6-7 先輩と後輩
宿の窓から飛び降りて走りだしたは良いけど、人の波が俺の進行方向から向かって来るので、走り辛いったらありゃしない!
どうやら、俺の向かう先―――ガゼルの行った方向で何かが起こったらしい。
流れて来る人の話を断片的に聞いて行くと、どうやら南の門に魔物の群れが現れたって事で、この騒ぎになっているようだ。
魔物の群れが人の住む町や村を襲うのはコッチの世界じゃ別に珍しい話じゃない。
けど…このタイミングってのがな…。
襲って来たのは、もしかしたら妖精の森の周辺を根城にしていた魔物達かも。あの一帯は、≪青≫が森と妖精を潰すのに魔素をゴッソリ消費して、まだ濃度が回復してない。それで魔素の薄さを嫌ってこの辺りまで来てしまった…のかもしれない。
ま、そんな事情が有ろうが無かろうが関係ねーけど。
魔物と人……いや、生物は絶対に相容れない存在だ。人と亜人のように、お互いを嫌悪しているとかそういうレベルの話じゃなく、根本的に魔物が生物を根絶やしにする為に生れているのだからどうしようもない。
だったら、襲われる人の側だって魔物の事情なんて気にしていられない。
襲って来るなら叩き潰す。話としてはそれだけの単純な事だ。
っつか、門の方に近付く程人の流れ詰まっていて走れねえし…。
しゃーねえ、さっさと行かねえと手遅れになりかねないし、行くかっ!
「ほっ…と!」
【浮遊】で体を人の波の上まで持ち上げて、後は空中を【空間転移】を使って南門に向かって壁や木を目標物にして飛んで行く。目標物は無くても問題はないんだけど、視界の中の場所に転移する時にはあったほうが気分的に楽だ。
住民達に頭上を転移で通り過ぎる姿を驚かれながら先を急ぐ。
先に行くと、一転して近くには人影はなくなり、戦闘準備をした衛兵と冒険者らしき人間達だけになった。
門の前に、目的のテンガロンハットを発見。
「おい、ガゼル!」
あ、咄嗟でさん付け忘れた…まあ良いか。
空中での連続転移を停止して、俺に気付いたガゼルの前に着地。
「おぅ小人、追い掛けて来たのか?」
「小人言うなっつってんだろうがっ! マジではっ倒すぞテメエ!?」
ガゼルに軽い口調でキレている俺に、周りの視線が痛い…。ああ、そういやここはアステリア王国じゃねえんだ。この国のクイーン級もコイツ1人だけだし、周りからすれば近寄りがたい英雄みたいなもんなのか。
そいつに軽口叩いていれば「おい何だコイツは!?」的な目になるのも当然だな。
まあ、別にどんな目で見られても俺は気にしねえから、どうでも良いけど。
「怒んなよ、ジョークジョーク」
「次言ったらケツ蹴り上げるからな」
「勘弁してくれよ。俺の尻は数多の女性を魅了する武器なんだぜ? 傷物にされたら堪らんぜ」
「尚の事蹴り上げたくなった…。ケツが横に割れるくらいの力で蹴ってやる!」
俺の宣言をケラケラと笑いやがる! 「出来るもんならやってみろ」ってか!? 上等だこんにゃろう、いつかテメエのケツを粉々に蹴り砕いてやる…!!
……いや、落ち付け俺…。今はコイツのケツを蹴りに来たんじゃねえだろ?
「で、魔物の群れが来たって?」
「ああ。もう見える所まで来てるぞ? ほら」
ガゼルが門の外を指さすのを視線で追うと、確かに魔物の群れが黒い壁となって山道を上って来ている。山道が広くないから後ろにも広がっていて、壁と言うより黒い絨毯が動いてるみたいだ。
数は100ってところかな?
なるほど群れとしてはかなりでかい。
「結構多いな?」
「ビビったんなら、宿に戻ってて良いぜ?」
「フザケンナ。こちとら2万の魔物の群れにパンドラと2人で突っ込んだ事もあるっつーの。んな事より、魔素量が多いのが混じってるぞ?」
【魔素感知】で見なければ気付かなかったが、群れの後ろの方にやたらと魔素を大量に抱え込んでいる魔物が居る。
俺の経験則から言わせて貰えば、多分クイーン級の魔物。
「ああ、多分クイーン級…とは言っても精々白だ。そこまで警戒する相手じゃない」
コイツも気付いてたか。
……宿屋に居る時にいち早く魔物の襲撃に気付いた件もあるし、コイツもしかして物凄く精度の高い感知能力を持ってるんじゃねえかな?
