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6-2 決意

 何人かの妖精を助け出して話を聞くと何が起こったのかが少しずつ分かって来た。


 数日前、フラリと妖精達の住まう森の前に1人の男が現れた。

 その男は森の中へ足を踏み入れ、そして妖精の里を守る為に仕掛けられていた幻惑の魔法と植物の罠によって、あっと言う間に道を見失った。

 元々種族的に悪戯が好きな妖精は、迷った男を脅かそうと様々なちょっかいを出した。遠くから獣のような声を出したり、視界の端を光りながら横切ってみたり…。

 妖精達としては、人間が驚いたり怯えたりする姿を見たいと言うだけで、それで怪我させようとか、そのまま森の中で餓死させようとか考えていた訳ではない。適当にからかったら、あとはいつも通りに入って来た辺りに出る様に誘導してサヨナラ…それだけの事の筈だった。

 だが、男は驚きも怯えもせずに


「うっぜえんだよクソ虫」


 その一言と共に、妖精達を攻撃した。

 氷の刃で周囲の木々を切り倒して、隠れていた妖精を見つけ出して斬り殺し、殴り殺し、踏み潰して、死体を不思議な冷気の術で氷に閉じ込め、それを仲間の妖精に蹴り当ててゲラゲラと笑いながら更に虐殺して回った。

 元々戦闘力が他の亜人に比べれば極端に低い妖精族だ。男と戦うなんて選択肢は無く、なんとか里に近付けないようにと力を合わせて様々な幻惑、防衛魔法を展開した。

 だが、男の力は妖精達の予想の遥か上を行っていた。

 男を中心として冷気の波が広がり、現実も幻も構わず凍て付かせて進む。森が氷の世界に閉ざされるのと、男が妖精の里に到着したのはほぼ同時のタイミングで……。

 里の中に居た妖精の何人かを殺して氷像にした男はおもむろに―――


「腹減った」


 と言って妖精達に食事を用意させて、それから暫くは大人しく里で過ごしていたらしい。もっとも、妖精達にしてみれば凶悪な殺人鬼が里に居着いて、どれほどの恐怖だったかは想像に容易い。

 エルフ達から救援の話が来たのはこの頃………まあ、自分達がとてつもないピンチな時に人様の所を助けに行くような余裕は無かったよな。と言うより、むしろ助けが欲しかったのは妖精達の方だろうし。

 そして、数日に亘り妖精達を奴隷のように扱い、気にいらなければ殺す。そんな生活を続けていた男は、昨日の夜突然―――


「飽きた。お前等もう死んで良いや」


 そう言って―――


「【魔人化(デモナイズ)】」


 ≪青≫の魔人は妖精の里に牙を剥いた。



*  *  *



 そして現在、俺はエルフの里アルフェイルの族長の屋敷に居た。


「すいません、妖精達を受け入れて貰って…」


 目の前に座るキワドイ服装の幼児体型のダークエルフ(600歳越え)に頭を下げる。

 ちなみに、この場にはパンドラも白雪も連れて来ていない。

 他の亜人達にさえ姿を隠しているこの族長に、あの2人を会わせるのは失礼なんじゃないかと思ったからだ。

 族長さんが俺に会ってくれているのは、恐らく……と言うか絶対に俺が≪赤≫の継承者だからだ。亜人戦争での恩があるから、≪赤≫を宿している俺に対しては必要以上に友好的だけど、それが俺の身内にも当て嵌まるかと言えば……まあちょっと首を傾げる。


「亜人を人間の町に運ぶ訳にも行かないし、ここしか頼れる場所が無くて」

「貴方様が頭を下げる必要はありません。むしろ、亜人である妖精族を助ける為に≪赤≫の御方がこうして動いてくれた事に感謝致します」


 逆に頭を下げられた。

 服装的に、その角度は色々とヤバいです……。俺等の世界では、ポリスメンが来てもおかしくない奴ですよ、それ…。


「いえ…助けた妖精達の話を聞く限り、昨日の夜に起こった事だったようですし、出来ればこうなる前に助けたかったと……」

「それは、我等エルフとて同じ事です。貴方様が1人で責任を感じる事ではありません」


 そうは言っても、あの惨状を見ると……やっぱり助けたかったなって思うよ…。

 森の被害も相当だけど、妖精達の遺体の始末が吐き気を催す程の酷さだった。千切れた腕や羽を氷で固めたオブジェや、氷柱に枝葉のようにぶら下がった上半身だけの体…。

 あんな事を出来る奴は、相当に頭の狂ってる異常者だ。ただの異常者だったら、まだ良かったかもしれない。その異常者が、俺達と同じように原色の魔神を宿しているなんて悪夢以外の何物でもないだろう。


