6-19 2人の差
ガゼルを氷の中から助け出すには、水野が邪魔だ。
コイツを倒すって選択肢もあるが、死んでも生き返る事が出来る【輪廻転生】が鬱陶し過ぎて即殺は無理だ。
なんとか水野をかわして氷を破りに行くしかない。
兎にも角にも、時間が無い!
氷の中の空気が無くなる前になんとかしねえと…! 寒さは……コート着てるから大丈夫か。
「しぁあああっ!!」
俺に向かってダッシュしていた水野の手の平から何かが放たれる。
水!? ただし、水野のスキルで強化されて、銃弾より早くて硬い―――…。
【火炎装衣】で俺に届く前に防御する。
けど…
「痛ぇ!?」
そうだった、コイツの飛び道具には“貫通”が付与してあるんだ…!
【火炎装衣】で威力殺したから、ぶん殴られたくらいのダメージしかないけど、やっぱ痛ぇ…。
それと…相手が投げてるのが水だからかな? さっきの雨みたいな攻撃の時も何となく感じてたけど、アイツの攻撃を食らうと【火炎装衣】の防御効果がゴリッと低くなる。
そもそも、なんで魔素が薄くなってんのに水作れてんだ!?
…もしかして、魔素消費量の違いか? 俺の炎は持続的に魔素を燃やすから大量の魔素が要る。けど、アイツの水は作り出す時にチョロッと消費するだけ…そう言う事かな…?
水と炎じゃ相性が悪いとは思ってたけど、その差が見えない所で出てる……。なんか、凄ぇ嫌な感じだ……。
「そおおおらああっ!!」
氷の剣が目の前で振られる。
動きはちゃんと追えてる。さっきの斬り合いでリーチも大体測れたし、避けれ…
「っ!?」
あれ? と何か違和感を感じて咄嗟に転移で逃げる。
「良い判断だ」
不敵な笑みで離れた俺を褒める。
アイツの氷の剣……さっきより心なしか刀身が伸びてない…?
気のせい…じゃねえよな?
武器の形状も、長さも氷で作ってるから自在って訳かよ…。
けど、リーチが自在なのは―――
「お互い様だっ!!」
【レッドペイン】で射程と威力を拡張。
6m先に居る水野に向けてヴァーミリオンを振る。その剣閃の延長線に赤いラインが空間に走り、水野の首を狙う。
「へぇ? 面白いスキルだな?」
転移でヒョイッと避けて指先で水球を俺に向けて弾く。
同じ攻撃を挟むとは芸が無えな!
【火炎装衣】の炎に“硬度上昇”をかけて―――
「甘いな?」
炎に触れる直前で水球が弾け飛び、大量の水が俺に襲いかかる。
軽く見積もっても50ℓ…!? こんだけの量をゴルフボール大に圧縮してたのかよ!?
ガゼルの事で焦り過ぎた―――この水の量を生み出していたなら、魔素の減少量で気付けた筈なのに…!?
【火炎装衣】で受けるには、この水の量はシンドイ…転移で避けるしかねえか!?
フェイント代わりに2度適当に水野の視界の中で転移をして、3度目で死角に飛ぶ。
「だから、甘いって!」
「――――ぃっぎあッ!!?」
転移した途端に、鋭い痛みを右腕に感じて膝をつく。
な…んだ!?
痛みが断続的に続く右腕を見ると、深々と鋭い氷の矢が刺さっていた。
こんなもん、どっから飛んで来た…!?
矢の飛んで来た方向にあるのは―――さっき野郎が魔素を固めて作った氷の柱。
「無駄だよ? 冷気の世界からは逃れられないよ」
おいマジかよ…? あの周りにある氷の柱も固定砲台って事かよ……!?
ハァハァと荒い息を吐くと、冷たい空気に触れて息が白くなる。
――― 寒い…
【レッドエレメント】で絶えず熱を体から出してないと、あっと言う間に身体機能を奪われそうなくらい寒い。
マイナス20度くらいないか…?
そんな気温、味わった事ないから分かんねーけどさ…!
「どうした? 足止まってるぜ?」
腕に刺さっていた氷を抜く。
「ぃッ―――!!?」
痛いのは我慢する。
腕は……動く。大丈夫だ。
「ほーら、頑張って避けな」
周りの氷柱から放たれる矢。
速い―――その上、四方八方からで数も多い…!
