6-21 相容れぬ者
空中で2人の異形の怪物が斬り合う―――。
他人事みたいに言ってみたが、その片方は勿論俺自身。
≪青≫の魔人―――水野と俺がぶつかり合うたびに、お互いの攻撃の余波と膨大な熱と冷気が周囲に広がって、さながら異常気象か天変地異のような有様になっていた。
一応言い訳しておくが、俺としては周囲にこんなにエネルギーをばら撒くつもりはない。しかし、俺にその気がなくても【魔人化】していると自分の予想以上の力が出る上に、相手が相手なだけにそれを押さえて戦う余裕がない。
全開で殺しに行かないと、コッチが殺される。俺と水野の戦いは、そう言う戦いだ。
「楽しいなあ、楽しいなあ!!」
ケラケラと笑いながら、氷の剣を振る水野の姿に背筋が寒くなる。
……なんでこんな頭のネジが飛んだような奴と戦わなきゃなんねーんだか…。
若干ウンザリした気分になりながら、氷の剣をヴァーミリオンで横に捌き、同時に尻尾剣で本体を狙う。
「良い反応だねえ!」
テンション高く叫びながら、俺の尻尾を蹴りで外す水野。
頭のネジは飛んでても、戦闘能力は冗談なしのガチだ。狂人と言うよりは最早、狂戦士だな…。
転移で1度距離を取る。すると、すかさず俺の背後に転移で追い掛けて来る―――!?
「チッ…」
舌打ちしながら、もう一度転移。
水野の背後を取るや否や、目の前にある背中に向かって炎を撒く。
「甘いってば!」
水野の姿が消える―――転移…が、逃がさん!
炎に“転移誘導”を付与。
「はっは……ぁれ?」
転移した筈が、水野が現れたのは元居た場所、しかも炎の中。
「ッだああらああああああああッ!!!!」
瞬間、炎に焼かれながら呆気にとられた水野。
ここだっ!! 【レッドペイン】で威力を限界まで上げたヴァーミリオンで首を落としに行く―――!
「…っと!?」
転移で逃げる事を諦めて、後ろに飛びながら氷の盾で体を守る水野。
残念、甘いのはテメエの方だ!!
ヴァーミリオンに炎を灯し“吸引”を付与。
「ぐっ…!?」
俺から離れようとしていた体を炎が引っ張る。勿論魔人状態のパワーを、こんな小さな炎の吸引力で止めるのは無理だ。けど、逃げ脚を鈍らせるだけで十分!
ヴァーミリオンを氷の盾に叩きつける。
ダイヤモンドのような硬さで、熱にも負けない強固な氷の盾。
コイツの作り出す氷は基本的に2種類だ。
1つは周囲の魔素を固めて作るタイプ。もう1つは、冷気を撒いて作り出した普通の氷。強度を考えれば、戦闘に持ち込むのは前者だけ。
つまりこの氷の盾も魔素を固めて作っている。
さて、それを踏まえた上でコイツは今どんな状況か?
――― 炎に呑まれている
俺の撒いた炎……【魔炎】の中。
魔素を持続的に消費し続ける炎の中に、だ。
そんな場所で、氷を作ったらどうなるか?
決まってんじゃん?
――― ヴァーミリオンに触れるや否や、バキンッと氷の盾が粉々に砕け散る。
氷が脆くなります。
「ッ!?」
水野の顔色が変わるのに構わず、愛剣を振り抜く。
「ああああっ!!!」
浅く肩口に入ったところで、2本の鎌尻尾で止められる。余裕を見せて1本で止めに来たら切り落とせたのに……! そこまで甘い相手じゃねえか。
俺の動きの流れが止まったと判断した水野が、即座に氷の剣を振って攻撃に転じようとする。
「させねえよ!」
腕の出だしを、蹴りで肩を打って潰す。
転移、機動力、氷の盾、尻尾の鎌、氷の剣、これで一通り潰した。けど、こっちにはもう一手残ってる!
ビュルっと鞭のように尻尾の剣が水野に伸びて、反応を許さぬ速度で腹部を貫く。
「グごぁッ!!?」
水野……≪青≫の魔人も、俺の【炎熱化】同様に物理攻撃を無効化する、流体化の能力を持ってる。恐らく【液体化】だと思う。
けど、俺達は相反するエレメントを使って攻撃してるから、この手の防御スキルがほとんど意味ねえんだよなぁ…。俺の【炎熱化】は水と冷気で温度下げられて炎小さくされるし、アイツの【液体化】は俺の炎と熱で蒸発するし。
まあ、そんな感じの事情で、防御スキルもほとんど意味もなく、貫いた腹部からゴバッと真っ赤な血が噴き出す。
……肉体変質系の異能を使ってても、血は出るのか……。ちょっと発見だな? 今はどうでも良いか。
ともかく―――腹から血を噴き出しながら水野の体が落下する。
「もう一押しさせて貰うぜ!」
落ちながら噴き出す血を、能力で押し留めようとする水野に炎を放つ。
炎に“加重”を付与。ドラゴンも落ちる重量でフリーフォールをご堪能下さいってね!