「それにしても、妖精達を襲ったのは本当に()の魔神の1つを宿した者なのですか?」

「ああ。多分間違いない…と思います」


 水と冷気を操る≪青≫の魔神の継承者。

 炎と熱を操る≪赤≫と対極に位置する難敵。

 

 ……それにもう1つ、≪青≫の継承者について気になっている事がある。

 妖精達の話を聞くと、どうやらその男は闇色の髪と瞳をしていた―――らしい。

 コッチの世界には黒い髪と瞳を持つ人種は居ない。

 いや、正確には居なかった、だな。昔に明弘さんや月岡さんのようにコッチ側に引っ張り込まれたアッチの人間の子孫が、そう言った特徴を持って生まれるらしいけど…それにしたって人数は極少数だろうし、やっぱり“そう”考える方が自然だよな?

 ≪青≫の継承者は、恐らく俺と同じ異世界人だ―――。……って、俺と同じって言うと、また語弊があるか…?

 まあ、ともかく妖精をあんな目に遭わせた≪青≫が異世界人だと言うのなら、同じ世界出身の人間としても、同じ力を宿している人間としても放っては置けない!


「では、戦うのですか?」

「まあ、そうなるだろうね」


 妖精の里跡地の周辺にはそれらしい気配は確認できなかったけど、相手が俺同様に【魔人化】出来るのなら手持ちのスキルに【空間転移】がある筈だ。もしかしたら、あの場に突然戻って来る可能性もあるし……無いなら無いでコッチが勝手に探しだす。

 …あれ? 族長さんの顔色が暗い? 同じ亜人の妖精達をアレだけ虐殺した相手だ、むしろ賛成して応援でもしてくれるかと思ったんだけど…。


「そう…ですか…」

「反対、ですか?」


 俺の問いに、悲しげな顔のまま小さく首を横に振る。


「≪青≫の継承者は、どうあっても許せぬ存在です。それを討つと言うのであれば、諸手を上げて賛成します。………ですが…」


 先の言葉を待つ1秒にも満たない時間が妙に長く感じる程、族長さんの雰囲気が重い。


「ですが…あの忌まわしき戦争の再現となるのではないかと…恐れがあるのです」


 戦争の再現…?

 ああ……そっか…、600年前の亜人戦争も、その最後は魔神を宿した者達の殺し合いだったんだっけ…。


「600年前の決着の地…北の大地は、今でも魔人同士の戦いの影響で草木の生えぬ不毛の地と聞きます。貴方様と≪青≫の者がぶつかれば、どんな事になるかと……」


 それは、流石に考えなかったな…。

 確かに、強力な―――いや、凶悪な魔神の力がぶつかりあえば、周囲の状況を一変させてしまいかねない。まして、本気での殺し合いになれば、洒落にならない被害が周りに出る事になるだろう。


「不安はそれだけではないのです」


 涙を溜めたブラウンの目が俺を見つめる。


「もし―――もしも、また≪赤≫の御方が我等亜人を護って…何かあったらと! 我等亜人の力だけで、≪青≫の者を倒す事が出来るのなら良いのにと、自分達の無力さがこれ程呪わしい……!」


 もしかしたら、この人にとって、600年前に先代が死んだ事はトラウマになっているのではないだろうか?

 心配してくれるのは素直に有り難いし、嬉しい。

 けど―――


「俺は負けませんよ」


 相手がどれだけの強さかは、あの惨状を見れば俺だって理解出来る。相手が【魔人化】したら、俺以外ではまともに戦えないだろう事も…。

 でも、それでも俺は負けない!


「あんな非道をする相手に、俺は絶対に負けない!」


 俺だって人を責められるような人間じゃないのは分かってる。

 街1つ消し飛ばした大罪人で、それ相応の痛みを心に刻んでいるつもりだ。でも、だからこそ、俺はその“痛み”にかけて負けない! いや、負けられない!!


「御約束して下さいますか? 無事に帰る、と」

「約束なんかしなくても無事に戻りますけど、それで安心出来ると言うのなら、いくらでもしますよ」


 族長さんの暗い雰囲気が少しだけ和らぎ、頷くように小さく首を振る。


「我等が先代の≪赤≫の御方より受けし恩は、何も返せておりません。無論、貴方様より受けし恩も。どうか、その恩を返す為にも無事に御戻り下さい」


 俺も…多分先代も、恩を売るつもりで行動してないから、恩返し云々は正直要らないんだけど…。

 でもまあ、素直に気持ちは受け取っておこう。


「はい」


 力強く頷いて返すと、見た目幼女のダークエルフの長は満足そうに笑って。


「ご武運を。新しき≪赤≫の御方」



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