6-15 少しだけ本気で
右腕を潰した。
これで戦闘能力は何割か削れた筈。でも、俺の【魔炎】や【レッドエレメント】と似たようなスキルを持ってるなら、両手を使えなくしたって戦闘不能にはならない。
油断は禁物。
改めて気を引き締める。
隣のガゼルも、穂先の血だけ軽く拭って次の展開に備えているし……まだまだこれからって感じかなあ。
1番勘弁して欲しいのは、ダメージを受けた事で逃げ腰になられる事だ。ここで取り逃がすと、次にいつ、どこでエンカウント出来るかは分からない。その間に関係ない人達が危険に晒される事を考えたら、なんとかここで戦闘不能に追い込みたい。
でも一応、相手が逃げようとした時の作戦くらいは考えて置くか。
「逃げそうになったらどうする?」
「脳天ぶち抜く」
具体案無し! ヨシ、もうそれで良いや!!
だが、その心配は無用だった。
「調子に乗ってんなよな!」
水野の周囲に、突然ゴルフボール程の水の球が生まれる。
魔素が微かに減少したのが【魔素感知】で確認出来た。でも、一瞬だけだ……水を生み出すのに魔素を消費したけど、一旦作っちまえば魔素の有無は関係なくなるのか。
使い勝手はアッチのが良さそうだけど、魔物やらを相手にするなら俺の【魔炎】の方が上だな。
おっと…スキルの優劣は置いといて…。
何かの攻撃の用意かと注意を払う。
だが、それは攻撃の準備ではなかった。
水球が右肩を貫通している穴に集まり、ボンヤリと光りながら傷口をとんでもない速度で塞ぐ。
「回復魔法か…!」
とガゼルが判断したが、俺はすぐにあの回復術の正体に気付く。
俺の【炎熱特性付与】と同じだ。アイツは水に対して色んな能力を後付けで付与する事が出来る。今使ってんのは“修復”か“再生”ってところかな? どっちにしろ、俺の方では付与出来ない効果だ。他にも俺にはないような付与効果持ってる可能性大だな…、気を付けよう。
「ボヤボヤすんな!」
ガゼルが飛び出す。
っと、そりゃあ、相手の回復を呑気に待ってやる理由はねえよな!
水球を狙って炎を放つ。普通に考えれば水は燃えない、けど魔素が混ざっているのなら、話は別。
「…ヒヒ」
そんな俺の動きを見て、水野が小さく笑う。
……なんだ?
肩の穴を修復している水に火が付く。正確には水の中に混ざっている魔素に。
だが―――即座に炎が氷に閉じ込められて鎮火する。
【魔氷】(俺が勝手に名付けた)で氷の膜を炎の周りに張る事で、内側の空間の魔素を氷で固めて燃焼できないようにしたってか…!?
俺達が指1本動かさずにそんなやり取りをしている間に、ガゼルは10m近い距離を詰めて槍を振り被っている。
例の氷結の防御スキルは発動してない。行ける!
――― 水野が氷の槍の持ち方を変えた。
なんだ? と思う前にゾワッとした嫌な予感に押されて叫ぶ。
「避けろッ!!!!」
ガゼルも俺と同じ嫌な物を感じていたのか、俺が叫ぶと同時に振り始めていた槍を手放して横に飛ぶ。
そのコートの端を掠めるように、氷の大剣が振り下ろされる
水野の手に握られていたのは氷の槍ではなく、透き通る巨大な刃の剣。
ああ…そうか、刃を作っているのは氷だもんな。好きに形は弄り放題だわなそりゃあ。瞬時に武器を切り替えるなんて、そんなん予想してねえよ…。
これが≪青≫の神器、インディゴの能力か。
ガゼルが槍を手元に引き寄せて相対する。
「槍だけじゃなく、剣にもなるなんて…随分都合の良い武器だな?」
「羨ましい? お前の投げても戻って来る槍も中々面白いけど、やっぱり俺のインディゴが1番だな」
とか話している間に肩に張り付いていた水球が離れる。
傷口は……もう無くなっていた。
「剣の状態は、見た目が棒アイスみたいであんまり好きじゃないから使いたくないんだが…」
あ、言われてみれば確かに…透明度がクソ程高い氷に藍色の棒が突き刺さっている姿は、確かに棒アイスに見える。野郎、上手い事言いやがる…敵じゃなかったら座布団1枚やりたいくらいだ。
「そーかい」
興味無さそうにガゼルが返しながら槍を振る。
水野が氷の剣で受ける―――って、動きが格段に良くなってる!? コイツ、槍を使えるスキルは無いけど、剣を使う為のスキルは持ってるのか!?
