6-25 舞い降りる悪意
「くっ……ぐぅ…はぁはぁ……なんだ? 体に力が入らない…?」
右腕の傷を治癒しながら、水野が呟く。
先程の俺との斬り結びでも、違和感バリバリだったが、やはり本人もそれに気付いたらしい。……いや、アレだけあからさまに力が弱くなってたら、本人が気付かない方がおかしいか…。
ここまでの戦いの経過時間を考えれば、俺とほとんど同じ条件で戦っている水野も相当疲労している筈だ。
……とは言え、いきなり弱体化し過ぎじゃないか? 下手すりゃ、今のいっぱいいっぱいの俺と同じかそれ以上に弱くなってんぞ?
常時治癒を掛け続けている事を考えれば、もっと余裕があってもよさそうなものなのに……まさか、あれが演技って事はないよな…?
「チッ…くそ、なんだ…!?」
荒い息を吐きながら、持ち上げていたガゼルを地面に下ろす…。いや、水野が放した訳じゃなくて、手に力が入らなくて落としたのか…?
「ようやく、底が見えて来たか?」
地面に放り落とされたガゼルがムクっと起き上がって、体に付いた土と霜を手で払って落とす。
あれ? お前さっきまで死ぬ寸前みたいな感じの雰囲気だしてませんでしたっけ? え? もしかして、あの“THE・敗北者”みたいな姿は演技だったん!?
「なっ!? お、お前! なんで動けるんだよ!?」
「なんで? ふっふっふ…スッカリ騙されたみたいだな? 俺の演技力も中々じゃないか。冒険者で食いっぱぐれたら、どこかの劇場にでも雇って貰うか?」
ああ…うん…まあ、顔は悪くないし行けるんじゃない…? 役者と女好きの肩書はなんか相性が良さそうだし……うん、っつーか、どうでも良いな…。
内心ツッコミを入れている間に、トンっと軽く飛んで来て俺の隣に立つ。
「ガゼル…お前、さっきまでのは死んだふりかよ…?」
「どーよ? 俺の、仲間さえ欺くこの華麗な演技力は?」
「華麗かどうかは知らねえよ……」
でも、確かに完全にやられたと思ってたわ…。
「で? その華麗な演技は、なんか意味あったん?」
「あったよ? 野郎は生き返る能力を持ってるからな。それを使えないようにする為の時間稼ぎ」
え? 【輪廻転生】を封じる為って?
そんな事出来んの? 俺には、寿命が尽きるまで殺し続けるくらいしか思いつかないんですけど?
「もしかして、アイツの弱体化ってお前が何かしたせいか?」
「大当たり」
マジかよ…。だとすれば、水野の奴完全にガゼルの手の平の上じゃん。
「なんだよ…それ…ふざけるなよっ!!? そんな物、俺が受ける訳ねえだろうがっ!!」
俺達の会話を聞いていた水野が足に刺さっていた槍を引き抜き、地面に叩きつけながら吼える。
いや、受ける訳ねえって…実際受けて弱体化してんじゃん…。まあ、俺もガゼルが何をしたのかは全然知らねえけど…。
「お前がなんでそんなに弱ってるのか教えてやろうか?」
今しがた水野が投げ捨てた槍を指さす。
「それだよ」
「ぁあ? この槍がなんだよ…?」
「魔神の知識も大した事ないな? 神器でもない武器に対する注意が足りな過ぎだぞ?」
言いながら、槍が勝手に立ち上がってガゼルの手元に飛んでくる。
槍の軌道を見もせずに、飛んで来た武器をキャッチ。
刃に付いた血を裾で軽く拭って、改めて水野に向ける。
「なん…だとぉ…?」
「コイツに付与されている異能を教えてやる。【生命吸奪】、刺した相手の生命力を奪い取るちょっと危ない能力さ」
何それ!? 相手の命を吸収するって、それ敵のボスクラスが持ってるような能力じゃね!?
