7-2 状況把握
後に聞いた話だと、白雪の突然の成長は俺のせいらしい。
俺が≪青≫……水野との戦いで精神的に追い詰められていたのを、ずっと白雪は感じていたようで、少しでも俺の力になりたいと幼体の殻を破ってこの姿になったらしい。
まあ、成長したからと言って突然何か出来ると言う訳ではないが、それでも普通に話す事が出来る様になっただけでも有り難い。光る球の時には、一応俺とは思念で会話出来たけど…単語を並べるような喋り方だから時々分かんねーんだよなぁ…。エメラルドは普通に会話してたみたいだけど、一々通訳に入って貰うのも面倒だし。
「父様、それで何故お泣きになっていたのです?」
仰向けに寝ている俺の胸の上でペタンと座った白雪が小首を傾げる。
ああ…そう言や、何時の間にやら涙止まったな…?
「う~ん……俺にも良く分からん」
なんで俺泣いたんだろうな…?
泣くような内容の夢でも見てたんかな? 全然内容憶えてないけど…。
「父様?」
………いい加減起きるか? いつまでも寝転んでゴロゴロしてる場合じゃない。
よっと上体を起こすと、胸の上に座っていた白雪がパタパタと飛び立って俺の肩に腰を下ろす。
ノンビリタイムは終わりだ。
確かめなきゃ行けない事がいっぱいある。
ここがどこなのか?
戦いの後どうなったのか?
それに………パンドラの事。
焦って空回りしそうになる頭を理性で抑える。
焦るな、冷静になれ…! ……とりあえず、1つずつ聞いて行こう。
「お前等、なんでここに居んの? エルフの里に居たんじゃねえの?」
俺の問いに、地面スレスレの所に浮いていたエメラルドが、俺の目線の若干下の高さまで浮き上がって来て答える。
「フィリス殿が、主様の一大事だから…と転移魔法でお連れ下さったのです」
「そっか…」
コイツ等を里に置いておいたのは、≪青≫が生き残りの妖精を殺しに行く可能性を考えたからだ。
俺らとの戦闘で水野は死ん……ではないだろうけど、ボロボロだし暫くはまともに戦闘出来るような状態じゃないだろうから、里の警戒は緩めても問題ないだろう。
「そのフィリスは?」
辺りを見回しても姿は見えない。
感知能力を使って遠くまで探してみようとしたが、どう言う訳かスキルが発動しない…いや、しないっつうか、何かが妨害してるっつうか…?
「現在はエルフの里へ報告をしに戻っています」
なるほど。どーりで姿が見えない訳だ…。
「で、ここって―――」
天に届くような大きさの大樹を見上げる。
明らかに普通の木じゃないよな…? 空気が澄んでるし、それに……この辺りは全く魔素を感じない。
「―――どこ…ってか、何なの?」
「父様、それは私がお教えしますわ」
喋り出そうとしたエメラルドより先に、俺の肩で足をプラプラさせていた白雪が答えた。
「ここは、星の大樹の聖域ですわ」
「ゆぐどらしる?」
なんじゃそりゃ? ゲームやら何やらで良く聞く名前だけど…なんか、アレか? 凄い力を持った木とか、そんな感じの奴か?
「世界の始まりと共に存在したと言われている、“創世の樹”です。この場所は、私たちの住まう世界とは切り離された場所なのだとか…。古くより、この場所は亜人だけが入る事を許され、人は入る事を禁じられているのです」
「人は禁じられてる……って、俺はダメじゃん…?」
まあ、正直純粋な人間かどうかと言われると、自分でも首を傾げるところだが…。いやいやいや、ロイド君の体は間違いなく人だよ? それは間違いないよ、うんうん…。
「父様は、≪赤≫の御方ですから」
それで良いのか…? どっかからクレームが来たとしても、俺は対応しねえぞ。
「それは良いとして…、そんな大層な場所になんで俺は居るんだ…?」
俺の太腿の上に顔をモフッと乗っけて来たゴールドを撫でながら聞くと、説明役のエメラルドが若干言い辛そうな雰囲気を出した。それを察したのか、白雪が続けて説明役を買って出る。
「父様は…回復の魔法が届かない程衰弱していたのです。ですから、最後の手段…とも言うべき、この星の大樹に―――如何なる者の命さえ救うと言われた、この樹の元へとフィリスさんがお連れしたのですわ」
俺…そんなにヤバかったのか?
まあ、確かに【魔人化】を限界以上に使ってたし、その上ダメージをゴッソリ受けてたしな…。即死じゃなかっただけ儲けもの…かな…?
さて…………聞くのが怖くて、後回しにしちまったけど…ちゃんと聞かないと…。
「…パンドラは?」
1番聞かなきゃいけない事。俺が1番聞きたくて…聞くのが怖い事。
白雪とエメラルドが顔を一瞬見合せて、そして顔を伏せて2人して言い淀む。
その態度と雰囲気で察する。
――― 良くない状態だ。
最悪の展開も覚悟しなければ、と一旦思考から感情を締め出す。
「パンドラ殿は…まだ目を覚まされていません。実は…2日前までは、主様と一緒にこの場所に居たのですが、主様と違い良くなる兆しもなく……それどころか、むしろ体調が悪化して…現在はエルフの里に移動を……」
どう言う事だ? ユグドラシルに本当に生物を癒す力があるのなら…パンドラも良くなる―――いやっ、アイツは7割機械だ。流石にそこまで直してくれる訳無いから、パンドラがこの場所で受けた恩恵は、残りの3割の生身の部分だけ。
治癒された生身の部分が通常運転に戻っても、機械部分は異常をきたしたままだ。だから、その誤差が機械部分に余計に負担を強いて、生身の方もそれに引っ張られて……。まあ、多分そんな感じだ…本当は違うかもだけど…。
「でも父様、まだパンドラさんは死んだ訳じゃありません!」
「分かってる。アイツの命を途中で投げるような事はしねえよ」
けど、どうする…?
パンドラの機械部分には魔法の回復は効かない。ポーションや薬草なんて、それこそ無駄だろう。
助ける為に必要なのは、機械工学の知識と、実際に機械を弄れる技術だ。
……そして、俺にはそれがない…。いや、無い事はないが、所詮高校生が授業で習う程度のレベルだ。パンドラを形作る超技術を前にしたら、俺の能力なんて無いに等しい。
勿論、機械技術が発展していないこの世界にも…そんな事が出来る奴が居る筈がない…。
くっそ!! パンドラを助ける手立てがねえ…!!
この展開を恐れて、ずっとパンドラを後ろに下げてたっつうのにっ!!
こんな事なら、解決策の1つも考えておくべきだった…。俺のアホッ……!
「父様…」「主様…」
心配そうな声をかけられて、ハッとなって我に返る。
「悪い……大丈夫だ」
後悔は後だ。
とにかく、1度パンドラの状態を確認して、それで……それで、どうする?
やっぱり、何も考えつかな……いや、待て!? 原点回帰…パンドラの眠っていたあの研究所は? もしかしたら、メンテナンス設備とかあるんじゃないか!? 俺には使えないけど、もしそれがオートマチックだったら?
可能性は低い―――けど、ゼロじゃない!!
行ってみる価値はある…か?
それがダメなら、異世界人を手当たり次第に当たってみて、そういう知識と技術を持った人間を探すしかない。幸い、異世界人はいっぱい居るらしいし、もしかしたら…居るかもしれないし。
「助けるさ―――必ずっ!!」
そう簡単に見捨てられる程、パンドラは俺にとって軽い存在じゃない。