さっきまでは氷結の防御スキルで弾いていたガゼルの槍を、巧みに氷の剣を操って防ぎ、避け、反撃する。
ガゼルもそこらの雑魚じゃないから、早々にダメージを食らうような事はないが、さっきまでのような力押しが通じない。
「ちょっとだけ本気出して相手してやるよ?」
さっきまでのヘラヘラした笑いではない。
突然与えられた力で強者となり、狂者となった歪んだ笑い。
「そーかい」
またしてもガゼルの興味無い返し、だが次の瞬間に表情と動きが凍る。
足が動かない―――地面に縫い止めるように、ブーツが厚い氷に覆われていた。
「言ったよな!? 一般人に用はねえんだわっ!!!」
その一瞬を見逃さず、氷の剣を大きく横薙ぎに振る。
「チッ!」
ガゼルはその場から動けない。ブーツを脱ごうにもそんな時間は無い。だから―――
「俺を頼れっつーの!」
氷の剣とガゼルの間に【空間転移】で割り込む。
「アーク!?」「≪赤≫いのっ!!」
ヴァーミリオンで重い斬撃を受け、氷の剣を横に滑らせて踏み込む。
「邪魔するなよ!? そっちのパンピーは鬱陶しいんだ、さっさと殺させろよ!」
「言う事が一々不快だテメエ!!」
体を捻って下から水野の腹を蹴り上げる。
水野は氷の剣から片腕を離して、それを受ける。が、蹴りの威力を殺し切れずに後ろに吹っ飛ぶ。
「良いさ、だったらお前から殺してやるよっ!!」
地面に足を滑らせながら俺に向けて腕を振る。
周囲の魔素の減少―――来る!?
【火炎装衣】を発動。
俺の体から噴き出す硬度を持った炎、それに何かが当たる。一発ではない、何十発、何百発!
水滴の弾丸。
横殴りの雨―――避けるのはどう考えても無理。
けど、幸い攻撃力は大した事ない。これなら【火炎装衣】で十分受け切れ―――
水野が笑いながら、俺に向けて手を開いた。
瞬間、アイツには水に後付けの効果を乗せるスキルがあった事を思い出す。
途端に、弾丸が炎の鎧を貫通して俺の体を傷付け始める。
“貫通”を付与したのか!? チッ、俺も良くやる手だ。けど、コッチだって黙ってやられてやる程安くねえぜ!?
【炎熱特性付与】、【火炎装衣】の炎に“硬度上昇”を付与。
炎を抜けて来ていた水の礫が再び炎の鎧に阻まれる。
「チッ、ウッゼエなあ! そのまま死んどけよ」
「ざっけんな!」
水の弾幕を無視して、水野に向かって飛びかかる。
「おせぇよ!」
俺の行動を予測していた水野が、空中の俺に向かって氷の剣を突き出す。このまま行けば串刺し。けど―――この攻撃は読み通り!
即座に転移、飛ぶ先は水野の足元。
空中に注意を向けて剣を突き出していたせいで、俺への反応が若干遅い。
「く…なっ!?」
「悪いな、コッチも戦闘経験値はそこそこ高ぇんだ!!」
ヴァーミリオンで切り上げると、防御スキルの発動が間に合わずに水野の腹から肩にかけて浅く斬れて血が噴き出す。
くっ……防御はされなかったけど、反応されたか!? 傷が浅すぎる…!
水野が傷を負った事で一旦【空間転移】で距離を取る。
「はぁ…はぁ…やるじゃん? 正直、まだその見た目に騙されて本気になりきれてなかったよ」
「見た目で判断するのは三流以下だぜ?」
「こりゃあ手厳しい」
さり気無く“治癒”を付与した水球で体を治療している辺り、コイツも中々抜け目ねえな。
「じゃあ、そろそろお互い“少しは”本気を出して行こうか?」
インディゴの剣のサイズを若干小さくした。多分、あれが水野にとって1番扱いやすい長さ…いよいよ本腰入れてきたか。
「“我に力を”」
青い光が水野を包んだ―――