6-9 槍剣
「終わった終わったー」
岩壁に深々と突き刺さった槍を、軽口叩きながら抜く後ろ姿を見て思う。コイツ…本当に人間か?
さっきの槍の投擲も、竜種の最速の攻撃を上回る速さだった。普通の人間がどう頑張っても出せるような威力と速度じゃない…。
俺のような、何か訳有りな能力を持ってるのか? それとも単純に、そう言う事を可能にする強力なスキルを持ってるってだけか?
うーん…考えても分からんな。
分からんから聞いてみよう。
「なあ、お前って普通の人間か?」
「なんだ突然…? 確かに俺は、全ての女性を虜にしてしまう人間離れした魅力を持った男ではあるけども」
そんなもんねーだろ。と言うツッコミは一先ず横に置いといて…。
「戦闘能力高過ぎて、人とは思えねえ」
「それは、お前もだろ? <全てを焼き尽くす者>君?」
そこは痛い所だなぁ…。お前も人外の強さだと言われると、「俺は魔神を宿してるから」とは返せないから、
「それもそーだな」
としか言えねえんだよ。
槍を抜き終わったガゼルが、ずれていたテンガロンハットの位置を直し、槍の汚れをコートの裾で拭く。
「ところで後輩?」
「ぁん?」
「お前よう―――」
ピリッとした殺気を感じて、体が反射で動いてその場から飛び退く。
ガゼルが槍を俺に向けていた―――。
その目には微かな殺気!?
「―――≪赤≫の魔神を宿してるだろ?」
「っ!? な…んで…」
戦うところを見せたって言っても、刻印や【魔人化】は使ってない。魔神に繋がる様な事は見せてないし、言ってない筈だ…なのに、なんで!?
……もしかして、フィリスのあの呼び方のせいか?
「なんで分かった? って顔だな。宿屋で話した俺の能力を覚えてるか?」
「嘘を見抜く異能だろ…」
ヤベェ、コイツマジで隙が無い…。
俺がヴァーミリオンに手を伸ばそうものなら、その瞬間に脳天貫きにかかってきそうだ。
「その能力自体は嘘じゃないが、あの時に言わなかった事がある。俺のそのスキルでは、お前の事が視えないんだよ」
視えない…? って事は何だ? 俺の事が視えるからじゃなくて、視えないから気付かれた…?
「あの場で見抜けたのは、お前の隣の2人が居たからだ。【龍眼】でお前を視ようとすると、視界が赤くなって何も視えなくなる。最初は何かしらの妨害のスキルかと思ったが…森を流した≪青≫の話を聞いて、もしかしたら…ってな? それに、お前が≪赤≫だとすれば、エルフを連れている事も、妖精が仲間に居る理由も分かる」
油断無く槍を俺に向けたままジリジリと距離を詰めて来る。
槍のリーチに入れば、そこはアイツにとって必殺の間合いだ。詰められた分の距離を後ろに下がる。
「≪赤≫は亜人戦争で亜人の味方だったからな。亜人達がお前の信奉者として付き従っていても何の不思議も無い」
あれ? コイツ……。
「亜人戦争のその辺りの話は、人間の世界では葬られた歴史だろ? お前、なんでそんな事まで…?」
あ、「要らん事喋ってしまった」って顔してる。
「…俺は生まれた場所が色々特殊なんでね? 亜人の血が混じってる……とだけ説明しておく。お前の言葉を借りるなら、“察してくれ”だ」
純粋な人じゃない? コイツが怪物級の強さなのは、その辺の事情なのかな…?
いや、でも、本当に亜人っぽさが全然ねえなコイツ…。今まで全然気付かなかったし、言われた今でもどの辺りに亜人の血が出てるのか全く分からん。外見に出ないくらいに薄いって事か?
まあ、コイツが人なのか亜人なのかはさて置き…だ。
森をあんな惨状にした≪青≫と同じ、原色の魔神の一柱を俺は体に宿している。
いつ俺も≪青≫と同じように牙を剥くか分からない。だから、こうして殺気を向けられている……それは分かる。
けど―――
「で? お前は結局、俺にどーして欲しいんだよ?」
俺を本気で殺すつもりなら、帰り際に俺の背中に向けて槍を投げるだけで済む。それなのにコイツはわざわざこうして話をしてるって事は、殺気を出してはいるけど本気で殺すつもりは無いって事だ……少なくても今のところは…。
「話が早いな? お前がどれだけ言葉を尽くそうと、俺にはそれが嘘か真か視る事が出来ない。だから―――」
スッとガゼルの目が鋭くなる。
あっ、凄い嫌な予感…。
「俺と戦い、お前の剣と、その≪赤≫の力を持って真実を語れ!」
あーっ! やっぱりこの展開だったああーーーーっ!!!
