6-17 コンテニュー
高速で俺と斬り合っていた水野の体が、胸に刺さった槍と共に吹っ飛んで行く。
突然の事で一瞬唖然としてしまった。
槍の飛んで来た方向には―――って、まあ見るまでもねえけど…。
「ガゼル…」
「どうよ? 俺のナイスなフォローは?」
右足だけを氷から引っこ抜いて、左足を固定されたまま必殺の投擲をしたらしい。
そんな状態で、よくあの威力を出せるな…? お前の人外っぷりも大概だよな…。
「なあ? ガゼル? 言って良い?」
「なんだ、お兄さんへの感謝の言葉なら要らないぞ?」
「おめえ、良い所どりじゃね?」
「…………お気づきになられましたか…?」
人が必死こいて戦ってるところで、トドメだけ持ってくとかずるくない?
「そんな事より、この足元の氷お前の炎で融かせねえ? 片足は頑張って引っこ抜いたんだが、硬いわ冷たいわでどうしようもなくてよ」
あ、話逸らした。1つ貸しにしとこ…。
「コートの裾危ないから、ちょっと上げとけ」
ガゼルがコートの端を摘まんで上に上げる……なんか、スカートたくし上げてるような姿で、物凄く気持ち悪い……。うむ、さっさと終わらせよう。
水野の作り出した氷。
周囲の魔素を圧縮して作られた、異常な硬度と耐熱仕様の都合の良い足枷。
でも、まあ、魔素に関連する物ならば問題ないだろ。
「良いかー? 火、点けるぞー?」
「おー。早くしてくれ」
ガゼルのブーツを地面に固定している氷に【魔炎】を撒く。
氷を構成する魔素に火を点けたら簡単に砕けるかと思ったけど、野郎の魔素の支配力が高くて燃えねえ…。火を点ける事は出来るんだが、全然燃え広がらないし、火が大きくならない…。
「アークよぉ? 全然融けてる感じがしねえぞ? 火が小さいんじゃねえか?」
「おめぇの足を炭にしていいんなら火力上げるけど?」
「このままゆっくり融かそうか…」
「そーだな。つっても―――」
後ろを向く。
ガゼルも俺の視線の先を睨む。
そこには―――胸の中心を槍で貫かれた水野が、傷と口からボタボタと真っ赤な血を流しながら立ち上がっていた。
「アッチが、それを待ってくれないっぽいな?」
「ちょっとの火傷は我慢する。ちゃっちゃとこの氷融かしてくれ」
「あいよ」
転移でガゼルの足元に飛び、ヴァーミリオンの剣先を氷に当てて熱量を解放。
宝石のような透明度の氷に一瞬でヒビが入り、ヴァーミリオンの刃が氷の中に吸い込まれるように突きこまれ、その隙間から水蒸気が立ち昇る。
3、2、1…ヴァーミリオンを抜く。
「もう足動かして良いぞ」
俺の言葉に従って足を動かすと、残っていた氷がバキンッと割れて地面に散らばる。
「おっ、抜けた抜けたー」
冷えた足を入念に動かして調子を確かめるガゼル。
さて、と…。
「で、アレは生きてんのか?」
心臓をぶち抜かれてる。
普通に考えれば即死だ。でも、現にアイツは起き上がって来てる。
つっても、別に言う程俺等2人共驚いてないけどな? ガゼルを拘束してた氷がそのまま残った時点で、多分生きてる事は予想してたし…俺に至っては氷を固めてる魔素の支配力が有効なままになってるのも気付いてたし…。
「なあ? お前等魔神憑きって…ゾンビとかじゃないよな?」
「勘弁しろし…。つい最近ドラゴンゾンビとシバきあったばっかりだし…自分もゾンビでしたなんて、そんなバッドなエンドは嫌だ」
「どうする? 槍抜いてみるか? 血が噴き出して絶命してくれるかも」
「望み薄いなぁ…」
どうしよう…野郎が生きているとすると、近付いた途端に攻撃する為の罠かもしれないし…でも、本当に瀕死で、もう一押しでトドメさせるかもしれない。
トドメを刺しに行くのに躊躇ったのは、危険を感じたからではなく、相手が同じ異世界人だから、と言うのもあったかもしれない。
だが、その甘さがチャンスを奪った―――
「ぁ…がぅ……ぷッ…ああ、くそ…口の中が血の味でいっぱいだ」
口の中の血を吐き出しながら、自身の手で胸を貫通している槍を引き抜く。
グチュッと肉を抉る音と共に、穴の前後から血が噴き出―――さない!?
