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6-28 敗北

 槍に貫かれたパンドラが、それでも俺の元へ来ようとするように俺に手を伸ばす。


「マ、ス…た…」

「ふんっ」


 相手の大男は、そんなパンドラの反応を鬱陶しそう見ると、腹に刺したままの槍をパンドラの体ごと横に振って、その勢いでパンドラの体を横に投げ飛ばす。

 重量感のある音と共に地面に叩きつけられた機械の体は、大きく1度バウンドして動かなくなった―――…。


――― パンドラッ……!!!!?


 何かの冗談かと思った。

 悪い夢かと思った。

 ……そう思いたかった…。

 それなのに、地面に倒れている体の下に広がる赤と黒の混じった液体が…辺りに散らばった機械部品が…これが現実なのだと言っている。

 頭の中で―――走馬灯にも似たパンドラとの思い出が流れて―――フザケンナ!! まだだっ、まだ死んでないだろ!!

 願うように心の中で強く思いながら、なんとか助けに行こうとするが、体が動いてくれない………。

 くっそ! くそ…動いてくれ…動いてくれよ! 俺は、今アイツの所に行かなきゃ―――!!

 それでも体は動いてくれない。


「随分脆い従者を連れているな? あんな弱さで戦力になるのか?」


 隻眼の優男が嘲る様子もなく、本当に疑問に思っただけの事を聞いて来る。

 俺は頭の中がいっぱいいっぱいで、そんな疑問に答えている余裕はなく……代わりに答えたのは偽物の俺…。


「まさかだろう? あんな雑魚を戦力に数える訳ない。メイドの服を着てるんだ、身の回りの世話をさせているだけだろうさ」

「なるほど、それならば納得です」


 うんうんと隻眼が首を振って納得する。


「……っざけんなよ………!」


 パンドラを馬鹿にされている事に腹が立つ。

 ……それ以上に、体が動かなくてその怒りを行動に移せない自分自身に腹が立つ…!!


 パンドラ……無事なのか…?

 フィリスが駆けつけようとしているが、それを阻むように…パンドラの血のついた槍を持った大男が立ち塞がっている。


「ブランゼ、お前は≪青≫を連れて先に戻っていろ。場合によっては治療が必要だ、リューゼにも手伝わせろ」

「了解しました」


 カチっとした堅苦しいお辞儀をして、倒れている水野に向かって歩き出す。

 水野を取り逃すのはこの際仕方ない…と諦める。けど、カグを―――偽物の俺まで逃がして良いのか…!?

 けど、俺は動けない…頼りのガゼルは4匹目の魔物の首を貫いてる最中だし、フィリスは武器庫みたいな大男と睨み合いで身動きが取れない……パンドラは―――くっそ…!!


 隻眼の男が水野に手を伸ばす―――



「≪青≫は置いて行って貰おうか?」



 水野の体を囲むように、土が刃のようになって上に伸びる。


「―――ちっ!?」


 隻眼の男が慌てて手を引っ込めるが、微かに指先を掠ったらしく血液がブシュッと噴き出して土の刃を赤く染める。

 今の声…? それにこの土系の攻撃は―――!


「さて…とりあえず邪魔な連中には退場願おうか」


 ヒュッと黒い影が視界を過ぎり、そいつが姿を見せた。

 白い仮面を着けた褐色の肌。

 黒い革のポンチョに身を包んだ…黒い刻印を身に宿したキング級の冒険者。

 <夜の処刑人(エグゼキューター)>、名前は…ルナだっけか?


「≪黒≫…か。早かったな…?」


 偽物の俺が誰にともなく呟く。

 隻眼の男が警戒するように目付きを鋭くし、ガゼルに魔物の群れを差し向けていたピンク髪のエスぺリアが怒りで顔を歪め、フィリスと向き合っていた武器庫男がチラッと一瞬視線を向けた後、無言で背中から剣を抜く。

 ついでに、ガゼルが「やっべぇ、見られた!」と魔物の攻撃を避けながら焦った顔をする。ああ…お前、その姿は皆には秘密って言ってたもんな…。

 しかし、≪黒≫の女はそんな周りの反応を無視して、羽ばたく様に両腕を振るう。すると、刻印の黒い光が残光となって空間に残る姿が妙に美しくて、自分の体も目の前の状況も忘れて見惚れてしまった…。

 だが、その行動によって生み出された力は、美しさの欠片もなく―――むしろ残虐で無慈悲な力だった。


 ズンッと突き上げるような衝撃…続いて、大地が割れた―――…!?


