6-20 魔人と魔人
体が作り変わる。
細い子供のような体が、悪魔の如き強靭な異形の姿に…。
体の奥底で火が付いたように、全身に力が巡って熱くなる。
人の姿の時に受けた傷は、ほとんど体を作り変える時に勝手に消してくれるのでさっきまで感じていた腕と背中の痛みはない。
「へぇー? 使えるだろうとは思ってたけど、本当に使えたんだねえ?」
特に焦った様子もなく「うんうん」と何かに納得する水野。
ガゼルは……どんな顔してんのか、怖くて見れねえな…。アイツに限って、この姿にビビってるって事はねえだろうけど。
「ふーん。魔人の姿を客観的に見た事ないから、ちょっと新鮮だわー」
「そりゃあ良かった―――」
地面を蹴って走る。
魔人の蹴り出しに耐え切れず、凍っていた地面がひび割れて弾けて辺りに飛び散る。
そして、次の瞬間には、すでに水野の目の前。
飛び出した速度を殺さずに蹴る―――!
「―――なっ!!!」
水野が一瞬「え?」と言う表情をするが、それを無視して全身の骨を粉々に砕くつもりで鳩尾を蹴り飛ばした。
青い光を帯びた体が、変な折れ曲がり方をして吹き飛び、地面に何度もバウンドする。
今ので1回は殺せたかな? 【輪廻転生】があるから、今ので戦闘不能には出来ないが…まあ、不意打ちの一撃としてはこんなもんだろう。
さて、今のうちにガゼルを助けに行くか―――っと、その前に。
近くに在った氷の柱をヴァーミリオンで一刀で斬り落とし、熱の塊を叩きつけて砕く。集められていた魔素が周囲に舞い、魔素濃度が若干戻った。
この程度の魔素があれば、炎が使える!
「炎よ」
吹き飛んだ水野を囲むように炎を撒く。【炎熱特性付与】発動、炎に“転移誘導”を付与。
これで、水野が立ち上がっても転移を自由に使えない。
ついでに追い打ちもかけておくか。
上空に転移―――炎に囲まれた水野の体は、壊れた人形のように両手足が変な方向に折れ曲がっている……が、視線が上に浮いている俺に向いている。
やっぱりまだ生きてるか。
手の平に巨大な炎を灯し、一気に熱量と燃焼力を内側に向けて圧縮する。ついでに“爆裂”を付与。
「せーーーー、のっ!!!」
中心が2000度くらいになった炎を投げ落す。
そして爆発する前にさっさと転移で離脱。
別に巻き込まれてもダメージはないけど、爆風は処理できねえから鬱陶しいんだよなあ…。
さて、と。野郎が爆発に呑まれてるうちにガゼルを助け出すか。
………あれ?
――― 爆発が起きない?
バッと振り向くと、水野を囲んでいた炎が消えていた。
爆発が起こる気配がない。
当たり前だ! 俺の投げ落とした炎は、そいつの手の平の上で凍っていた。
「やれやれ、酷いじゃないか? 動けない俺にこんな危険物を投げるなんて」
手の中で凍りついた炎を弄びながら、そいつはユックリと俺に向かって歩いて来る。一歩足を踏み出すと、足元に冷気が舞って地面が凍りつく。
「どうしたんだ? そんなにこの姿が変かな?」
口元を二ィッと歪める。
変とか、どう言う話じゃない…!
だって、その姿は―――
「お前と同じ姿だぜ?」
――― ≪青≫の魔人
体は2m越えの長身となり、体は病的なまでの青い鎧を纏ったかのような怪しき光沢。
黒かった髪が青く染め上げられ、両側頭部から羊の角のような物が生え、耳の周りをグルッと回って首元にその鋭い角先を晒している。
背中からは冷気が吐き出され、外気に触れた冷気が白く翼のように広がる姿は、神々しくも禍々しい…それはまさに悪魔―――…。
「所々形が違うのは、それぞれの個性って事なのかな?」
黒い眼球の奥で、宝石のような青い煌めきが輝いているのが不気味で仕方ない。
多分、俺もあんな感じなのだろうと思うと、今まで以上にこの姿への嫌悪感が湧く。
「黙ってないで何か言ってくれよ? 寂しいじゃないか?」
腰の辺りからは、二股に分かれた鎌のような歪な形の尻尾が、空間を切り裂くようにユラユラと揺れる。
「それが、テメエの【魔人化】か?」
「ああ。どうだい? 個人的には中々お気にいりなんだが?」
「趣味が悪い」
「これは手厳しいな?」
ヘラヘラと笑いながら、持っていた凍った炎をキャッチボールでもするように軽く投げる。
緩い放物線を描いて飛んで来た氷。丁度俺の視線の高さに来た時、一瞬だけ奴の姿を隠す。
瞬間、ヒュッと≪青≫の魔人の気配が俺の頭上に移動する。
転移―――けど、転移を始める前から気付いてる。【魔素感知】が研ぎ澄まされ過ぎて、色々な詳細データが取れ過ぎるのが逆に鬱陶しく感じるくらいだ。
「はっはああっ!!」
心底楽しそうに、俺に向かって水の塊を投げて寄越す水野。
転移―――の前に、背中から吐き出す炎に“転移阻害無効”を付与。これでよし。
水野の背後に転移し、容赦も躊躇もなくヴァーミリオンを振る。
「ふッ―――!!」
「おっと」
が、2本の尻尾がそれを受け止める。いや、それどころか、2本の鎌が器用に動いて俺からヴァーミリオンを引き剥がそうとしている。
片方の尻尾を蹴りで弾いて、もう片方をコッチも尻尾で対応する。
「おお、上手いじゃん?」
その余裕の態度が一々癇に障るんだよっ!!
