6-1 蹂躙者の主
窓一つ無い薄暗い部屋の中。
辛うじて視界を確保できる光量を天井からぶら下がった魔導器が放ち、音も無く吹く風が魔導器を揺らせて、ただでさえ少ない光量を更に心許なくしているが、部屋の中にそれを気にしている人間は1人もいない。
そんな部屋の中で、机を挟んで2人の男が話している。
片方は椅子に座って楽しそうに寛いでいる少年。もう片方は、若干緊張した様子で対面に立っている隻眼の男。
少年は呟く。
「そうか。≪青≫が見つかったか」
何かを考えているのか、一定のリズムで指が机を叩く。
そんな少年の前で、隻眼の優男が直立不動で報告を続ける。
「グレイス共和国の南方、妖精族の森を“押し流し”、妖精を氷柱にして暴れていたようです」
「ふっふふ…随分な暴れっぷりじゃないか? 後先も体裁もない、ただ力を思うままに振り回す純粋なる強者の姿だ」
「あるいは、ただの子供ですか?」
「はっはっは! そうだな、お前の方が芯を射抜いているかもしれんぞ?」
「恐縮です」
主たる少年に会釈程度に頭を下げて、更に男の報告は続く。
「現在はエメルを見張りに付けていますが、随分勘の鋭い継承者らしく、追いかけるだけでも苦労しているようです」
「ほう…」
楽しそうだった雰囲気が一瞬だけ消えて、少年の思考が急速回転する。
「エメルには隠密行動に適した調整をしてある…それでも勘づいているのは、流石“原色”と褒めるべきところか」
「報告では、すでに魔人の姿への変化も確認されていますし、注意は必要でしょう」
「そうだな。だが、できれば鬱陶しい≪黒≫が行動を起こす前にはどうにかして置きたいものだ」
「はっ…。≪黒≫だけは我等の力を持ってしても太刀打ちできない可能性がありますので…」
己の不甲斐無さに顔を歪める隻眼の男を、少年は鼻で笑った。
「フン、元々お前達は原色を相手にするだけの力は与えていないんだ。そんな事で一々傷付くなよ鬱陶しい」
「申し訳ありせん」
その時、部屋のドアが控えめにノックされる。
「エスぺリアです。頭首にご報告があって参りました」
「入れ」
少年の許しを貰って、ピンク色の髪をした女が入って来る。
主たる少年の部屋に入る事への緊張感。それと、絶対の主でありながら愛おしい…そんな禁断の愛情を本人を目の前にして再確認し、高揚したように顔が若干赤くなる。
隻眼の男は、普段の甘ったるい空気を纏っている女の姿を思い出して、「こんなしおらしい姿は逆に気持ち悪いな…」と内心で溜息を吐く。
「頭首様、ご機嫌麗しく存じます」
スカートの端を摘まんで、自分を綺麗に魅せるお辞儀をする。
「挨拶は要らん。報告は何だ?」
突き放すように言葉だが、エスぺリアにとっては少年が自分に向けた言葉は全て愛の囁きと同義である。
「はい。≪青≫の襲撃した妖精の集落に例の≪赤≫が現れたようです」
「ほう…」
少年の表情に変化はない。が、反応を返す程度には興味があるらしい。
「周囲には私の手駒を配置していますので、必要ならばいつでも排除可能です」
「いや、その必要は無い」
「え…?」
おもむろに椅子から立ち上がると、自分の背後に広がっていた光の届いていない部屋の奥に目を向ける。
「行くの?」
暗闇の先からハッキリとした少女の声。
「ああ、そろそろ挨拶をしに行こうか?」
「そうね。野放しにして置くには危険なんでしょ?」
コツコツと床を鳴らす音が暗闇の中から3人に近付いて来る。
暗闇の先にいる女に向かって、エスぺリアが敵意と全開の殺意を帯びた視線を頭首たる少年に気付かれないように向ける。
「ああ、とてもね」
「じゃあ、是非も無いわね」
暗闇の中から聞こえる答えを聞いて、少年はクスッと壊れたような笑顔を浮かべる。
――― ≪赤≫の継承者に待つのは悲劇ではない、少年を最高に楽しませる喜劇だ。その舞台も、役者も、全てが少年の手元に揃った。
だから、そろそろプレゼントしに行こう―――…
「それじゃあ行こうか? 俺の偽物の所にさ」
「ええ」
魔導器の光が届く場所にようやく声の主が歩み出て来た。
スラッとしたアスリートのような肢体の―――黒髪の少女。
少年は嗤う。
≪赤≫の持ち主に是非プレゼントしなければならない。
――― 最高の絶望を