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5-26 魔神と600年前の真実

 目の前で俺に跪くダークエルフの少女。

 傍目に見たら、扇情的な格好の女の子が男の前で跪いて、とても言い訳出来ない状況だと思うの…。


「あの…とりあえず座って話しません?」


 この体勢のまま話すのは絵面が色々ヤバ過ぎる。


「そうですか。では失礼いたします」


 お互いに地べたに座って向かい合う。地べたと言っても、ここは大木の中をくり抜いた中なので、床は当然木だ。言う程冷たくないのはありがたい。ただ、座布団くらいないと足が痛くなりそうなのが問題だが…。


「改めてアークです。えーっと…貴女がエルフの族長さんですか?」

「はい。エルフの族長、エリヒレイテと申します」


 もしかして…とは思っていたけど、本当にこの子が族長だったのか…。


「貴方様にわざわざご足労いただき申し訳ありませんでした。ダークエルフの私がエルフの族長である事が知れると、あまり良く思わない者も多いので」


 床に頭をつける勢いで謝る。

 ……なんでエルフの1番偉い人まで俺に対してこんな感じなの…?


「ダークエルフとエルフのどうこうは俺には分かりませんけど、まあ、その若さで族長だとそりゃ周りから何か言われるでしょう…」


 あえて「幼い」と言わずに「若い」と誤魔化した俺の気使いっぷりはどーよ!

 だが、族長さんは口に手を当ててクスクスと笑う。

 ……なんで笑われたん…?


「若いだなんて、あまり老婆をからかわないで下さい」

「老婆って……」

「もう600年以上生きておりますれば、いつ冥府より迎えが来るやもしれぬ身です」

「ろっ―――!?」


 600!? 600年って6世紀ですよ!?

 エルフが長命とは聞いてたけど、こんなに長生きする種族なのっ!? だとするとフィリスとかって何歳なんだ……?

 ってか、ガチもんのロリ婆を初めて見た……。いや、そもそもそんなもんが本当に存在していた事が驚きだが…。


「まずは、里と森を守って頂いたお礼を言わせて下さい」

「いえ、それはもう散々里のエルフ達から言われましたから」

「そうですか。では、本題に入りましょう」

「ええ、どうぞ」


 どんな話が飛び出すのかと、真剣に聞く為に姿勢を正す。


「≪赤≫の御方。貴方様は、あの忌まわしき戦争の後始末に参られたのでしょう?」

「………はい?」


 何の話だ?


「やはりそうでしたか…」

「え!? ちょっと待って! 今の「はい」は肯定の「はい」、じゃなくて聞き返した「はい」だよ!?」

「では、違うのですか?」

「違うも何も、何の話してるのかが分かんないよ!?」


 そこで初めて族長が「おや?」と冷静だった顔を少しだけ曇らせる。


「かつての知識を継承し、それを頼りに里に訪れたのでは…?」

「違う」


 魔神憑きが知識を継承しているとか、その辺の事情は知ってるのか。


「俺がこの里に来たのは、偶然助っ人として声をかけられたからってだけだよ。それに、知識の継承云々は……ちょっと訳有りで、俺にはされてないんだ」

「なんと! ……では、あの戦争での事や、魔神の力に関する知識は…?」

「……全部持って居ない」


 一瞬驚いたような、悔しそうな、残念な顔を見せたがそれも一瞬の事で、すぐに仮面を被るように冷静な表情に戻る。


「そうでしたか。では、僭越ながら私が知り得る限りの知識をお話します」

「お願いします」


 俺の知識不足はかなり致命的なレベルだから、魔神や、かつての≪赤≫の継承者が関わった話を聞けるのはとても有り難い。


「まず、魔神の力についてですが、どこまでご存知ですか?」

「どこまで…と言われても、大昔から人の手から手に継承されていて、手にした者には恐ろしい程の力を与える物って程度しか…」

「そうですか。では、最初に魔神の力について少しだけ御話しましょう」


 ずっと俺の中でも疑問だった、この≪赤≫の力の正体が、ようやく分かる時が来たのか!