片手に熱量を集めて、叩きつける―――
「っらあああああああっ!!」
水野も、それを受けて片手に冷気を集めてぶつけて来る。
熱と冷気が空中で打ち消し合い、さっきの剣をぶつけ合った時とは比べ物にならない程の暴風が起こる。
いや、これはもう暴風と言うよりも、爆発だった。
俺達がその場で手の平に乗せた力をぶつけ合う間、断続的に爆風のような風が周囲に広がり地面を抉って、水野の立てた氷柱さえも薙ぎ倒す。
お互いに吹き飛ばされないように、背中から炎と冷気を吹き出して風の力に対抗する。
「おい、テメエは自分の死に興味がねえんだろうがっ!! だったら、ここで潔く死んでおいたらどうだっ!!」
「誤解があるようだから訂正しておくよ? 俺が興味が無いのは“何時死ぬか”って事さ。人を自殺志願者みたいに言うのは止めて貰おうか!?」
「似たようなもんだろうがっ!!」
「全然違うね! 俺は別に死にたい訳じゃない。だから、何度も殺されて【輪廻転生】を使わされちゃあ、堪んないんだよねえええっ!?」
冷気が膨れ上がり、俺の放っている熱量が押される。
チッ…コッチは今の段階で結構限界ギリギリまで熱量絞り出してんのに…! コイツはまだ上の段階があるのか!?
……いや、違う。ここら一帯はさっきの氷柱を作った時に冷気が満ちていたから、その分の差が出てるのか…!
このままパワー勝負するのは分が悪い。
ヴァーミリオンに溜まっている熱量は、全開状態の半分ってところか…。威力的には若干不安だが―――勝負!
熱と冷気の鬩ぎ合い…その間を縫うようにヴァーミリオンか迸る炎熱。
「なんだ、この小細工は?」
つまらなそうに水野が冷気の波でそれを呑み込もうとする。
ここだっ!
手の平から放射していた熱を切る。
途端に凄まじい冷気が俺の体を呑み込む。
「くっくっく…な~んだ? 自殺志願者はお前の方だったのかな?」
冷気の中でもがく俺の姿をニヤニヤと楽しそうに見つめる水野。
――― そのニヤけた面を、横から全力で蹴り飛ばす!!
「そんな訳ねーだろ!」
「グガッ!? な、んで? 今確かに冷気で―――」
吹き飛ぶ体を器用に姿勢制御で立て直し、蹴りの体勢のままの俺と、今まで冷気を叩きつけていた方の俺を見る。
俺が2人居る―――…訳がない。
俺が冷気を浴びていた方の俺に手を伸ばすと、その姿が炎となって辺りに飛び散り、深紅の刀身の剣だけがその場に残る。
「……な!? 炎で作った幻…!?」
「上手く出来るか自信はなかったけど、やってみるもんだ……」
【炎熱化】を使っている時の俺の体は、炎と熱の塊だ。だったら、ヴァーミリオンの熱の放射を上手い事使えば、相手の感知能力騙せるんじゃね? 見かけは流石に騙せないけど、冷気に呑み込まれたら相手も視界では俺を捉えられないだろうし……。と言う物凄い適当な発想から実行したから、正直心臓バクバクしたけど……上手く行って良かったー…。
「チッ…そういう小細工は冷めるんだよねー?」
「テメエが冷めるのなんて知るか!」
こんな小細工使えるのは1回だけだ。
しくじったな……。今の一撃で致命打を与えておきたかったんだけど…。
くっそ……そろそろガゼルを解放しないと、本当にヤバいって言うのに…!