5-27 ≪赤≫の御方
「誰かが意図的に戦争を起こした…?」
「とは言っても、私達にはその真偽は分かりませんが…。先代の≪赤≫の御方はそう感じる何かを戦争の中に見ていたようです」
「何かって?」
「そこまでは聞いておりません。ですが…あの方は、未来を視る不思議な異能をお持ちでしたので、それによって何か…我等には想像もできない何かを直視なさったのかもしれません」
未来視のスキル…ね。
そんな物を本当に持っていたんだとすれば、先代の行動はそのスキルで視えた未来に従って―――あるいは逃れる為の行動だった事になる……まあ、だから何だと言う話だが。未来なんて視えても碌な事になりそうにないから、俺にそんなスキルが無くて良かった…と思うくらいだな。
「…そう言えば、今思い出しました。確か、貴方の事も言っておられましたよ?」
「俺の事?」
「はい。自分の次の≪赤≫の継承者は、この世界を変える変革者だろう、と」
意味が分からん。
世界を変えるって…んな大層な存在じゃねーぞ俺達は…。
「ああ、それと…不思議な事を言っていました。たしか―――黒い髪の男と、銀髪の子供の姿が重なって視える、と」
「―――!?」
黒い髪って…それ、俺だよな? 600年前に死んだ先代が、俺とロイド君の姿を重なって視えてたってんなら、先代の未来視は本物だな!?
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない…他には何か言っていませんでしたか?」
「そうですね…」
目を閉じて、暫く記憶の糸を手繰る。
「関係あるかは分かりませんが、≪赤≫の力について尋ねた時に“4つの魔神は根源的にこの世界の敵対者だ”と……」
魔神がこの世界の敵対者…? まあ、確かにこんな化け物みたいな力、世界にとっては脅威になるだろうけど……。根源的にってどういう意味だ? 魔神の力はこの世界の創生の時に産み落とされた原初の力なんじゃないのか?
「他に思い当たるような事は…申し訳ありません」
「そうッスか…」
魔神の事を知れただけでも、俺には大きな収穫だったな。
それに亜人戦争の事も……。まあ、人と亜人のどっちが悪いかは、当事者でもない俺が口を出す事じゃない。けど、もし先代が言っていたように戦争を裏で煽っていた存在が本当に居たのだとしたら、そいつにはキッチリ落とし前をつけなければならないだろう。
……つっても、相手は600年前の人か亜人だ。目の前の族長さんのように長命な種族でもない限り今の時代に生きていないか。
「お話、ありがとうございました」
「いいえ。≪赤≫の御方に尽くすのは亜人全ての願いです」
そんな狂信者みたいな事言われてもコッチは困るんだが…。
「はぁ…」
「亜人戦争で≪赤≫の御方が現れなければ、今の世で亜人は人の下で奴隷となっていたでしょう。それを思えば、どれほど恩返しをしても足りません」
「つっても、それは俺じゃなくて先代の話でしょう?」
「ええ。ですが、分かりますよ」
「…何を、ですか…?」
「貴方が、先代の―――アリア様と“同じ”だと。私は、人の本質を視るような異能は持って居ませんが、それでも分かるのです。貴方が魔神の力を護る為に使う、世界の道標と呼ぶに足る優しく強い心の持ち主だと」
「………多分、買い被りだと思いますよ?」
「フフッ、もしかしたらそうかもしれませんね? でも、それでも私達は信じたいのですよ。あの優しき≪赤≫の御方の力を継承した人間もまた、優しく正しい人間である、と」
エルフを始めとした亜人達が俺に向けていた尊敬と信頼は、先代の頑張りによって生まれた物だ。
俺にとっては勝手に押し付けられた物ではあるが……それでも、その信頼を裏切る訳には行かねえよなぁ…。
「期待を裏切らないように頑張ります…」
「はい。頑張って下さい」
600歳越えの老人とは思えない無邪気な笑顔で言われた。
その後、外の世界について色々聞かれ…俺の今までの冒険譚を話して欲しいとせがまれ…気付けば屋敷を訪れてから2時間以上が過ぎていた。
この族長、本当に600歳越えの老人なのだろうか…? 見かけだけの話ではなく、俺の冒険譚を聞く時のキラキラした目とか、「おぉ!」とか「わあっ!!」とか言った反応を見ると、本当は見かけどおりに10歳くらいなんじゃないかと疑ってしまう。
終いには、話の途中で出て来たゴールド達に会いたいと言われて、外で待たせていたゴールドと、何かあった時の為に呼ばずにいたサファイアを出して引き合わせたら……
「モフモフだーっ!!」
とゴールドに飛び付き。
「おっきな蜥蜴だーっ!!」
とサファイアに飛び付き。
…うん。この人、本当に600年生きてるのかどうかは知らねえけど、精神年齢は多分見た目通りだ!
