6-11 心の傷跡
リザリアの町へ戻ると、門の内側で俺達を見守っていた冒険者と衛兵…そして数名の命知らずの野次馬達に取り囲まれた。
「す、凄えよ! 流石クイーン級の冒険者だ!」「やっぱりガゼルの旦那は最強だな!」「ああ、流石我が国の英雄!」「でも、ガゼルさんと対等に戦ってた、あの小さい子は…」「やはり間違いない、アレがアステリア王国のクイーン級アークか!?」「それにしても、何故あの2人は戦っていたんだ?」「分からん…と言うか、戦っていたのかどうかも速過ぎて見えなかった…」「お前もか? 俺もだよ…」
俺が煩わしいので右から左に全て聞き流し、ガゼルは最初はちゃんと受け答えしていたのだが、女が居ない事に気付くや否や「あーはいはい」と対応が雑になった。周りの人々も、ガゼルの返しに慣れているのか、冷たい反応に構わず騒いでいる。
「パンドラとフィリスに留守番させたままなんだ、さっさと宿屋に戻ろうぜ?」
「ちょっと待て。先にギルドに行くぞ? 早いうちに≪青≫らしき異世界人を探してくれるように各ギルド支部に連絡を回して貰おう。あと俺の活躍を話して女の子にチヤホヤして貰おう」
少しは真面目モードになったかと思ったら……コイツは本当に鬱陶しいくらいにブレねえな!?
でもまあ、確かに≪青≫を探して貰うのは1分でも1秒でも早い方が良いってのは賛成だな。いつまた暴れ出して、妖精の森のような被害が出るか分からないし。
「分かった。んじゃ先にギルドに行こう」
* * *
「マスター、お帰りなさいませ」
「≪赤≫の御方! ご無事でしたか」
ギルドに寄ってから宿に戻ると、パンドラはメイドらしくお辞儀で出迎え、フィリスは目ざとく俺の腕の……ガゼルの蹴りでついた痣を見つけて、飛びつくように俺の体に他の傷がないかとチェックする。
「大丈夫だよ。傷は腕の痣1つだけだから」
「マスターが傷を負うとは、一体何があったのですか?」
やけに心配するな…。
まあ、今の俺なら、そこらのクイーン級の魔物相手だって無傷で勝てるからな。俺がダメージを食らうってのは、それ以上の敵と戦ったか、予想外の状況になったって判断したんだろう。
「ちょっとガゼルに蹴られただけだ」
「マスターを」「≪赤≫の御方を」
「「蹴った!?」」
途端に、2人の首がグリンッと動いて後ろに居たガゼルをロックオンする。
「なんて畏れ多い…」
フィリスの手の中に、やたら詠唱の工程が多そうな魔法陣が浮かび上がる。
「マスター、ただちに射殺の許可を」
パンドラはパンドラで、何の迷いもなく銃を抜いてるし…。射殺って事は、実弾使う気満々じゃねえかよ…!
「止めとけ。お前ら2人で勝てる相手じゃねえから」
このまま放って置くと宿を破壊されそうなので、先んじて止める。
それに、お前達がわざわざそんな事しなくても―――…
「マスター質問が」
俺の制止に素直に従って、銃をホルスターに戻したパンドラが口を開く。
「何?」
「あの男は、何故頬が手の形に腫れているのでしょうか?」
俺の後ろで、人生のどん底のような顔をしているガゼル。その右頬は、指の形まで分かる程クッキリと手形が残っている。
まあ、何があったのかと言えば………何と言うか、一々人に話すのも馬鹿らしいのだが…。
「受付のお姉ちゃんをナンパして、尻を触って引っ叩かれた」
「自業自得ですか?」
「そーだな。紛れもない自業自得だな」
パンドラに手を引かれてベッドに座り、腕の痣の具合をチェックされて、痛み止めの薬草を塗られる。痛みが引いてくれるのは良いんだが…この薬草臭いがどうにもなぁ…。
って、フィリスまで心配そうにパンドラの反対側に座って見てるし……。
そして、部屋の隅で体育座りを始めたガゼル。
おめえ、どんだけどん底に落ちてんだよ!? 浮き沈み激し過ぎない? 情緒不安定なの!?