転移で……いや、ダメだ! さっきも先読みされてた…安易に転移すると自分の首を絞める事になる。
炎…は使えないから、熱で吹き飛ばす!
ヴァーミリオンの熱量を解放。【レッドペイン】で射程を広げる。
「焼き切れ!」
その場で一回転して熱の剣で一気に氷の矢を融かし落とす。
大半はジュッと一瞬で蒸発したが、うち何本かが、熱の波を抜けて来た―――!?
くっそっ! 寒さのせいで熱の力が十分に乗らねえ!!
熱を放射し切って、ヴァーミリオンの中の熱のストックは空っぽ…【火炎装衣】が発動出来ない…!
転移は最後の手段だ、なんとか生身の力で捌く!
【魔素感知】を全開にして、近付いて来る氷の矢の速度と距離を把握する。
俺に届く物を順番にヴァーミリオンで切り落とす。
前、右、左、前、後ろ、左、後ろ!
すぐ後ろに転移の気配―――
「小さいのに頑張るねー?」
水野の声!?
咄嗟に危険を感じた体が、頭の判断を無視して転移をする―――
「遅い」
鳥肌が立つ程冷たい物が背中を通り過ぎ、同時に焼けるような痛みが神経を突き抜ける。
痛みが背中の半場まで来た辺りで【空間転移】が発動し、水野の攻撃から俺を逃がす。
「く…ぁ……ぃってえええ……!」
肩口からバッサリやられた……。
ヤベエな…この傷は流石に洒落にならんぞ……。
「あ~あ、痛そうだねえ? 大丈夫かな?」
余裕のある屈託のない笑顔。
腹立つ……腹が立つけど、コイツの強さは認めなきゃならない。
俺とコイツの能力値的な物は大差ないと思う。けど、戦いの転がし方が一枚も二枚も水野が上。その上、エレメントとスキルの相性が悪過ぎる。
――― 迷ってる場合じゃねえか……?
覚悟を決めるしかない。
刻印状態では勝ち筋が見えねえし、何よりモタモタしてるとガゼルが死ぬ。
「ガゼル!」
氷の中で、何とか脱出を試みようとしているテンガロンハットを見る。
若干心配しているような目をしている……気がする。でも気のせいかも…アイツ、男の事は本当にアウトオブガンチューだし…。
「今から見る事は、皆には秘密で頼む!」
あ…「訳分からん」って顔してる…。まあ、突然何言いだしてんだって思うよな?
今から見せる姿は、この世界にとっては厄災その物だ。だから、人前では見せたくなかった。
とかく、ガゼルの奴はクイーン級の冒険者だ。もしかしたら、炎の厄災の討伐の依頼も受けているかもしれない。だとすれば、あの姿を見られたらその時点で俺とアイツは敵同士って展開も有り得る。
それでも、俺は迷わずにその言葉を口にする。
「【魔人化】」
* * *
妖精の森の跡地。
その丁度中心辺りで、赤い光が輝く―――…。
その光を、遠く離れた場所から2人は見ていた。
「あの光は…?」
「マスターです」
「やはり、そうか」
パンドラとフィリス。
アークの言葉に従って、森の跡地から大分離れた場所で戦いの終わりを待っていた。
「≪赤≫の御方は大丈夫だろうか…?」
「………」
パンドラは答えない。
いつもなら、即座に「マスターが負ける訳がありません」と口にしていただろうが、今回は主である少年が無事だと言う確信が持てない。
相手が主と同じ魔神の力を持っているから…ではなく、もっと別の何か……人の言葉で言うのなら“嫌な予感がする”と言う奴だ。
目には見えないが、この妖精の森の跡地には黒くて濁った何かの意思が渦巻いているように思える。
勿論パンドラの各種センサーには、そんなあやふやな物は引っ掛からないが…。
だが、機械のメイドは確かに感じていた。
――― マスターに何か危険が迫っている
だから、パンドラは静かに動く。
主の「離れていろ」と言う命令に背いて、戦場に歩き出した。
「パンドラ、どこに行くのだ!?」
「マスターの所です。あの御方を御守りする事が私の使命です」
例え命令に背こうとも、後でどれだけ怒られようと、それでもパンドラはその使命を捨てる事は出来ない。
その使命こそが自分の証明なのだから。