 謎が解ける事にワクワクする反面、正体を知る事に不安が湧きあがって来る。でも、これを知るのは俺の義務だ、ちゃんと聞こう。


「この世界の創生神話の始まりは、色無き世界に神が色を撒いて世界を創ったとされています」


 神話の始まりはどこの世界も変わらんな。

 俺等の世界の神話も、大抵は何も存在しない混沌から世界を創ったなんてのが話の始まりだ。


「この時、最初に世界に撒かれたのが風の≪白≫、地の≪黒≫、火の≪赤≫、水の≪青≫の4色。これが原色と呼ばれる魔神の正体と言われています」

「つまり、俺等の中に居る魔神は、世界創生の時に創りだされた原初の力…」

「はい、その通りです。ですが、何故原初の力が魔神と呼ばれ、人の手に継承されるようになったのかは分かっていないのです」


 力の根源である4つの“原色”の力が魔神になった理由か…。俺には想像もつかないな。


「手にした者に与えられるのは強大な力と、世界の運命さえも動かす権利。故に魔神を宿す者をこう呼びます―――“世界の道標”と」


 パンドラからその言葉の意味を聞いて、重さは感じているつもりだったけど……魔神の力の正体を聞いてからその言葉を突き付けられると、重さが違う…!

 俺“達”が今手にしているのは、この世界の始まりの力の1つなんだ…。

 思わず、ロイド君に縋るように心臓の辺りを強く握ってしまう。


「かつての歴史は、魔神の力によって築かれた歴史と言っても過言ではありません。力を継承した者が覇権を握り、あるいは討ち、あるいは壊し、あるいは護り、そうやって歴史は作られました」


 1度言葉を切ると、フッと何かを思い出すように遠い目をする。


「魔神によって作られる歴史が終わったのが、600年前―――忌まわしきあの戦争…」

「亜人戦争…ですね?」

「はい。戦争については何をご存知ですか?」

「それも特には…。亜人が人に喧嘩を吹っ掛けて、世界中で酷い戦いが起こったって…」


 あ…、それと皇帝の言ってた事もあるか。


「あと…≪赤≫が人間を裏切ったって」

「裏切った…ですか。そうですね、人の側からすればそう見えたのでしょうね…」

「え…? 違うんですか?」

「ええ。アリア様―――いえ、当時の≪赤≫の継承者だった御方は、人も亜人も誰もが戦う事だけを考える中、唯1人共生の道を探していたのです。故に、亜人が人の手に滅ぼされそうになった時に我等亜人を護る為に人と対立する道をお選びになったのです」


 戦争を止める為に、あえて人と戦ったって事か?


「……あの戦争は、口にするのも躊躇われる程悲惨なものでした…」


 この人、さっきから見て来たように……って、そっか…600年以上生きてるって事は、亜人戦争の経験者なんだ…。


「戦争が起こる前までは、人も亜人も手を取り合って生きていたのに……」

「…じゃあ、亜人はどうして戦争を仕掛けたんですか?」


 ふと疑問に思った事が口をついて出た。

 感情の抜けたような冷やかな目。そして、すぐにその表情が悲しみに染まる。

 鈍い俺でも分かる。不用意な質問だった! 

 慌てて謝ろうとすると、それを制するように族長さんが口を開く。


「亜人は人よりも優れた能力を持って居ました。ドワーフには製鉄技術や鍛冶技術が、妖精(フェアリー)は木や植物の深い知識が、我等エルフには魔法技術が。それぞれの種族には誇るべき高い技術や知識があったのです」

「……人にはそれが無かった、と?」

「いえ、人の長所を上げるのなら、我等亜人に比べればずっと短い寿命で様々な物を吸収する成長能力でしょうか。………ですが、それが人を増長させた…」

「…え?」

「人は短い時間で、亜人から様々な物を学び取りました。そして、ある日亜人に向かって言ったのです『我等人が管理してこそ亜人の世界は繁栄するだろう』と」


 は? 当時の人間は何を言ってんだ!?