「お前が真に信用に足る人間だと、証明してみせろっ!!」
ガゼルの立っていた場所に土煙だけが残り、姿が消え―――る訳あるかっ!
目の前に迫る槍の穂先からバックステップで逃げながらヴァーミリオンの抜き付けでそれを払う。
くっそ、マジで信じられねえような速さで踏み込んできやがった!? 今の、俺じゃなかったら顔面串刺しだったっつーの! 完全に殺すモードで攻撃してやがる!?
更に2撃、3撃と突きが襲いかかる―――。
なんとかギリギリで下がりながら捌いているけど、リーチを測り辛ぇっ!! 十分に距離を取ったと思っても、グンッと伸びる様にその距離を潰してくる。
しかも、突きの回数増えるたびに攻撃が重くなってる気がするんですけど!?
そう言や、ここまで強い槍の使い手なんて相手すんの初めてだ。
こんな真っ当な強さの人間を相手にすると、自分の経験値が変に偏ってる事に泣きたくなるな。
受け身になるな!
攻めないと槍のリーチの内側まで踏み込めれば―――
「あああああッ!」
5度目の突きの軌道にヴァーミリオンを構え、深紅の刃の上に槍を滑らせて踏み込む。
行ける!
「あまい、ぜっ!」
槍の下を抜けた俺に襲いかかるのは―――蹴り!
【火炎装衣】―――いや、ダメだ! 炎でコイツの足を焼いちまう!
転移…もタイミングが間に合わねえか…!
仕方なく腕で受ける。
「ぐっ……!?」
受けた腕の骨が軋む。
その場で踏ん張ろうとしても、蹴りの衝撃に体が抗えない―――!
スキルでどれだけ力を強化したって、体の小ささと軽さだけは誤魔化しが利かない。
吹っ飛んだ先には岩壁。
くっそ、転移で…!
【空間転移】でガゼルの頭上に飛ぶ。転移する事で吹っ飛んでいた衝撃を殺す。
「逃がさねえよ」
岩壁が縦に3カ所弾ける。
次の瞬間にはガゼルが俺の背後を飛んでいた。
えっ…? 嘘っ!? 3歩で壁駆け上がったのっ!?
っつか、転移への反応が速過ぎるだろ!? マジで化物かよっ!?
いや、この速さは転移を先読みされてたのか!
等と驚いている間に槍を振り被るガゼル。
投げ落とすような、音速を超える槍の投擲。
「だッらあらああああッ!!」
背後をとってから、槍をリリースするまでが速過ぎる!
回避は間に合わない。
俺の回避がダメなら、ガゼルと槍の方に逸れて貰う!
見当ハズレな場所に炎を出し、“吸引”の特性を付与。
槍が手を離れる刹那、空中を泳ぐガゼルの体を炎が横に引っ張り、狙いを俺から逸らす。
ドズンッと大きな音を立てて槍が深々と地面に突き刺さり、空中には武器を手放した生身が1つ。
俺は即座に【浮遊】で体勢を立て直し、無防備になったガゼルに―――
「俺の勝ちだ!」
次の瞬間、地面に刺さっていた筈の槍が跳ね上がってガゼルの手元に戻る。
――― は?
「誰の勝ちだって?」
ニヤリと悪い笑いを浮かべるのが無性に腹が立つ。
「上等だっ!!」
空中を泳ぐガゼルにヴァーミリオンを振る。が、空中を泳ぐ体を器用に姿勢制御しながらそれを受ける。
チッ、空中でもこれだけ動けるって…近接戦だと本当に全然隙がねえなあ!?
【浮遊】で位置取りと体勢を変えながら攻めるが、空中アクロバットのような動作でいなされる。
――― 正攻法じゃダメだ!
ガゼルの着地と同時に、視界を埋め尽くす炎を撒く。
「目くらまし…か?」
炎の中で【空間転移】を発動。
「それ、視えてるぜ?」
ガゼルが転移先―――背後を向くや否や槍を振るう。
そこには……
「…なっ!?」
俺が転移で飛ばした石ころ。
「しまった!?」とガゼルが慌てて振り返ろうとするが、もう遅い!
「転移を読め過ぎるってのも、問題だな?」
ヴァーミリオンの剣先でトンっとその背中を突く。
「俺の勝ち…で良いか?」