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5-29 魔神の足音

「ほ、ほ、本当に行ってしまわれるのですか!?」


 エメラルドと部屋の外で待機していた2匹を俺の中に戻して休ませ、「じゃあ早速行くかー」と迎賓館を出たのが20分前の話。

 一応お別れくらい言っとくか、と広場でまだお祭り騒ぎを続けている亜人達に近付いたのが間違いの始まりで、酒臭い連中に一瞬にして取り囲まれて無駄に騒がれた。「もう里を出るから」と騒いでいる連中を解散させようとしたら、全員が泣き出して俺をなんとか引き止めようと縋って来る。

 えぇーい、鬱陶しい!


「どうして立ち去る等と仰るのですか!? 我等の事が気にいらないと言うのなら、貴方様の望むように如何なる事も改めます!」


 じゃあ、その(へりくだ)った態度止めろや。……なんて、正直に言えないですよね…?


「そんなんじゃねーっつうに…。次の用事があるから行くだけだよ…」


 若干安心したように、酒臭い安堵の息を漏らす。

 ダメだ、酒臭過ぎてコイツ等が単なる通りすがりに絡む酔っ払いにしか思えねえ…。


「で、では帰って来てくれるのですね!」


 と目をキラキラさせているのは昨日の空で会った……子作り云々の翼人の女の子…。

 大体、帰って来るって、オメエここの住人じゃねえだろ!?


「まあ、そのうちな………」


 今のところ予定にはないけど、まあそのうち来る事になるような予感はしている。何かあった時は、亜人の力を借りるような事もあるかもしれないしね。


「良かったぁ」


 花が綻ぶように笑う。

 そんなに喜ばれると、こっちも帰ってこようって気になるよなあ。こう…何て言うの? 新妻に見送られる旦那の気分…的な?


「マスター…」


 うちのロボメイドに無茶苦茶ジト目で見られた。

 べ、別にやましい事は考えてねえよ!? 女の子に見送られて、良い気分で出発する時があったって良いじゃないっ!!


「鼻の下が伸びています」

「の、伸びてねえよっ!? 言いがかりだ!!」

「そうでしょうか…」


 これ以上話しているとド壺に嵌りそうだ…さっさと脱出しよう。


「行くか…」

「はい」


 若干白い視線をコッチに飛ばしながらパンドラが頷く。

 集まっている亜人の中にフィリス兄の姿を見つけたので、ついでに伝言を頼んでおこう。


「隊長さーん」

「≪赤≫の御方、どうなされました?」

「俺等、里離れるんで族長さんに宜しく言っといて下さい」


 今から直接言いに行っても良いんだが、昨日のあの時間に起きてたって事は、今寝ている可能性がある。俺が行ったら起きて対応してくれるだろうけど、わざわざ起こしてお別れ言うのもなぁ…。


「あと、少しの間フィリスお借りします」

「不肖の妹ですが≪赤≫の御方の力になれるのならば、これに勝る誉はありません。フィリス、お前は我等エルフの―――亜人全ての代表として≪赤≫の御方に仕えるのだぞ!」

「はいっ、兄様! お任せ下さい!」


 命を惜しまず頑張りそうなフィリス(二日酔い)と、それを羨ましそうに見ている周囲の亜人達。

 そんなに俺……と言うか、≪赤≫の力になりたいのか…?

 亜人達って、もしかしてこういう教育を昔っからされているのだろうか? だとしたら、凄まじく恐ろしいな亜人……≪赤≫を宿してる俺1人にとっては…だけど…。


「≪赤≫の御方! 万事、このフィリスに全てお任せ下さい!!」

「まあ…倒れない程度に頑張ってくれ…」

「はい! 全身全霊で御守りします!」


 なーんで、パンドラと言いフィリスと言い…命懸けで俺を護ろうとするタイプの女子が現れるんだろうなあ…。別に男子が女子を護るべき―――なんて言うつもりはねえけどさ…。

 そもそも女子のが男子より強いなんて、魔法があるコッチの世界じゃざらにある話だし…。

 とか考えていたら、俺の前にズイッとパンドラが歩み出る。



「お言葉ですが、マスターを御守りするのは私の使命です」

「………パンドラ、マジで止めて……。話がややこしくなる予感しかしねえから…」

「…はい」


 若干不服そうに下がる。


「じゃあ、俺等もう行くんで」


 手を振ってお別れしようとすると……、


「≪赤≫の御方―――いえ、アーク様!」

「ん?」


 突然亜人達が、己の胸に手を当ててお辞儀をする。

 それは心臓を―――命さえ捧げると言う神への祈り。


「本当にありがとうございました!」


 ≪赤≫に対してではなく、俺に対してのお礼。

 俺のやった事は間違いじゃなかったんだと、少しだけ誇らしい気持ちになる。


「うん。皆も元気でな」



 そして、俺達はエルフの里をあとにした。



*  *  *



 フィリスの【長距離転移魔法(ハイポータル)】でまずはグラムシェルドに飛ぶ。

 まあ、ここでの用事は10分で終わった。

 ギルドに行って国外に出るのを伝えて、あとはターゼンさんとこに顔を出して終わり。

 ああ、そう言えばターゼンさんの情報収集はもう少し待って欲しいとの事だった。まあ、そんなすぐには行かないのは分かってたから良いけどね。


 で、ここからもう一度転移で移動。

 行先は、隣の国のグレイス共和国の南方の森だそうだ。なんでも近くに大きな人間の町もあるそうなのだが、森の方には妖精達が幻惑の魔法や植物の力で守られているらしく、普通の方法では絶対に妖精の里まで辿り着けないようになっているらしい。