「人が亜人に突き付けたのは、共生ではなく隷属でした。私達はそれを呑み込める筈もなく、人と争う決意をしました」

「え!? じゃあ、戦争の根っ子の原因は人の側って事かよっ!?」

「…………」


 あえて「そうだ」とは言わないのは、俺が人間だからと気を使われたからだろうなぁ…。


「話しを続けましょう。人が亜人から技術を学んでいたとは言え、それはまだ未熟な物。数でも能力でも亜人が圧倒的で、すぐにでも戦争は終わるだろうと思われていました。ですが、ある夜に現れたのです、3人の魔神が―――」


 やっぱり、そうなるよな…。

 亜人を襲った天変地異の正体は予想通りに魔神だったか。


「海が、天が、地が亜人の戦士達に襲いかかり、壊滅寸前まで追い詰められるまでに3日とかかりませんでした………。今でもあの夜を夢に見る事があります……本当に、恐ろしい光景でした」


 ≪赤≫の力1つだけでも、小国の軍事力を叩けるくらいの力がある。他の魔神の力が同等かそれ以上だとすれば、魔神憑き3人を相手にするなんて絶望的過ぎる…。


「そんな時に現れたのが≪赤≫の御方―――貴方様の前の継承者様です」

「でも、その人も人間だったんだろ? 良く亜人達に受け入れられたな…?」

「いいえ。最初はまったく信用されていませんでしたよ? 皆遠目に敵意に満ちた目をあの方に向けるばかりで、話そうとする者さえ居ませんでした。ですが、あの方が我等を護って戦うたびに少しずつ打ち解けていきました」


 先代の≪赤≫の継承者…。

 戦争の中にあって、唯1人共生を求めて足掻いた人。その為に、自分と同じ人と言う種に刃を向けてでも抗った。その行動に、どれ程の覚悟が要るのかは……戦争とは縁遠い平和な場所で育った俺には察する事しか出来ないが……ただ、尊敬出来る人である事だけは確かだろう。


「……先代は、どんな人だったんですか…?」

「強く大らかな心の女性でしたよ。皆の笑っている姿を見るのが何より好きで、良く私や子供達を見て遠くで笑っていたのを覚えています」


 懐かしむように天を仰ぐ。

 が、その瞳からポロポロと涙が零れる。


「ど、どうしたんですか!?」

「いえ、お気になさらないで下さい…。少し、あの方の事を思い出してしまって……歳をとるといけませんね? 昔の事につい涙腺が緩んでしまいます……」


 指で涙を拭うと、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。


「話を続けます。≪赤≫の御方のお陰で何とか戦局は持ち直したのですが、それに焦ったのは人間達でした。ある日、魔神を宿した3人が亜人達の集落を強襲し、≪赤≫の御方はそれをたった一人で迎え撃ち―――」


 拭った筈の涙がまた零れ、言葉を詰まらせる。

 急がせる事もなく、黙って涙が止まって話を再開させるのを待った。


「失礼しました。≪赤≫の御方は、その戦いで他の3人の魔神達と相打って、戦死されました……」

「……そっか」


 魔神憑き3人対1人なんて、普通に考えれば勝ち目はない。

 でも、先代は相討ちに持ち込んで亜人達を魔神の手から護ったんだ……。

 覚悟と執念のなせる業……なんて軽い言葉じゃ片付けられない何かが、先代にはあったんだろうな。


「その時の戦いで、人にも大きな被害が出たらしく、ここで初めて人は魔神の力の危険性に気付いたようです。その後、魔神の力を宿したままの4人の遺体は何処かに封印され、2度と継承者が現れないように厳重に管理されている……と風の噂に聞きました」


 それがルディエの地下だった―――あれ? アステリア王国の建国って550年くらい前じゃなかったっけ? 王都のルディエが造られたのが同じくらいだとすると、もしかして“逆”なのか?

 ルディエの地下に封印されていたんじゃなくて、封印の上に蓋をする為にルディエが造られたのか!? だとすれば、あんな空洞の上に街があった理由も分かる。


「その封印を破り、こうして≪赤≫の魔神を宿した御方が我等の里に来て下さっているのは、なんとも感慨深い物です」


 心底嬉しそうに笑う。

 ……もしかして、エルフや亜人達がやたらと俺に(へりくだ)ってるのって、その先代の働きの事があるからか? いや、絶対にそうだよね? だって≪赤≫の御方って皆呼んで来るし…!


「多少駆け足になりましたが、これが私の知る亜人戦争の話です。御役に立ちましたら幸いです」

「ああ、すげえためになってよ、ありがとう。……んで、最初に言ってた戦争の後始末って?」

「はい、それは先代の≪赤≫の御方が言っておられたのです。あの戦争は―――」


 不吉な何かが通り過ぎるように風が吹いて、木々がざわめき、休んでいた鳥達が騒ぐ。


「―――誰かが意図的に起こした物ではないか、と」



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