よし、今のうちにガゼルを―――
ドスッと腹部に衝撃。
なんだ? と思ったら口から熱い物が込み上げてくる。
「ぐ…ぶフッ…」
真っ赤な…血?
俺の腹には赤くぬめり光る短剣?
なんだ、これ? どこから? この剣…いったい何だ? この剣の赤さ…これ、まさか?
――― 血の短剣
ハッとなって水野に目を向けると、炎に巻かれて落下しつつも、その目はシッカリと俺を捉えていた。
野郎…! さっきのは血を押し留めてたんじゃなくて、血を固めてこの短剣作ってたのかよ…!?
血で作られた短剣を抜こうとした時、水野の口が微かに動く。
炎の中だからか、声は出していない。
でも、何と言ったのかは分かった。
――― 死ね
咄嗟に「ヤバい!」と判断して短剣を抜こうとしたその瞬間、腹に刺さった短剣を構成する奴の血が爆発した―――
「――――ッ……!!!!?」
痛みで声が出ない。
呼吸が出来ない。
体が動かない。
スキルを維持できなくなって体が地面に引っ張られる―――
短剣を半分抜いていたお陰で、即死は免れたけど………。
やべぇ…これ………マジで……死ぬ…。
地面が近付いて来るのに………体が動かない………。
なんとかしようとしても……全身固まって……力が入らない……。
スキルを……。
……ダメだ……【魔人化】を……維持する……だけで……手一杯だ………。今……解けたら……間違いなく……その瞬間に………死んじまう………。
やば…い……地面が………もう―――…
死がそこに迫る。
「マスター!」
「【フロート】!!」
地面から5mの所で落下の速度が軽減され、力のは要らない俺の体を金色の髪のメイドが抱き止める。
「マスター」
「パン……ドラ……?」
「≪赤≫の御方!!」
「……ふぃ……リス……」
俺の体を一緒に地面に降ろして、オロオロするエルフ。
アホか……危ねぇから……遠くに行っとけって………言ったのに……。
ダメだ…これ…………喋る………だけで…………意識……飛びそう…だ。
「マスター、ご無事ですか?」
この姿が……無事に、見えんのか……?
ちょっと苦笑してしまう。
「今すぐ治癒魔法をお掛けします! 辛抱して下さい!!」
お腹の穴に暖かい光が当てられる。
ビリビリするような痛みが腹から突き上げて来る。
痛い……超痛い………。
「良い様じゃないか? こっちも腹ぶっ刺されたし、お相子だね?」
クスクス笑いながら、水野が近付いて来る。
腹の傷は、もう例の治癒の水で治っている。
クッソが………洒落に……なんねぇよ……。
「マスターに手出しはさせません」
「次の相手はメイドさんか~。メイド服を少しずつ剥いで行ったら面白そうだなあ?」
「や……めろ……!」
「大丈夫大丈夫、ちょっと遊んだらちゃんとそっちのトドメも刺してあげるからさ? 苦しいでしょ? すぐに終わらせてあげるから待っててよ?」
パンドラが銃を構え、水野がニヤニヤと笑いながら一歩踏み出す。
――― その足元に、槍が突き刺さった。
「んー?」
「それ以上はやらんよ」
が…ゼル…?
コートや帽子がボロボロになったガゼルが立っていた。
自力で氷から脱出したのか………。
「あー、そう言えば君も居たっけ? 良いよ、ついでだから相手してやるよ?」
ヤバい……。ガゼルが強いって言ったって…魔人相手に生身で戦うなんて無理過ぎる…。
「なるほど、その姿…コッチも全力出さないと相手出来そうにないな?」
「え? 何それ? もしかして、今までは本気じゃなかったですアピール? そういうの格好つけて言うとやられた後が虚しいよ?」
水野の言葉を無視して、カーキ色のコートを脱いで地面に落とし、その上にテンガロンハットを置く。
「おいアーク。さっきのお前じゃねえが、今から見せる姿は他の奴らには内緒だぞ?」
…え…? 何を…言って……?
「何々? まだ変身を残してますってか?」
「正確には変身じゃなくて、本来の姿に戻るだけだけどな―――」
そして、ガゼルは口にする。
己を真なる姿にする言葉を―――…。
「【竜人化】」