6-13 藍色
真っ直ぐにヴァーミリオンの剣先を≪青≫の男に向ける。
人に……しかも同郷の人間に武器を向けるってのは、それなりに抵抗感はある。けど、誰かがコイツを倒すなり止めるなりしなければならない。同じ魔神の力を持って、同じ異世界の人間……コイツを止める役目は俺がやるべきだろう。
「おぉ~、怖い怖い。皆してそんな目で見ないでくれよ? 怖くてちびっちゃいそう…なんてな?」
俺とガゼルは武器を構えて、いつでも突っ込む準備が出来ている。それなのに、≪青≫は怯えた様子も警戒する事もなく、気だるそうな立ち姿でヘラヘラと笑っている。
目の前に立って見て確信する。
コイツの魔神の能力は俺とほぼ同じくらい。相性が極端に悪い異能でも持ってない限りは、ガゼルやパンドラ達の居るコッチが圧倒的に有利だ。
けど………なんだ、この嫌な感じ?
戦えば勝てる、と言う確信に近い物は感じている。それなのに、俺の中の何かがコイツとは戦うな、と大音量で警告している。
「そうそう、魔神を宿す者同士で戦うんだ。一応名前くらいは名乗り合っておく?」
ニヤニヤと≪青≫が聞く。
なんだその、俺は別にどっちでも良いけど? みたいな軽い感じ。
今から、下手すりゃ殺し合いになるかも知れないんだぞ…!?
「ああ…そうだな」
「そうかそうか、それじゃあ俺から。≪青≫の継承者、水野 浩也だ」
「……≪赤≫のアークだ」
俺に続いてガゼルが口を開きかけたところで…。
「ああ、後ろの奴等は良いや。有象無象の一般人に興味ねえから」
背後から3人のイラッとした気配が漂って来る。
でも、別にコイツはイラつかせる為に言った訳じゃなくて、本当に俺以外の3人に興味がないだけらしい。
「いやー、それにしても本当に≪赤≫に会えるとは思わなかった。≪青≫の奴が妙に騒ぐから戻って来てみて正解だったな」
無遠慮にジロジロと俺を上から下に観察する。
まだ、攻撃の警戒をする様子がない……。もしかして戦うつもりがないのか? それとも、俺達が…いや、俺が敵だとは思ってない? ……それは流石にないか。こうして剣向けてるし。
でも、即戦いに発展しそうにないなら、今のうちにコイツの人間性を知りたい。妖精を殺した事も、森を洪水で押し流した事も絶対に許せないが……俺だって似たような事をしている……しかも、人間相手に。
だから知りたい。コイツが、自分のやった事を後悔しているのか、自身の良心に責められていないかを。
「お前は、どうして妖精達を襲った?」
なんでそんな事を聞くのか? と首を傾げる。
もしかしたら、コイツの蛮行には何か理由があったのかもしれない。妖精達が人間に対して何か悪意のある事をするとは思えないけど、何かの擦れ違いで誤解によってこんな惨状になってしまったのではないか―――…
「はぁ? 理由なんてねえよ?」
当たり前の事を答えるように怒りでもなく悲しみでもなく、ただ「ご飯を食べ終わった」のような日常会話のトーンで≪青≫は―――水野は答える。
「ただ目の前をブンブン飛び回って鬱陶しいから殺しただけだが?」
妖精を殺した事を誇る事もなく、さりとて後悔する事もなく…。
「行く当ても無かったから暫く世話させてたけど、翌々考えたら、虫に世話させるって気持ち悪いじゃん? だから、森ごとさっぱり流してやったってだけ」
「ふざけッ――――!!」
視界が、怒りで真っ赤になりそうなのを必死に理性で抑える。
ラーナエイトの時の二の舞はゴメンだ! 怒りを堪えろ…!!
ヴァーミリオンを握る手に、知らず力がこもって指の隙間から血が流れる。
落ち付け、落ち付け俺………。
血を見たお陰で、少しだけ思考が覚めて冷静になった…ヨシ、大丈夫。
「罪悪感はねえのか…?」
「ないよ? 普通、目の前に蚊や蠅が飛んでたら殺すだろ?」
妖精はあくまで虫扱いするつもりかよ……くっそ!