喰われろ(・・・・)


 大地の裂け目の内側から発生する引力。

 ガゼルと戦っていた魔物が、全て裂け目の中に吸い込まれる―――隻眼の男とピンク髪、それと武器庫男もその場で引力に抗っているが、それ以外の俺達は範囲外に指定されているからか何も変化がない。

 正直傍目には、魔物が裂け目に飛び降り自殺しているようにしか見えないが、吸い込まれる勢いを見ると、食らっている奴等にとってはとんでもない事態なんだろうな…。

 魔物が全て裂け目に収まる。


「流石に、人間達はこの程度の力では仕留められんか…」


 ルナが諦めるように「フゥ」と溜息を吐いて両手をパンと音を立てて合わせる。

 それと同時に大地が開けていた口を閉じる。


――― グシャ


 一瞬だった。

 魔物相手の瞬殺マンっぷりは相変わらずだな…? 地面から湧いて出て来た魔物も居たから、地面に埋めただけでは仕留め切れないんじゃないかと思ったが、全然出て来る気配がない。完全に大地に裂け目に押し潰されたらしい…。


「さてっと…」


 一息吐く暇もなく俺を見る。


「ギルドの方に私宛のメッセージを残しただろう?」

「…あ、ああ」

「お前が私の正体に自力で気付いた点は褒めて置く。それはともかくとして、だ……どうしてこんな状況になっている?」


 俺が聞きたいわ。


「そもそも―――」


 チラリと倒れている水野を見て、続いて偽物の俺の隣で虚空を見つめたまま身動きしないカグに視線を向ける。


「残りの魔神の継承者が何故、ここに揃っているんだ?」

「…≪青≫がここ…妖精の森を潰した犯人だってのは、ギルドの方で聞いただろう…?」

「ああ。それで、お前とそこの…竜人(ドラゴノイド)? がそこに倒れている≪青≫を倒したであろう事は想像がついた。で、そこの黒髪の男と、≪白≫の女はなんだ?」


 なんだ、と言われても…俺も状況がちゃんと呑み込めてないから説明に困るんだが…。


「……≪白≫の女は、俺の幼馴染……男の方は―――俺だ…」

「…? どう言う事だ?」

「俺だって分かんねえよ…! 説明して欲しいのはコッチだ……!!」


 ルナが少女らしく首を傾げているが、それ以上の説明は俺にも出来ないのでどうしようもない。


「っ!? 話は終わりだ!」


 途端に、ルナの気配が戦闘モードに切り替わり、俺を見ていた黒い眼が前を向く―――その先に居るのは水野……あれ!? いないっ!? さっきまで、確かにそこに倒れて…!?


「……≪青≫の回収が……完了しました……」


 偽物の俺の斜め後ろの空間がユラッと歪んで…不可視の状態を解除したように現れたのは、エルフの少女。少なくても見かけは少女だが、エルフが長寿なのを考えると、俺のずっと年上だったとしても驚かない。


「御苦労…総員、退くぞ!」


 偽物の俺が大きな声を出すと、隻眼の男、ピンク髪、武器庫男、そしてエルフの少女が一瞬で俺の偽物を護る様にその場に集まる。


「逃がすと思うか?」


 ルナが殺気を隠しもせずに、問答無用で目の前の“敵”に叩きつける。


「勿論逃がして貰うさ。残念ながら、今回はお前を相手に出来る用意はしていないからな?」

「だとすれば、尚の事逃がす理由はないな…!」


 黒い光が心無しが大きく膨れ上がる。

 敵の集団を挟みこむように、ガゼルが反対側に立つ。


「そうだな? 後輩とその仲間がやられてるんだ、黙って逃がす理由はないよな?」

「ふん…竜人か? 確かに、お前の存在もコチラには想定外だった。次に会う時には、是非ともお前も潰させて貰うぞ?」

「次? この場で決着をつけてやるよ!」


 ガゼルが弓を引き絞るように槍を投擲する構え―――。


「グリフ、飛ばせ!」


 隻眼の男が叫んだ途端、一瞬目の前に厳つい顔の老人を幻視し―――


「逃げるぞ、潰せっ!!」


 ルナが地形操作の能力で全員を押し潰そうとするのと同時に、偽物の俺の……敵達の姿が消える―――…。


 最後に見えた、勝ち誇ったような薄ら笑いを浮かべた“阿久津良太”の顔と…その隣で人形のような無表情で立つカグの姿が脳裏に焼き付いた…。


――― 逃げられた…?


 妖精の森をこんな惨状にした水野を―――

 カグを―――

 偽物の俺を―――

 パンドラを傷付けた奴を―――

 

 俺は……何も出来ずに逃がしたんだ…!!


「…ふざけんなよ……!」



 力無く地面に拳を立てて、そこで俺の意識は途切れた―――…



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