「≪赤≫の御方。結局、先程の騒ぎはなんだったのですか?」
「ああ、あれはな―――」
宿を出た後の話を、パンドラに治療されながら話す。
魔物の襲撃があって、どうやら森の近辺に住んでいた奴等らしい事。俺とガゼルで撃退したのは良いが、ガゼルに俺も魔神を宿している事を気付かれて、敵ではないかと疑われた事。戦いになったが、なんとか勝ってガゼルを納得させた事。
そして、ここに戻って来る前にギルドに寄って、各支部に怪しい異世界人を探してくれるように頼んできた事。
それと―――…
「≪黒≫ですか?」
「ああ。どうやらキング級の冒険者の片割れが、≪黒≫の仮面女らしくってさ。パンドラ、ササル村で遭った奴だけど覚えてるか?」
「はい。戦闘能力を私のセンサーでは測り切れなかった凶悪な敵でした」
薬草を塗った上に布を置いて、軽く結んで終わりっと。
「その凶悪な奴に、ギルドの方からなら連絡を取れるんじゃないかと思って頼んできた。アイツなら≪青≫の蛮行を見逃す筈無いし、俺からの連絡なら無視される事は無いと思うし」
「マスターの判断を肯定します。≪黒≫がコチラに付けば、戦力的にも負ける可能性は無くなりますので、マスターの背負う危険度が非情に低下します」
パンドラが賛成してくれると、俺も自分の判断に自信が持てる。
……ん? フィリスがなんか、表情暗いな…。
「フィリス? どうかしたか?」
「え? あっ、いえ……その…パンドラの言う通り、≪赤≫の御方の危険が減るのはとても良い事だと思います…ただ……」
あ…なんとなく、その言いにくそうな顔で気付いた。
「もしかして、≪黒≫の事警戒してるか?」
「…はい」
この様子は、警戒してるっつーより怖がってる…だな。
まあ、その理由も心当たりはある。
「理由は、亜人戦争か?」
「畏れながら……」
やっぱりか…。エルフのフィリスと、≪黒≫の魔神の関わりって言ったら、亜人戦争以外に思いつかなかったからな。
あの戦争では、≪赤≫以外の魔神は人側…亜人の敵に付いていた。それで随分酷い事になったと聞くし…俺以外の魔神の継承者への不信感と言うか、恐怖心を抱いている亜人は多いんじゃないだろうか?
「我等長命なエルフでも、あの戦争の生き残りは族長1人だけとなってしまいましたが…それでも、あの戦争の凄惨さを……魔神の力の恐ろしさは、何度も何度も聞かされています」
戦争の時に敵だった奴とは、そもそも違う人間だ。……って、そんな言葉1つで解決できる話じゃねえよな…。
600年……だ。人にとっては長い…長すぎる時間だ。
日本の600年前と言えば、室町時代か…国外とようやくアレやコレやし始めたくらいの時代…。俺にとっての600年前の話ってのは、その程度の認識だ。
けど、それは俺1人に限った話ではなく、ほとんどの人間にとっては大昔の…遠い世界の出来事だろう。
兎角、そう言った歴史の勉強を、義務教育として受ける事の無いコッチの世界ではそれが顕著だ……と言うか、下手すれば600年前の戦争があった事さえ知らないと言う人間だって居るかもしれない。
人間の寿命で考えれば600年間の代替わりは10人以上だ。記憶と記録を語り継ぐって言ったって限界があるし、代替わりが進めば実際の経験や当時の想いが“古臭い故人の思い出”になるのは止められない。
対して、亜人の中にはエルフのように人間とは比べ物にならないような長命な種族が居る。
人間は代替わりを続けて、戦争の痛みを忘却したが、亜人達はそうじゃない…。今も、地続きでその痛みに苦しんでいる。
「女性がそんなに悲しそうな顔するもんじゃないよ?」
何時の間にやらどん底から復活したガゼルが、立ち上がってコートに付いた埃を払っていた。
「そもそも、怖がる必要もないんじゃないか? フィリスちゃん?」
「どう言う意味だ貴様!」
俺以外の人間には敵意が高ぇな…。一応これから一緒に戦う相手なんだし、もうちょっと仲良くして欲しい。
だが、言葉を叩きつけられた当の本人はケロッと受け流し、テンガロンハットの位置を気にしながら続ける。
「君は、アークの事は信用してるか?」
「無論だ! ≪赤≫の御方を信じずして、他の誰を信じると言うのだ!」
即答だった。一瞬の迷いもない。
……そこまで迷いがない信用は…ねえ? 正直、ちょっと重いっス…。しかも、フィリスだけではなく、他のエルフや亜人達もこんな感じだから尚困る。
「難しく考える事はない。君の信用するアークが信用しているから、≪黒≫も信じる。それで良いんじゃないか? それとも、君はアークの人を見る目を疑っているのかい?」
「そ…れは……」
チラッとフィリスが俺を見る。
別に怒りゃしねえから正直に答えろ、と視線を返す。
「私は―――≪赤≫の御方が信じる者を信じる!」
うんうんっと満足そうに頷くガゼルを見て……うん、なんだろう。話を纏めてくれたのは良いんだが、上手い事丸め込んだように思えるのは気のせいだよな…?
「さて、それじゃ俺はそろそろお暇するかね」
床での体育座りで体が変に疲れたのか、首と肩を回しながらドアに手を掛ける。
「帰んの?」
「ああ。俺の宿は西門の近くにある“枯れ山と黄金”って所だ。用があったらそっちに来てくれ」
「なんだ、夕飯も一緒すりゃあ良いのに」
そしてあわよくば、また奢ってくれ。
なんたってコッチにはグラトニーが居ますからね!
「バカ野郎。ディナーってのは、その日のベッドを共にする女と食べるもんだろうが」
言い残して去って行く。
………ふむ…。
「マスター、今日はベッドを共にしましょうか?」
「結構です」
「あ…あ、≪赤≫の御方が望まれるのでしたら、と、床に共にする準備は…」
「結構です」
パンドラが俺の顔をジッと見る……。
何? そのちょっと心配するような顔は?
「なんだよ…?」
「マスターはゲイなのですか?」
「ぶっ飛ばすぞポンコツ」
「ポンコツではありません。パンドラです」