「お前が余裕見せて俺の槍を刺しっぱなしにしていてくれたお陰で、大分吸奪出来た。さて? それを踏まえた上で聞こうか?」
ニヤッと、今まで水野が向けていた笑顔に対する意趣返しのように笑いながら続ける。
「―――お前、あと何回生き返れるんだ?」
俺の予想では、あの弱り方からすれば5回も残ってない。いや、次でそのまま死んでもおかしくない。
出会ってから初めて水野の顔が青褪める。
「何時死ぬかは興味ない」と言っていた男の目の前に、自身の死が置かれた。
死がすぐそこまで迫っている事に気がついて、水野が初めて死に恐怖している。
「………」
水野が無言のまま一歩後退る。
それを見て、ガゼルが尻尾の先で俺の足をトンっと突く。その行動の意味する事は考えるまでもない「アイツ、逃げるぞ。気を付けろ」だ。
「さあさあ、それじゃあ決着をつけようか? 俺もいい加減疲れたから、さっさと帰って女に癒されたい」
水野は何も答えない…ただ青褪めた顔でもう一歩後退るだけ。
「どうした? まさか、逃げるつもりか?」
ガゼルの挑発に水野がビクッと肩を震わせる。
≪青≫の魔人は笑った。さっきまでの俺達を嘲笑い、見下した笑顔ではない。
引き攣った笑い―――…。
自嘲するような硬くて、ぎこちない笑顔。まるで、笑ってこの場をなんとか逃れようとするような、そんな愚かな…道化者の笑い。
「ふっひひ…」
そして、転移で姿が消え―――…
――― 逃がさねえよ!
炎を撒いて“転移誘導”を付与。水野が自身に“転移阻害無効”を張ってたらアウトだが、そんな様子はなかった。
だから―――
「ぁ…がああっ!!?」
俺の放った炎の中に水野が転移して来た。
「アーク、トドメ!」
と短く鋭い言葉を俺に投げながら、ガゼルが地面を爆ぜさせる踏み込みで水野に向かって飛び出す。
と言われても、俺にはもう元気よく後を追えるような力は残ってない。
動くのもシンドイし、この場でトドメの一撃用に力を溜めさせて貰おう。
「燃えてるところを悪いが、追い打ちかけさせて貰うぞ?」
乱舞のような蹴りや打撃を織り交ぜながら、水野の体を槍で突き、殴り、吹き飛ばす。回復の間を与えない、超速で超力な連撃。
その間のを縫うように、チラッと俺に視線を向けて来る。
そして―――
「飛んで来いっ!!」
ゴギッと体が拉げる音と共に、ガゼルが槍で水野の体を上空に打ち上げる。
「アーク!!」
「あいよっ!!」
手の平に溜めた紅の炎。
グングン空に昇って行く水野を追って、紅の炎を投げる。
「“プロミネンス”」
上空30m辺りで炎が水野に追い付き、その体を問答無用で焼く―――!
「ぎぃがあああああああああっ!!!!!??」
耳を塞ぎたくなるような雄叫び。
だが、その炎の中で口を開けてると―――死んじまうぜ!?
「俺も一発御見舞しておくか!」
ガゼルがスゥッと息を吸い、上空の紅の炎に向かって口を開く。
口の中から真っ直ぐに伸びる真っ黒な光―――竜の息吹!
炎と熱の海に呑まれていた水野の体を、黒い光が貫く。
暴力の塊のような熱に曝された後に、分解のエネルギーを叩き込んだ。正直、相手が魔人じゃなきゃオーバーキル過ぎて相手に同情してしまうダメージだ。
水野の奴は……あ、落ちて来た。
辛うじて魔神の姿を保ったまま、地面に落ちる。
「…………」
死んで…はないな。
しかし、すぐに【魔人化】が勝手に解除されて、黒髪の普通の人間の姿に強制的に戻される。
人間に戻ったって事は、魔人の時に体にかかっていた負担を今全部受けている筈だ。それなら、もう後は放って置いても死ぬ。
「何してんだ、今のうちにトドメ刺すぞ」
ガゼルに言われて、また自分の甘さが出ていた事に気付く。
放って置いても死ぬかもしれないが、水野には【輪廻転生】が有るんだ。ここでトドメ刺さないでどうするんだ!
「分かった」
人を…同じ世界の人間を殺す事は…割り切ってやるしかない。
コイツをここで逃したら、それこそコッチの世界で何をやるか分かったもんじゃない。
「お前がやるか?」
「……そうだな、俺が―――」
その時―――
「“天よ、堕ちよ”」
グンッと上から突然何かが落ちて来て、俺とガゼルを地面に這いつくばらせる。
「なっ…んだ…!?」
「動けねえ……!?」
更に上から圧力がかかり、起き上がる事が出来ない。
しかし、俺の上にもガゼルの上にも何も無い…!?
いや、違う…何も無いんじゃない…! これは…
――― 空気の壁
体がガタガタの俺は元より、ガゼルも地面から立ち上がる事が出来ないで居る…。
これ……何者だ…!?
俺の思考の中の疑問に答えるように、フワリと音も立てずに俺達の前に女が着地する。
全身に白い刻印を浮かび上がらせた髪の長い女。
――― ≪白≫の継承者!?
だが、俺はそれ以上に驚いた事があって、そんな事は気にならなかった。
だって…その女は黒い髪に、黒い瞳の異世界人で……そして―――
「カグ……?」
――― 俺の幼馴染だったから