6-6 嘘発見器要らず
場所を移して宿屋の一室。
ベッドは2つ。片側には俺を真ん中に右にパンドラ、左にフィリス。もう片方のベッドにはガゼルが1人でポツンと……バランス悪くね…? 4人いたら2:2で座るもんちゃうの?
とは言え、横の女性2人(1人はロボ)のどちらかに、あの女ったらしの横に…しかもベッドに座れ、なんて言える筈もなく……かと言って俺が横に座るなんて選択肢は始めっから除外してるし。……え? 当たり前でしょ? 何が悲しくて男と並んでベッドに座らなきゃならねーんだよ!
結局この3:1に落ち着いた。
「で? どんな話を聞かせてくれるんだ?」
相変わらず室内でもテンガロンハットをとろうとはせず、背中の槍を壁に立て掛けただけで、あとはもうベッドの上で寛ぎモードである。
さてさて、どう話すかな?
パンドラもフィリスも、話す内容は完全に俺に委ねているので、どう話すかも、どこまで話すかも全部俺次第だ。
相手が有象無象の冒険者だって言うんなら、適当な事言って誤魔化すんだが……相手は俺と同じクイーン級。
誤魔化しが通じるか否か…と言う話ではなく、下手にこの場で嘘を吐くと、それがバレた時にコイツが敵になる可能性があるってのが問題だ。
それに、≪青≫との戦いも俺が1人でやるつもりでいたが、コイツが加わってくれるなら戦力として数えられる。≪青≫の実力の底が分からない以上、コッチの戦力が多いに越した事はない。パンドラとフィリスには悪いが、相手が俺同様に魔人状態になれるのならば、最初っから2人共戦力外だし…。
色々考えた結果、有る程度の話は伏せた上で真実を話す。と言う結論に至った。
「今は別行動してるけど、仲間に妖精が居るんだ」
「妖精が仲間…ね。そう言えば、お前の噂話でも幼体の妖精を連れてるって話だったな」
「でも、仲間って言ってもその妖精は元々迷子でさ? そいつを仲間の元へ送り届けようと思って、妖精の里のあるあの森へ来たって訳」
「ふーん」
何かを見定めるように、俺の体を上から下に視線が移動する。
「で、その別行動してる当の妖精はどこに居るんだ?」
「場所は言えない」
「どうしてだ?」
少しだけガゼルの目が鋭くなる。真実を隠した事で、疑念と不信を持たれたか…。でも、言えない物は言えない。
変に誤魔化すとますます心証悪いか。だったら―――
「察してくれ」
問い詰められても言えない場所に居る事を、相手に察して貰うしかない。
少しの沈黙の後、その話を切り上げるような雰囲気を出しながら思いがけない事を口にされた。
「フィリス…って言ったっけ? そのエルフのお嬢さんの里に居るのか?」
「っ!?」「なっ!?」
フィリスがエルフだって気付かれてた!?
ずっとフードで顔隠してたから、エルフの証である長い耳は見られてない筈……なのに、なんで!? 女性経験の多さがなせる業とか、そんな笑える話じゃねえよな?
俺とフィリスのそんな焦りが顔に出たのか、ガゼルはテンガロンハットの位置を直しながら小さく溜息を吐く。
「自分の能力を口にするのは馬鹿のする事だから、あんまりしたくはねえんだが…まあ、そっちのメイドさんには勘付かれてるみたいだし…良いか。俺には相手の嘘を見抜く異能がある。誤魔化しも通用しねえぞ? むしろ隠そうとすればするほど俺には“嘘”が視えるようになる」
何その便利スキル!?
コイツの察しの良さ…ってか、勘の良さってもしかしてそのスキルのお陰か?
「ちゃんと真実を話せ。俺だって鬼や悪魔じゃない。そっちの事情は酌むし、黙っていて欲しい事をペラペラ喋ったりするような事はしねえよ」
「本当にか?」
「ああ。……あ、でも女にベッドの中で訊かれたら分かんねえな…」
ダメだコイツ、やっぱ信用できねえ!!
「軽いジョークだ、聞き流せ」
いや、絶対ジョークじゃないですよね?