 なるほど、俗に言う“迷いの森”って奴か。

 お決まりと言えばお決まりな場所だが、実際に自分が行くとなると不安な事この上ねえな…。なんたって、相手は富士の樹海以上の迷いの森だからな…。

 まあ、コッチには案内人のフィリスが居るし、同族の白雪も居るから意外とスンナリ通れるかもしれんけど。


 そんな小さな不安を感じながら転移を終えると、そこには―――…


「こ、これは……!?」


 フィリスが、目の前の光景を現実と受け止められずにその場にペタンと座り込む。


「座ると尻が濡れるぞ」


 水浸しの地面……いや、そんなレベルではなく、地面の上に浅く水が張っている。土の地面なのに水が地下に落ちずに残っているって、どんな水の量だよ……。


「マスター」

「分かってる。こりゃ、宜しくない状況みたいだな…」


 俺達の目の前には、妖精達の住まう大くて雄大な森――――の残骸。

 薙ぎ倒された木々が、一方向に固まって山のように積み上がり、根こそぎ掘り返された地面には水が溜まり、そこら中に大きな水溜まりが出来上がっている。

 そして、視界一杯のかつて森だった場所には、至る所に巨大な氷柱が突き刺さっていた。


「どんな天変地異に襲われたらこうなるんだか…」


 それに、何だ…?

 ここら一帯の魔素が妙に薄い。元々薄い……いや、森が出来る場所は魔素が溜まりやすいし、こんなに薄いのはやっぱり不自然だろ。

 でも、目の前の惨状と合わせて考えれば、1つの答えが浮かぶ。

 俺の【魔炎】のように、魔素を直接消費するタイプの異能(スキル)を誰かが使った。それも、一帯の魔素が中々回復出来ないくらいの大規模な威力の物を。

 俺が惨状の分析をしていると、フードから白雪が飛び出して森の残骸に向かって飛んで行く。

 っと、そうだ! 考えてる場合じゃねえよ!? 森がこの惨状って事は、妖精族だって無事で居る訳がない、すぐに助けに行かねえと!!


「パンドラ、フィリス! 白雪を追うぞ!」


 俺が駆けだすと、即座にパンドラが続いて、少し遅れて座り込んでいたフィリスが着いて来る。

 森の中を走る―――けど…本当に森だったとは思えねえぐらいの有様だな?

 バシャバシャと浅い川でも渡ってる気分になる。

 辛うじて残っている木も、土砂降りの雨にうたれたようにずぶ濡れで、変に曲がっていたり、ピサの斜塔なんて目じゃないくらいに傾いていたり…どれも痛々しい姿になっていて、この森に起きた“何か”の壮絶さを物語っている。


 突然白雪が方向転換をして、倒れている木の下辺りを気にするように周囲を飛び回り出した。


「下に誰かいるのか!?」


 焦った様な肯定の思念が流れて来る。


「どいてろ」


 木の枝に手を引っかけて一気に持ち上げて横にどかす。

 

「よっ! …っと」


 木の下敷きになるように、50cmくらいの人形―――じゃねえ、もしかしてこれが大人の妖精か…?

 白雪の様な球の姿ではなく、ちゃんとした人のような形をしている。強いて白雪との同じ物を上げるなら、背中の蝶のような羽か。


「大丈夫か?」


 抱き上げると体が冷たい…。でも、死んでない…よな? 体の半分を水に浸けていたせいで体温が下がってるだけか。

 パーカーを脱いでその体を包む。


「……ぅ……人間…?」


 ボンヤリと開いたビー玉のような瞳が俺を捉える。


「マスター」「≪赤≫の御方!」


 追い付いて来た2人が俺の手の中に居る妖精を覗き込む。


「……あ、かの……御方…?」


 苦しそうに何とか言葉を絞り出す姿は、今にも死にそうで不安になる。白雪も心配そうに近付いて来て、俺の肩に止まる。

 

「………そう、ですか……貴方、さ、ま…が…≪赤≫…の」

「良いから、無理して喋んな」

「……偉大な、る…御方……どうか…我等を……御救い、下さい……」


 俺の制止を聞かずに更に口を動かす。


「……どうか―――」


 森に跡地に突き刺さる無数の氷柱。

 あの正体は分かってる。【魔素感知】で見たら一発で理解出来た…アレは魔素の塊だ。

 俺の【魔炎】は魔素を燃焼して消費するスキル。

 あの氷柱を作ったスキルは魔素を圧縮して凝固させる―――【魔氷】とでも言うべき物。

 俺と正反対の力。


「どうか……≪青≫の……魔神から……我等を…御守り………下さい」




五通目 亜人の守護者 おわり

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