傷の表面で血が体内に押し留められ、体外に流れ出ようとしない。もしかして、液体だからか!? コイツ、もしかして水だけじゃなくて血液も操作できる力を持ってるんのか…!?
もし、その能力を持っていたとして、その能力の対象は自分だけか? それとも相手にも及ぼせる力か? 後者ならば、どこからが操作出来る対象にされる? 血を見られたら? 血を触られたら? それとも対象を視界に入れただけ―――はないな。それなら、今頃ガゼルは体中の血管が爆発して死んでる。
なんにしても、注意に越した事はねえ。俺も、【バーニングブラッド】で血液を使って人を殺せるから、そのヤバさは理解している。
「あー、くそ…。1回使っちまったよ…勿体ない…」
自分の血の付いたガゼルの槍を忌々しげに地面に投げ捨てる。
不安になったので一応訊いてみる。
「何、お前? 不死身なの?」
答える訳ねえよなあ…。と思っていたら、口元に付いた血を袖で拭いながら、水野はアッサリと秘密をゲロッた。
「まさか。【輪廻転生】、自分の命を消費して、今の自分を新しく産み落とす……平たく言えば、寿命を消費して復活出来るスキル、らしいよ?」
何それ!? ずるくない!?
寿命がある限り何度でも復活出来るって事じゃねえか!? なんなの、その都合の良いコンテニュー制度!?
「とは言っても、使うと寿命がゴッソリ持って行かれるから、あんまりこのスキルを当てにしてると早死にするけど」
そう言ってケラケラ笑う。
自分の事なのに、なんでそんな軽そうなんだコイツ…!?
「お前…なんでそんなに軽そうなんだよ…!」
言うつもりはなかったのに、色々考えていたら思わず口から出てしまった…。
「はぁ? 軽いって何が?」
「今、お前は死んだんだぞ!?」
「だから? どうせ生き返ってるし、どうでも良くない?」
「どうでもって……!」
コイツの命を奪おうとしている俺が、コイツが自身の命を軽んじている事を問うなんて馬鹿な事だとは思う。だが、一旦疑問を口にしてしまったら止まらなかった。
「生き返ったって、寿命は削れてるんだろうが!! 怖くねえのかよ!? 今の生き方を止めて、命の奪い合いをするような事からは遠ざかろうって思わないのかよっ!!」
「何が言いたいのか、良く分かんねーけど。ようは俺が、自分の命を惜しんで退いてくれって言ってんのか?」
そう…なのか? 自分でも何を言いたいのか良く分からない。
ただ、同じ異世界人が、コッチの世界で好き勝手やって、死に向かって転がっているのを黙っている気にならなかったって…そんだけなんだ。
「だとしたら、俺の答えは決まってる―――嫌だね」
見兼ねたガゼルが、水野の足元に転がっている槍を手元に戻しながら口を開く。
「…死ぬのは恐くないってか?」
嫌そうに言いながら、槍の血を軽く拭って手元でクルッと回して構え直す。
「いやいや、死ぬのは怖いよ? けど、それはいつか来る話であって“今”の話じゃない。だから俺には興味がないってだけさ」
「どう言う意味…?」
「俺にとっては今が1番なんだよ。明日どうなるかなんて、どーでも良い。明日死のうが世界が滅ぼうが、今、俺が楽しければそれで満足だ。だから、俺は気に喰わない物は壊すし、気にいらない奴は殺す。それが俺の生き方だ」
何が行き方だよ! そりゃ、ただ考える事を先送りにして、何も考えてない馬鹿なだけだろうが!!
刹那的に生きる若者って、良くニュースで取り上げられてるけど、こういう奴の事を言うのか……。年下の俺の方が、よっぽど明日の事考えてるって…大人としてどうなんだよ…。
「アーク、あいつはダメだ。説得するのは無駄だぜ?」
「別に説得してた訳でもないけどな…」
ヴァーミリオンを握り直して静かに正眼に構える。剣道は習った事はないけど、体が構え方を知っている。
「さあ、再開だ」
水野が氷の剣を軽く振ると、全身に刻まれた青い刻印が微かに光を強くする。
「ちゃっちゃと終わらせて、女とベッドでイチャ付きたいぜ…」
横で緊張感が無い事を言いやがる……。