6-22 竜人
竜人―――。
その名が示す通り、竜と人の混ざった亜人。
これは全ての亜人に言える事だが、人の血が混ざると種族的に持っている能力が減衰する。勿論、最強の生物である竜の血であっても例外ではない。
だが、それでも竜の力である。
むしろ、人のような姿に騙される、と言う意味では普通に竜とエンカウントするよりも達が悪い存在かもしれない。
ただ、竜人には他の亜人にはない特徴がある。
それは―――極端に生まれ辛いと言う事。
受精しないと言う話ではなく、生まれて来る子供に竜の特徴が継承され辛いと言う話。
竜の遺伝子が弱いのか、他の種族と混ざるとそのままその種族が生まれて来てしまうのだ。だから、人と竜が混じれば竜人が生まれると言う簡単な事ではない。
しかし不思議な事に、竜の遺伝子が混じった血筋は、何代か重ねると突然ポンと竜人が生まれる事もある。
そして、それは時代が荒れていればいる程その傾向が強い。
ある者は言う。
「竜とは世界の調停者であり、人と竜の混ざった竜人は種族間の平和の象徴である。故に、生まれる時を自身で選んでいるのではないか?」
* * *
ガゼルの姿が変わる。
頭の上に後ろに向かって雄々しく伸びる2本の角……いや、片方の角は中途半端な位置で折れてしまっている。だが、その力強さは全く失われていない。それどころか、折れてなお強く伸びる姿は勇ましさすら感じる。
背中には、広げれば片翼で背丈ほどもある大きな蝙蝠のような翼。
腰の辺りからニョロリと垂れ下がった尻尾。
指先は鋭く尖り、瞳がエグゼルドと同じ爬虫類を思わせる竜種の目になっている。
そして、全身に広がった薄緑色の竜の鱗。
「竜人…!? へぇ~、初めて見たよ!」
パンドラに向けていた意識が竜のような姿になったガゼルに移る。
が、ガゼルの方は気にした様子もなく、水野の足元に刺さっている自分の槍に指先でクイッと引き寄せる。
その間にパンドラの手を引いて下がらせようとしたが、手に力が入らず、軽く指先が触れただけだった。
「マスター…」
俺の言いたい事を理解してくれたかは分からないが、地面に寝かされてフィリスに回復魔法をかけられている俺の横に膝をつく。
「……心配そう…な……顔すんな……」
回復魔法の効きが良いのか、まともに呼吸できる程度には回復してる。つっても、【魔人化】したままのせいで、体がずっと負荷掛けられた状態だから、あまり回復してるって感じがしない。
でも、今【魔人化】を解いたら、魔人の姿で抑えている負担を一気に食らって間違いなく死ぬ。少しでも体力戻してからじゃないと、解く事が出来ない。
動けない俺を置き去りにして、≪青≫の魔人と竜人の話は続く。
「ただの有象無象かと思ってたのに、こんなレア物だったなんてねぇ?」
楽しそうに喋る水野に、ガゼルが冷めた視線を刺しながら、冷めた口調で口を開く。
「俺はこの姿が嫌いなんだよ。出来れば誰にも見せたくねえし、戦いにだって使いたくない」
「でも、その姿になってんじゃん? 言ってる事とやってる事噛み合ってなくない?」
「馬鹿か? 後輩が死に物狂いで戦ってるのに、先輩の俺が力温存して見物決め込んでる訳にはいかねえだろうが」
「ヤベ、超格好良い~、惚れそうだ」
ケラケラと笑う水野に対して、ガゼルは氷のように表情と感情が動かない。
………何と言うか、ガゼルらしくない対応…。
「俺がこの姿を嫌う理由が2つある」
「ふ~ん…。その話はあんまり興味無いな~?」
「1つは、こんな姿だと女が怖がっちまって抱く事が出来ねえって事」
あ、やっぱりいつも通りかもしれない…。
「もう1つは―――」
ガゼルの背で、翼が微かに揺れる。
次の瞬間、ドンっと空気の壁を突き破る音と共に周囲に広がる衝撃波。
「!?」
そして、目を見開いた水野の後ろで槍を振り被るガゼル。
転移ではない。一歩踏み込んだ瞬間に、音速に到達する恐るべき身体能力。
その信じられないような身体能力で振られた槍を、水野は転移でかわす―――
「ひゃっはっはははあ!」
ガゼルの背後に転移すると同時に、その後ろ首に向かって氷の剣が振られる。
ガゼルは反応しない―――いや、あえて避けない!?
