6-10 それぞれの事情
「あーはっはっはっは! 負け負け、俺の負けだ!」
大声で笑いながら、槍を手放して地面に転がし両手を上げる。
降参のポーズ。
………実は演技で、近付いたら「騙されたな馬鹿めっ!!」とか、そんな古典のような展開はないよな?
「噂で強い強いとは聞いていたが、これ程とは予想外だった。原色の魔神の力の一端、確かに見せて貰ったぞ」
そしてまたケラケラと楽しそうに笑う。
「で? 俺の事は信用してくれたって事で良いの?」
「ああ。とは言っても、決してお前が俺に勝ったからじゃないぞ? お前、俺が殺すつもりで攻撃してたのに、それでも俺の事を傷付けないようにアシュラナイトに使ってた炎の防御技や、例の熱の放射攻撃を使わなかっただろ?」
「まあ、そうだな? 別に殺し合いしてる訳じゃねえし」
そのお陰で蹴りを素手で受けちまったから、結構今も痛いけど―――って、痣になってるっ!? ………ロイド君、ゴメン…。まあ、寝たらちゃんと治るから許して。
「戦いと殺し合いの違いを弁えてるってだけで、信じるには十分な理由だ。少なくても、お前は無用な殺しを望む人間じゃないって分かるからな」
「信用して貰えたなら何よりだ…」
今回は≪青≫だけでもいっぱいいっぱいなんだ。これ以上シンドイのを相手にしたくない。
ヴァーミリオンを鞘に戻して、地面に転がっているガゼルの槍を拾う……あれ? 普通に触れる…って事は、この槍神器じゃねえのか。
「ほいよ」
「おお、ありがとよ」
槍を手渡すと、クルッと一回ししてから背中に戻す。
「その槍、神器かと思ってたけど違うんか?」
「希少さで言えば神器にも負けてない逸品だぜ? 俺にとっては、神器以上に馴染む…まあ、アレだ? 体の一部って奴だ」
神器は持ち主に合わせて勝手に最適化される。
だが、それ以外の武器を神器と同等のレベルにまで手に馴染ませるのに、どれだけの時間と努力が必要なのだろうか?
気の遠くなるような反復を何度も何度も、何日も何年も繰り返し、その結果として手に入る物だろう。
………今まで特に意識せずに使ってたけど、神器は持ってるだけでもチートだな…。俺はそのチートを2つ持っていて、しかも片方はオーバーエンドだ。
どんだけ恵まれてんだ俺は…。まあ、その分面倒事背負わされてるからトントンか。
その後、2人で手分けして散らばった魔石を拾い集め、魔晶石は換金して折半する事になった。
リザリアの町へ戻る道すがら、雑談代わりにちょっと聞いてみるか。
「なぁ? さっきの戦い、殺すつもりでやってたつったけど、それでもまだ本気じゃなかったよな?」
「そうだなー、寸止め出来る程度には手を抜いてたけど。本気出してないのはお前もだろ? アーク?」
あれ? 名前呼び? 少しは認められたかな。チビッ子呼びよりは落ち着きが良い。
「まあ、それなりにね」
と、返す俺に、ちょっとだけ軽い雰囲気を閉じて真面目な顔でガゼルが聞く。
「アークの予想じゃ、≪青≫はどのくらいの強さだ?」
どのくらい、か…。
相手が【魔人化】出来るのならば、戦闘能力は俺とそう変わらないだろう。
魔人モードの俺は―――どのくらいの強さだ…? クイーン級の白の魔物なら瞬殺出来る…と言うか、このランクなら魔人になるまでもない。かと言って、それ以上の強さの敵に遭った事が……いや、待て、一匹居るじゃん!
「なあ、竜種ってランク的にはどこに分類される? クイーンか? キングか?」
「なんだいきなり…。そこらの竜種ならクイーンの黒だな? ただ、竜種の中でも特に力を持ったのが居る。有名なのは地帝竜オルビオン、魔竜エグゼルド、幻竜サマルフェス…あとは天竜ゴルドニアス。コイツ等はキング級だ…とは言っても、もう地帝竜と魔竜の2体は討伐されてるけどな」
エグゼルド…アイツはキング級だったのか。まあ、確かに万全じゃなかったのを差し引いて、あの鬼のような強さだからなあ…当たり前か。
それに地帝竜って…なんか、どっかで聞いたような…? どこだっけか?