「妖精は、人間と同じように生活して、生きてたんだぞ!」
「だから? 虫がどんな風に生きていようが、踏み潰す側の俺に関係ある?」
「テメ―――!!」
「ふざけるなあああっ!!!!!」
俺よりも早く怒りが限界に達してしまった奴が居た。
フィリス―――まあ、でも、亜人の立場で良くここまで耐えたと褒めるべきか。
片腕で妖精の遺体を大事そうに抱いて、片腕で高速の詠唱。
「【カマイタチ】!!!」
ドラゴンゾンビの体を真っ二つにした、フィリスの手持ちの中でも特に強力な魔法の1つ。
見えない真空の刃が、水野の体に届いた―――
「何? このちんけな魔法?」
が、魔法がその体に触れた瞬間に四散した!? 魔法防御ではなく、魔法の無効化……いや、俺はこれを見た事がある!
「【マジックキャンセル】か……!」
「良く知ってるね? もしかして君も持ってる?」
かつて握ったブレイブソードに宿されていた強力で希少なスキル。あのスキルが無かったら、皇帝とまともな戦いにはならなかったなぁ…。
あの時はどれだけ凄いスキルなのかあまり理解できていなかったが、こうして旅をしてこの世界に触れてみれば、確かにあのスキルはとてつもなく凶悪で強力だと言う事が理解出来る。
魔法はこの世界の誰もが使える力だ。剣や槍のように、まともに使えるようになるのに時間がかかると言う点は変わらないが、肉体的なスペックを必要としないってのが大きい。
大半の人間にとっては、武器を扱う技術よりも魔法が主力なのは常識と言ってしまって良い。
だからこそ、魔法を無効にするあのスキルはこの世界ではヤバ過ぎる。
ブレイブソードのように物に付与されているのであれば、まだやりようはあるが、肉体にスキルの力が宿って居たら、もう魔法使いは手出しできない。
実際、この時点でパンドラとフィリスはコイツとの戦闘から脱落だし…。
まあ、一応【マジックキャンセル】にも、広範囲魔法は打ち消せないって弱点はあるけど、相手が【空間転移】を持ってるなら、範囲外に逃げるのは一瞬だから大して意味がない弱点だ。
「パンドラ、フィリス、お前達は下がってろ。魔法が効かないんじゃ足手纏いだ」
厳しい言い方だが、相手は俺と同じ魔神の力を振るう人間だ。護れる余裕がいつ無くなるか分からない以上、さっさと戦線離脱させるのが1番安全だ。
2人もそれが理解出来ているから、無理に残ろうとはせずに俺の言葉に従って下がる。
「マスター、ご武運を」
「≪赤≫の御方……どうか、どうか妖精達の無念を晴らして下さい!」
「おう!」
2人が離れたのを確認したガゼルが俺の横に並ぶ。
「俺の事を全力で無視してくれやがって…。別に野郎に興味を持たれたい訳じゃないが、折角だから一発殴らせろ」
「いやに決まってるだろ。馬鹿じゃないの?」
「………!!」
「ガゼル、無言でキレるの止めろ。普段軽口のお前が無言になると怖い」
俺達の気配が変わった事に気付いたのか、水野が腰の辺りに下げていた1mくらいの藍色の棒を抜く。
「戦いは避けられないって感じ?」
「ああ。テメエが妖精たちに土下座するってんなら、考えなくもねえけどな?」
「やだよ、面倒臭い」
コイツは、本当に、つくづく、人の神経を逆撫でしてきやがる!!
「アーク、最初っから殺すつもりで行くぞ?」
「文句無し」
同郷の人間に言いたくはないが、コイツは救いようがない。しかも、その救いようの無い馬鹿が強大なチート能力を持ってるってんだから始末に負えない。
生かして捕まえても、コイツの力は束縛を許さない。多分、即座に逃げられる。そしたら、また別の場所でこの森のような惨状を繰り返すかもしれない……いや、コイツは絶対にやると断言しても良い。
だから、ここで―――俺達が叩き潰す!
「あ~あ~、殺気立っててヤダヤダ…」
言いつつ、持っていた藍色の棒を手の平でトントンと叩く。
「でも、まあ。俺を殺せるだなんて夢物語だって事を教えてあげるよ?」
大気の急激に冷える。
――― 来るか!?
「行くよ“インディゴ”」
水野の持っていた藍色の棒に冷気が集まる―――まさか、あの棒って!?
冷気が集まり、大気の水分を氷に変えて棒の先に何重にも張り付く。
1秒もかからず形作られたのは―――氷の槍。
「その棒が、≪青≫のオーバーエンドか…!?」
「当たりで~す。じゃあ、始めようか?」