6-24 白い世界の向こう側で
吹雪…ではなく吹氷で真っ白になっている視界。
その向こう側で何度も何かがぶつかり合う音と、衝撃と振動……。
戦っているのは竜人のガゼルと魔人の水野だ。
どう考えても激闘は必至。
……さっきまでの展開で言えばガゼルの方が優勢だと思う…けど、この吹き荒ぶ氷の塵がかなりの難敵だ。
寒さが尋常でないのに加え、舞っている氷は魔素を固めて作った物だ。そのせいで変なジャミング効果が発揮されて感知能力が使い物にならないってのがまたヤバい。
ガゼルも何かしらの感知スキルを使って視界を広く得ているのは間違いないから、今頃絶対に不便な思いをしている。
水野がこの効果を踏まえた上でこの状況を作り出したとすれば、それは相当ピンチだ。と言うか、絶対織り込み済みだろう…。
アイツ自身がこう言う戦術を生み出したのか、≪青≫から貰った知識の中にこう言う戦い方があったのかは分からないが、そこは今はどーでも良い。
問題なのは、これで俺達の視界はほとんど潰されたって事だ。
「マスター、心配なのですか?」
「まあ、少し……」
嘘だ。
本当はかなり心配してる。
ガゼルは強い。人の姿のままでも怪物級に強かったが、本来の姿(?)のあの竜人の姿になってからはマジで洒落にならない強さだ。
魔人に匹敵する……いや、下手すりゃその上を行く。竜の力に加え、冷静に敵の実力を分析する頭と、相手を決して軽く見ない油断の無さ。
肉体のスペックのみならず、戦士としての能力も超級……それで弱い訳がない。
……だが、相手は≪青≫を宿した水野だ…。どんな奥の手を隠しているか分かった物じゃないし…何より、氷塵の舞うこの状況は完全に奴の土俵の上だ。
そこでふと、フィリスが難しい顔をしている事に気付く。また頭の中をピンク色にしているのかと思ったら…。
「まさか、あの男が竜人であったとは……」
何だ? 少し険しい顔…?
あ、もしかして竜だからか?
「里の仇とか言って襲いかからないでくれよ…?」
「そ、そのような事はいたしません!」
まあ、だよな…流石にそこまでする程フィリスは馬鹿な奴じゃない。
やったところで勝てる見込みは爪の先程も無えだろうし……。
「竜人は、我等亜人の中でも特別な存在なのです。神として信仰する者もいるくらいで…」
神……? アレが? 女が絡むと超絶チョロイ男だぜ?
「ですが、亜人戦争でも…里をドラゴンゾンビに襲われた時も、竜人は我等を助ける為に現れてはくれなかった……」
ああ…そう言う話…。
「祈ってたら助けてくれるなんて、そんな都合の良い奴はいねえだろ…」
それはコッチの世界でもアッチでも変わらない。
自分の身に起こるどんな不幸だろうが、悲劇だろうが、結局最後は自分で何とかするしかない。
……まあ、それが俗に言う“神の試練”って奴なんだろう。「お前達に降りかかる不幸は、お前達の成長の為の物だから、自分の力で何とかしなさい」……まあ、神様のスタンスはどの世界もそんなもんだろう…。
「はい、それは…理解しております…。ですが…いえ、だからこそ≪赤≫の御方は我等にとって偉大なのです」
………先代はともかく、俺は別にそんな大層な物じゃないんだが…。本当に、偶然たまたま呼ばれて行っただけだし……って、もうその話は良いや…。
それよりも。
「マスター、音が止みました」
「ああ、冷気も引いて来たな…」
決着がついた…もしくは、場が一旦収まったか…。
どうなった―――と改めて感知能力を展開しようとした時、心臓が変な鼓動を打つ。
「―――ぅっつ!?」
「マスター!」「≪赤≫の御方!?」
やっべぇ…これロイド君の体が、【魔人化】の負担を抱え切れないところまで来ちまってるのか……!? もう10分以上経っちまってるからな…肉体限界の予想時間は余裕で過ぎてる…。そろそろ【魔人化】を解かないとマジでヤバい……。
………ダメージの方はフィリスの回復魔法のお陰でなんとかなったけど…まだ戦闘の最中だ……。
ロイド君、ゴメン…。もうちょっとだけ無茶に付き合ってくれ!