うちの女性陣がダイヤモンドダストみたいな冷たい視線を向けてるし。
………つっても、本当に嘘が見抜かれてるなら真実を話す以外の選択肢はないのか…。
「分かった。本当の事を話す―――けど、ここだけの話にしてくれ」
「それは、話の内容によるな? こっちもこの国を護らなきゃならん立場なんでね。この国の害になる様な話なら、上に情報を通させて貰うぞ」
相手もクイーン級の冒険者…それは仕方ねえか。
「分かった。で、話の始めになんだが、お前は魔神の存在を知ってるか?」
「魔神ってあれだろ? 世界の始まりである原初の力を持った―――“滅びの道標”って奴だろ?」
滅びの道標? 世界の道標の間違いじゃねえのか?
……そう言えば、魔神の存在をスンナリ理解出来たのって人じゃ珍しいな? 人の世界だとあんまり魔神を知ってる人間が居ないのに…。まあ、それは多分亜人戦争の最後に人の世界も魔神の力で痛い目を見て、存在そのものを封印した事が関係してるんだろうけど…。
まあ良いか、とりあえず先に進めよう。
「ああ。その魔神の1つを体に宿している奴が、妖精の森をあんな状態にした犯人だ」
「なるほど、世界の原初の力が振るわれたってんなら、あの惨状も納得…」
「生き残った妖精達は、お前の言った通りエルフの里に避難させた。けど、これは―――」
「分かってるよ」
一々言うな、とでも言いたげに手をパタパタと顔の前で振る。
「俺も人と亜人の関係に首突っ込むつもりはねえし。生き残りの妖精は見つかりませんでした、ってギルドには報告しとく」
「悪いね」
「謝る所じゃねえよ。で? その犯人がどこのどいつなのかは分かってるのか?」
「いや…黒髪に黒目の男だって事は分かってるけど、どこのどいつで、どこに居るのかもさっぱりだ。当てもないから、あの森の跡地に戻って来るのを期待して待ち伏せしようとしてたくらいだし」
「手がかり無しか…でもそいつ異世界人だろ? 目立つし、ギルドの方に頼んで各町の支部に探すように連絡して貰えば、見つかるかもしれねえな?」
ああ、なるほど! そう言う手があったか!? 今までギルドの力を頼るなんて考えもしなかったけど、今の俺はクイーン級の冒険者だし、そういう選択肢もアリじゃん!!
いや、それにしても……。
「異世界人って、良く分かるな?」
確かに、コッチの世界に黒い髪と目の人種は居ねえから、必然そう言う結論になるのかもしれんけどさ…。
「そりゃあな? クイーン級ともなれば色んな場所に呼び出されるし、そう言う目立つ見た目の奴とは嫌でも関わる。それに…ここ10年くらいで、やけに『異世界から来た』って人間が現れるようになったって、ギルドの連中も言ってたぜ?」
異世界人の数が増えた?
それって、こっちに引っ張り込まれてる人間が増えてるって事だろ?
それも、ここ10年くらいで?
………もしかして、600年間封印されてた魔神が次々に目覚めてるのと何か関係があるのかな…?
「俺達と同じクイーン級の冒険者にも、異世界人が1人居るしな?」
「えっ!? 嘘!? マジでっ!?」
何その情報!? マジで寝耳に水だわ!!
「お? おう…マキ=イズミヤって名前の魔法使いだ。戦ってるところは見た事ねえけど“世界最強の魔法使い”なんて呼ばれてるらしいぜ? 恐らくだが、元居た世界でも魔法使いだったんじゃねえかな?」
いや、それは絶対にない。
「あとガードの堅い女で、食事に誘っても断られた」
やっぱナンパはしてたんかぃ!
にしてもマキ=イズミヤ…か。漢字は泉谷 真希ってところかな? どんな人なんだろ? 機会があれば会ってみたいな。
俺がまだ見ぬ同郷の士に想いを馳せていると、突然ガゼルの目が鋭くなって窓の外に向く。
なんだ? と思った次の瞬間、外の方が何やら騒がしくなった。
「なにかあったのかな?」
「お客が来た。スマナイ、話は中断だ。ちょっと行って来る!」
言い終わるよりも早く、壁に立てかけてあった槍を掴んで窓から飛び出して行く―――って、ここ2階だぞ!? なんて心配はしない。相手はクイーン級の冒険者…人外の強さに到達している圧倒的な強者だ。
窓から外を見てみると、名前の示す通りのしなやかな足のバネだけで落下の衝撃を殺し、通りの先へ走って行くガゼルの姿。
「マスター、どうなさいますか?」
何が起こったのかは分からないが、とりあえず碌でもない事になっているのは確かだろう。
「俺も行って来る。2人共留守番よろしゅー」
「はい」「お任せ下さい」
人混みを掻き分けて走るテンガロンハットを追って、俺も窓を飛び降りた。