あっ、思い出した! ラーナエイトの領主の屋敷だ! 確か、あの変な魔剣ゼクシア? だか何だかを振り回していた剣士が言ってたな。あの剣が地帝竜を倒した剣だって……。キング級の竜種を倒した剣って、相当アレですよね? なんちゅーの? 所謂伝説の武器的な? そんな扱いの剣なんじゃないでしょうか?
実際、【魔人化】してた俺も普通に斬られたし…。
ってか…………その伝説の武器、俺が跡形も無く焼いちゃったんですけど………?
皆には黙っておこう…知られたら何を言われるか分かったもんじゃない!
「で、竜種がどうかしたか?」
「ああ、うん。この前その魔竜エグゼルドと戦ったんだけどさ―――」
「はあ? 討伐されたって今俺が言ったよな? 話聞いてた? おチビちゃん?」
蹴りもう一発ツケにしておくからな、この野郎!
「これもここだけの話な? 実は、魔竜がドラゴンゾンビになってエルフの住んでる森と里を襲ってたんだよ。んで、エルフ達の力じゃどうしようもなくなって俺の所に助っ人頼みに来たって訳」
「ほう…」
何か思うところがあるのか、一瞬ガゼルが遠い目をする。
何だろう…? 今、凄ぇ悲しそうな顔をしたような…。
「それで? 倒せたのか?」
「相手が中途半端に受肉したけど、まあ、なんとか…かなりギリギリの戦いだったけど。で、話を戻すけど、多分≪青≫の戦闘能力は俺とそこまで大差は無いと思う。だから―――」
「魔竜と同等か、そのちょっと下ってところか? だったら、始めからキング級を相手にすると思って用意しておくか」
「それが良いと思う」
ただ、≪青≫の強さを俺が見誤ってるって可能性もあるんだよなぁ…。
相手が【魔人化】したって話を妖精達から聞いて、実際に被害の規模を見た上で俺と同等くらいと判断したが、もしかしたら【魔人化】よりもっと上位の魔神の力を持っているかもしれない。
それこそ、≪黒≫くらいの底知れない相手だって可能性もあり得る…。
でも、俺とガゼルの2人で相手をするのなら、それでも勝機がある。多分、ガゼルも同じ事を考えているんじゃねえかな?
「なんにしても、≪青≫と戦う時には俺とアーク…2人で戦うのが確実だな」
ほらね?
「だな。どう考えても人外能力バトルになるのは目に見えてるし」
あ…そう言えば≪黒≫の奴は何してるんだろう?
魔神の力で悪さをしたら、どっからともなく現れてシバきに行きそうなのに…。って言うか、そんな感じの説教を初対面の俺にめっちゃしやがったのに…。
「なんだ、変な顔して? そんな顔してると女が寄って来ないぞ」
「いや……もう1人助っ人に心当たりがあったんだけど、連絡のとりようもねえなあ…と思って…」
「ほー。≪青≫との戦いに呼べるくらいに強いって事は、もしかして他の魔神憑きか?」
「ああ。なんか白い仮面着けた変な女なんだけど、クソ程強い奴で―――」
そう言えば、なんとなく流れで喋り始めちゃったけど≪黒≫の事って秘密にしておいた方が良いのかな…?
いや、もう喋っちゃって手遅れだけどさ…。
一応口止めしておこうとガゼルの顔を見ると……変な脂汗を浮かべて引き攣った笑いを浮かべていた。
何その顔? その顔こそ女が寄って来ないだろ…。
「なあ、アーク? その仮面の女って、黒いローブのような物を纏って、褐色の肌で、地形操作の能力を使う女じゃないか?」
――― え?
「なんでガゼルが知ってんだ? もしかして!? どっかでナンパしたのかっ!?」
俺の解答にガクッと肩を落として脱力……どうやらハズレだったようだ。
「違う…! むしろ、クイーン級のお前がなんでその仮面の女の事を知らないんだよ…?」
「なんでって…なんで?」
クイーン級の冒険者なら知ってて当たり前の奴なの? あの仮面を着けた≪黒≫が? 不審者としてって事?
「その女、キング級のルナだろ?」
「はぃ?」
キング級? って事は? 冒険者の最上位?
え? え? 確か、キング級って今は2人しか居ないんだよな?
そのうちの1人が、あの≪黒≫の女?
「マジで?」
「マジだ」
ふむ、なるほど…。道理でアホみたいに強いわけだ…。
いや、逆か。アホみたいに強いからキング級になれたのか。
「夜の闇に紛れて現れ、魔物や犯罪者を人知れず屠るキング級。そんな姿から、ついた通り名は<夜の処刑人>。ギルドのヤバい裏の仕事もコイツが受け持ってるって専らの噂だぜ?」