首が飛ぶ!?
と、その場にいた本人以外は思った。でも、結果は否だ。
「はぁ……?」
水野が信じられない、と言う目で自分の振った氷の剣の先を見つめている。
氷の剣は確かに首を捉えている、だが…その刃は1mmたりとも食い込んで居ない。完全に止められている。
――― 竜の鱗に
「竜人を舐めてかかり過ぎだ!!」
鬱陶しそうに首を振って氷の剣を退かし、振り向きざまに水野のどてっ腹に槍を突き込む。
「うごゥッぐ―――ッ!!!」
水野の【液体化】を無視してダメージを通してる!?
いや、驚く事でもねえか…? ガゼルが竜種と同じ力を持っているのなら不思議でもなんでもないな。エグゼルドには【炎熱化】使ってても普通に攻撃されたし…。
「クッソがぁ! また腹を……!」
槍を刺したまま吹き飛びながら、さっきまでとは一転してイライラしたように大声で叫ぶ。
が、ガゼルの攻撃はまだ止んでいなかった。
フワリと蝙蝠の羽が開き、カタパルトで射出されたように飛び出す。
その速度のまま、吹き飛んでいる水野の頭を掴み―――地面に叩きつける。
「ごっ、ガアぁ!!?」
速度を落とさず、水野の頭で地面を抉りながら進む。
「良い気になるなああああっ!!」
2本の尻尾の鎌でガゼルの手を払い退ける。しかし、当然のようにガゼルの手には傷一つついていない。
「ウダウダ五月蠅い。寝てろ」
翼を畳んで体を縦に一回転させて、踵落としで立ち上がろうとした水野を再び地面に沈める―――そして無造作に腹に刺さっている槍を掴み、転がっている水野の体を蹴り飛ばす事で槍を引き抜く。
「ぎぃいいいいっ!!!!?」
腹から大量に出血しながら地面を転がる。
「っくっそがああああっ!!! 爬虫類の癖にぃいいいっ!!」
腹の傷に治癒の水を当てながら、全身から冷気が噴き出す。
ここら一帯を冷気で包んで凍らせるつもりか……!?
確かに、その戦法なら竜の鱗の防御力も意味がない。
……ヤバい…。俺自身も今のボロボロの状態でヤバいのに……パンドラとフィリスを護るのなんてかなり無茶だ。
「おっら来いよ!!? 爬虫類らしく氷の中で冬眠させてや――――」
「五月蠅いって言ってるんだよ」
スゥッと静かにガゼルが息を吸い込む。グッと一瞬力を溜めるように足を踏ん張り、大きく口を開く。
そして吐き出される
――― 漆黒の竜の息吹
「な―――!?」
噴き出した冷気を、魔人の体を黒い光が呑み込む。
“分解”のエネルギーの放射。
冷気も、水野の張った氷の盾も、その体に付与されている【液体化】のスキルも、全てを分解してダメージに変換する、地上最強の生物であるドラゴンだけが使う事を許された最凶で最強の攻撃。
魔人であってもあの攻撃は防御しようがないのは、エグゼルドの時に俺自身が証明してしまったからなぁ…。
「ふぅ…」
口から黒いブレスの残りを吐き出して、槍をクルリと回して血払いするその姿は、どこかの物語の勇者か、伝説に出て来るような神の使いのような神々しさがあった……実際は単なる女好きのナンパ師の癖に……。
「ブレスは口の中パッサパサになるから、やっぱり好きになれねえなあ…」
どうでも良い事を口にしながらも、その視線はブレスを撃った先―――抉れ飛んだ大地の先に向けられている。
「………なんだよ…! なんだよ今のは…!!?」
体中から血を噴き出しながらも、水野が―――≪青≫の魔神はそこに立っていた。
竜の息吹を耐え切った…!? いや、確かにエグゼルドのブレスに比べれば勢いがなかったように見えたけど、それでも食らえば即死コースの威力だった。って事は、【輪廻転生】で生き返ったのか。
「ああ、そうそう言い忘れてた。俺がこの姿を嫌いなもう1つの理由は、スタイリッシュな俺が、竜の血に引っ張られて荒っぽくなるからだ」