その後、「あれは、族長として周りの者に親しみを持って貰う為に―――(云々)」と良く分からない言い訳を必死にしていたのが余計にアレだった……。いや、別に良いんですけどね? 子供の姿で中身が成熟した大人よりも、見た目通りに子供で居てくれた方がコッチとしては気分が楽ですし…。
若干顔を赤くしたままの族長とお別れをし(去り際に皆には黙ってて! と釘を刺された)、ゴールドとサファイアを連れて里の中を夜風に吹かれながら歩く。
「少し夜空を観たいな…」
木々の隙間から見える星空が綺麗だな。けど、空で見たらもっと綺麗で視界一杯に観えるんじゃなかろうか? と思い立って【浮遊】で飛び立つ。
「ゴールド、お前はパンドラの所に戻ってな。サファイア、行くぞ!」
寂しそうに「クゥーン」と鳴くゴールドに後ろ髪引かれながらグングン上昇して行く。俺に遅れないようにとピッタリ後ろに追従してくるサファイアも中々のもんだな。
木々の間を抜けて空に出ると、視界を覆い尽くす星空が広がっていた―――…。
「ふぇええ…ここら辺は空気が綺麗なのかな? 星空がくっきり見える」
空を風の吹くまま漂いながら星空に見惚れる。
星の輝きが、巨大な空のキャンバスに散りばめられた宝石のように美しく光り、まるで「自分を見て!」と主張しているように感じてしまう。
足の下にサファイアがスルリと滑り込んで、俺の体を持ち上げる。
「なんだ、お前も乗っけてくれんのか?」
赤い鱗を撫でてやると「キューキュー」とどっから出してるのか良く分からない鳴き声で喜びを表現する。
が、その鳴き声は直ぐに止まり、何かを警戒するように目を細める。
サファイアが気にしている方に目を向けると、暗くて良く見えないが人影らしきものが3つ俺達に向かって来ていた。
いや、でも人にしては不自然な形を……って、羽? あっ! 翼人か!?
「サファイア、大丈夫だ。警戒解いて良いぞ」
安心させるように顔の横を撫でる。
少し待っていると、予想通りに男女の翼人が3人近付いて来た。
「≪赤≫の御方!」
空でもやっぱりこの感じか……。まあ、これは俺が慣れるべきなのか。
「どうかしたか?」
「えっ? あっ、いえ特に用事と言う訳ではないのです」
「は、はい! この近辺にまだ危険があるのではと見回っていた時に≪赤≫の御方の姿が見えましたので是非御挨拶を、と!」
「そーかい。それはご丁寧にどうも」
礼儀として頭を下げると、「恐れ多い!」とそれ以上に深々と頭を下げられた。
空の上でお辞儀し合って、何やってんだ俺等は…。
溜息を吐きたくなっていると、ふと1番後ろに居た翼人の女の子に目が行く。やけに顔を赤くして、チラチラと俺を見る。目が合うとススッと2人の陰に隠れる。
……まあ、その反応はさて置き、どっかで見たような…?
そんな俺の思考を呼んだように、前に立っていた男の翼人が隠れていた女の子を前に出す。
「そうでした! すみません用事はあったのです。今朝方のドラゴンゾンビ…いえ、魔竜エグゼルドとの戦いで我等の仲間を助けて頂き、ありがとうございました」
「なんとお礼を言えば良いのか!」
前に居た2人が頭を再び頭を下げると、隠れていた3人目の女の子も慌てて頭を下げる。
ああ、そっか! 竜の吐息を避けた時に、木の下敷きになりそうになってた翼人の子か!
「良いよ別に。俺が勝手に助けただけだ……っつか、俺の避け方が悪かったから危ない目に遭わせちまったんだし、むしろコッチが御免なさいだよ」
「そ、そんな事ありません!」
突然女の子が大声を出してビックリした! 何、いきなり…?
「あ、貴方様は、あれ程の強大な敵を前に、助ける理由も無い私を助けて下さいました! 悪いのは、足手纏いになってしまった私なのですっ!!」
「足手纏い云々は置いといて…。助ける理由が無い訳じゃねえだろ? 一緒に戦う仲間だったんだし。そもそも助ける理由が無くたって危なかったら助けるでしょ」
思った事をそのまま言っただけなのだが、翼人達は感動して涙を流し始めた。
……なんで、そーなるの…? 別に泣くような事言ってねえぜ?
女の子なんて、顔がクシャクシャになるほど泣いている…。別に俺が悪い事した訳じゃないのに、変な罪悪感が湧いてきそうだ…。
「や、やっぱり貴方様が≪赤≫の御方なのですね! 強く優しい我等亜人の守護神! わ、私、昔話にずっと聞いていましたっ! 亜人が危険が迫る時、必ず≪赤≫の御方が現れて助けて下さる、と!」
そんな話が伝わってんのかよ…どーりで、この反応だ…。
なんか頭痛くなって来た…もう帰って寝よう。
「良いよ良いよ、もうそれぐらいで…。君等の気持ちは十分分かったから」
だからこのまま帰って寝させて下さい。
「は、はい! 私、≪赤≫の御方はずっと女の方だと思っていたので、今まで考えもしませんでしたが、貴方様が男の方で良かったです!」
何で男の方で良かったになるんだ? そこはかとなく嫌な予感がする…。
「だって、貴方様の子供を孕む事が出来ますから!」
「さいなら」
速やかにサファイアを連れて【空間転移】でその場を後にした。