良いんじゃね?」
「良いわけがありません! 大恩ある≪赤≫の御方を御助けするのは、我等の使命、我等の願いでございます」
「はぁ…」
……この扱い、本当になんとかなんねえかなぁ…? 一般人の俺には、シンドイんだが…。
「それに―――」
ナイスミドルが自分の背後……亜人の群れの中に居た翼人の女の子を見る。
あっ、あの子はエグゼルドと戦った時に助けた…孕む云々で俺をドン引きさせた例の女子。
「我が娘を嫁に貰って頂くのです、心配は当然の事」
はぃ?
後ろの方で、翼人の女の子が耳まで真っ赤にして、俺の事を潤んだ瞳で見つめていた。
「えーっと……何の話?」
「娘から話は聞いております。なんでも子を生す約束をしたとか?」
してねええええええっ!?
何1つ受け入れた憶えねえよ!!? それなのに、なんで何か結婚する的な流れになってんの!?
阿久津良太としても、ロイド君としても、アークとしても…結婚どころか子を作る行為もする訳にはいかねえでしょうよ!?
俺が心の中で全力でツッコミを入れていると、翼人のオッサンの横に居たライオン顔が殺気にも似た気配を込めた鋭い目でナイスミドルを睨みつけていた。
「おいっ、鳥の! 貴様、何を寝惚けた事を言っている!? ≪赤≫の御方には、我が娘を娶って頂くのだ!!」
そんな話、今まで1度たりとも聞いた覚えがないんですけど…。
「ふざけるな獣の!? 娘と≪赤≫の御方は、すでに婚姻の約束をしているのだぞ!」
だから、してねえええええ!!?
その約束も、俺初耳だぜ!?
この話の着地点が見えずにドンヨリした気分になっていると、横に居たフィリスが若干ジト目で…。
「≪赤≫の御方……そのような約束をなさったのですか…?」
「父様……」
ついでに白雪も白い目で見て来やがる…。
チキショウ…この話に関しては、俺まったく悪くなくね…?
とか思ってる間に、ライオンとナイスミドルだけでなく、後ろの亜人達までヒートアップし出した。
「待て待て獣の、鳥の! 娘を貰って頂くのは我等一族ぞ!」「いやいや我が娘こそ≪赤≫の御方に相応しい!」「何を言う、ならば我が里の最も美しい娘こそが!!」「我が集落の者こそが!」「いいや! 我が息子こそ!」「何を馬鹿な、我が孫娘以上に相応しき者が居る筈がない!」
……勝手に人の結婚相手で盛り上がらないで欲しい。
そして、息子を差し出そうとした奴、悪いけど凄まじく要らない…。
ってか…なんか気付いたら話の中心に居るべき俺が、完全に蚊帳の外になって…亜人達が勝手に「誰の所の娘が俺に相応しいか」で大騒ぎしてるんですけど…。
「あの…これ、どうなさるのですか?」
ジト目のままのフィリスに尋ねられた。
「ふむ…」
こう言う時、俺達の世界にはとても都合の良い脱出方法がある。その画期的な脱出法を、この世界の者達にお披露目しようじゃないか?
その方法の名は……
「見なかった事にしよう」
スルー。またの名は、現実逃避とも言う。
そして、俺は亜人達に気付かれないように颯爽と歩きだす。
「それで、宜しいんですか…?」
呆れたように聞かれたので、正直に答える。
「うん」
即答だった。一秒の間もない、最速の即答だ。
大体、よくよく考えるまでもなく、今の俺ってこんな話に付きあってる場合じゃねえじゃん? さっさとパンドラの所に行かねえとだし。いや、別にパンドラをこの場から逃げだす口実にしてる訳じゃねえけど。