「マスター、お体が…」
「分かってる」
時間が無い。
ガゼルがすでにトドメさしてくれたんなら、それを見届けて解除して戦闘終了。そうじゃないなら……覚悟を決める―――…!
冷気の渦が止まり、巻き上げられていた氷塵がそのまま風に流されたり地面に落ちたり…白かった景色が開けて、そこには―――
「かっかっかッ!! 残念だったね~蜥蜴君?」
力無くダランとなったガゼルの首を掴んで持ち上げる水野の姿―――!?
ガゼルの全身は霜を被って白くなり、その下で薄緑色の竜の鱗がところどころ黒く染まってダメージを感じさせる。
一方水野は、右足に槍を突き刺されているが、そんなダメージを気にした様子もなく嬉々としてガゼルを持ち上げて首を締め上げている。
最悪の展開……。
流石のガゼルも、あの悪条件の中じゃ勝てなかったか…。
熱の結界を解除して、2人を俺から離す。
「マスター! いけません!」「≪赤≫の御方、無茶です!」
無視して立ち上がる。
後何分動ける…? 体が死ぬラインまで行っちまったらアウトだ。それより早く終わらせる!
「おい、離せよ」
ヴァーミリオンを握る手に上手く力が入らない。一応動ける程度には回復出来てるけど、抱えてるダメージも痛みも消せた訳じゃないからな……。
「はぁ? あれ~、まだ起き上がれたの? 君、しぶといねえ? そっちこそ本当は不死身なんじゃないの?」
アホか。だったらこんな苦労してねえわ!
「でも、体ガタガタそうじゃん? 大丈夫? 立ってるだけでも死んじゃいそうだよ?」
「うるせえ。さっさとガゼルを離せよ」
「嫌だと言ったら?」
「ぶち殺す!」
転移―――ダメだ、痛みが邪魔してちゃんと使える自信がねえ。
冷たい地面を蹴って飛び出す。
速度が3割減、ってところか…!
「ちょっ! なにそれ? ちゃんと力込めてんの? 魔人の姿でそんなに遅いなんて信じられないんだけどー!!」
プフッと噴き出しながら、片手はガゼルから離さず、空いていたもう片方の手で持っていた氷の剣で俺を迎え撃つ。
力が残ってねえのなんて、俺自身が1番自覚してるっつーの!! それでも、ここで倒れる訳に行くかよ!
「あああああっ!!」
今出せる目一杯の力でヴァーミリオンを振る。
「マスター!」「≪赤≫の御方!!」
ボロボロで能力値激減の俺と、回復しながら戦っている水野とでは現在の力に差があり過ぎる。速度でも、パワーでも叶わない。
「じゃあな、無能な≪赤≫の継承者!」
氷の剣が振られる。
ヴァーミリオンの深紅の刀身とぶつかり―――氷の剣が真っ二つになった。
「―――は?」
剣を形作っていた氷が空中を舞い、止める物がなくなったヴァーミリオンを振り抜く。
「はあああああっ!!」
「く…っそがぁあっ!!?」
体に届く直前で、今度は氷の盾がそれを阻む。
が、ヴァーミリオンが触れるとジュッと小さな音をたてて砕け散る。
これで―――防御はない!
――― ぶった斬れっ!!
赤い閃光のように、熱の残滓を空中に残しながら深紅の刀身が、水野の右腕を抉るように走る。
「がっ―――!?」
瞬間…即座の反応で水野の腰から2本の鎌が飛んでくる。
けど―――動きが遅い? さっきも氷の剣や盾が、やけに柔らかかったし…コイツ、見かけ以上に弱ってるのか!?
中途半端に切れた水野の腕からヴァーミリオンを抜いて、バックステップで逃げる。
俺がいなくなった空間を、2本の鎌が虚しく掻く。
鎌の振りにさっきまでのキレがない…。
水野の奴、やっぱり力が格段に落ちてる。