「そもそも、コッチは俺とお前の2人が居るし、魔物の方がご愁傷様ってなもんだ」
「だな。クイーン級の冒険者2人がかりで戦うのなら、キング級の魔物が出たって怖くない。そして、あの魔物の群れを退けた後は、この町の美女達が俺の事を更に愛するようになるって訳よ」
前半はともかく、後半は知らねーよ。
「が、ガゼルさん魔物がすぐそこにっ!!」
慌てたように衛兵に言われて、1度顔を見合わせて「行くか?」「そうだな」とアイコンタクトを交して門の外に出る。
「ガゼルの旦那、俺達も一緒に戦います!」「お、おう!」「この町を魔物にやらせてたまるか!」「クイーン級が一緒なんだ…負ける訳ねえぜ!」
「要らんよ」
各々武器を持って俺達に続こうとする冒険者達を、ガゼルは背中の槍を抜く動作で制して足を止めさせる。
「戦うのは俺とこのチビッ子で十分。お前等は危ないから門の内側に…痛ええっ!? おいっチビ!? なんで今俺の尻を蹴った!?」
「次言ったら蹴るって言ったじゃん」
「小人とは言ってないだろ!?」
「チビも同様の意味なのでアウト」
「そのルール先に言っておけよ!?」
尻を擦るガゼルと共に山道をせっせと向かって来る魔物に向かって歩く。
魔物の群れとしての能力も、個々としての能力も警戒していないが、コッチは後ろに町を背負ってるし戦い方は考えないとな。
とか考えていると―――
「おい後輩、初手はお前に譲ってやるよ」
「はぁ? 別にそんなもん要らねーけど」
「バカ野郎! 集団を相手にする時の初手は、ド派手で威力の高いスキルや魔法で攻撃するもんだろ?」
まあ、そうだな。敵の数を乱戦になる前にどれだけ削れるかは、その後の展開を左右するし、敵味方入り乱れた状態になったら広範囲、高威力の大きな技は使えないし。そう言う意味じゃ、群を相手にする時の初手は1番の見せ場と言っても過言ではない。
「だから―――」
ポンっと俺の背を叩いて一歩前に押し出すと、ニシシッと悪戯小僧のように笑う。
「精々格好良い技撃って、この国の連中に名前売っとけよ」
クイッと肩を揺らして、門の内側で不安そうな…それでいてクイーン級の…ガゼルの戦いを観れる事にワクワクしている者達を示す。
ちぇっ……いきなり先輩らしい行動すんなっつーの。俺がますますガキみてえじゃん。
「そう言う事なら遠慮なく」
ヴァーミリオンを抜く。
狭い山道を走って来る魔物の群れ、俺には御誂え向きの展開じゃねえの!
「さあ、行くぞ!」
深紅の刀身に溜められた熱量を解放。
ブワッと空気が膨れ、俺の周囲の景色が熱で歪む。
ユックリと上段に構え―――振り下ろす動作で熱量を前方に放射。
――― ヒートブラスト。
並みの炎熱耐性では防げない、見えない熱の津波。
向かって来ていた魔物達が危険を感じて足を止める。
良い判断。けど、そっからどうするんだ? 避けるスペースは無い。炎の波に呑まれるか、横の急な斜面を落ちるか選べ!
選択に許された時間は―――0.5秒。
2択に迷った魔物も、炎の波を突っ切ろうとした魔物も、容赦なく一瞬で焼き尽くして黒い魔素を撒き散らす。
魔物の体が熱に喰われて、黒い花火となって飛び散る―――。
程良い所で魔物の群れを食い荒らした熱量とその余波をヴァーミリオンに回収。
うーん、ちょっと残ったか。
山道に残ったのは、最後尾に居た20匹くらい。
ちなみに山道から外れる事でヒートブラストから逃れた魔物達は、【魔炎】で1匹残らず焼きました。
始めっから魔物の逃げ道なんて用意してない。全部ここで容赦なく潰す。
「御見事ー」
ガゼルが槍を器用に肩に引っかけながら、パチパチとヤル気のない拍手を送ってくれた。その拍手腹立つな、やっぱ先輩として敬う気持ちにはならねーわ。
「な、何今の!?」「あの子供何者だよっ!?」「剣を振ったら魔物が消し飛んだぞ!? どんな魔法だ!?」「ちょっと待て! もしかしてあの小さいの…!」「アステリア王国で生まれた9人目のクイーンか!?」「そう、それ!」
野次馬達の話を聞いてガゼルは満足そうに頷くと、改めて槍を握り直しトントンっと肩を叩く。
「さっきのは熱の放射攻撃か? なるほど、確かにお前は<全てを焼き尽くす者>だよ」
「褒め言葉として受け取っとく…」
その中二臭い名前は好きになれんけどな。