5-19 赤に仕える者
『つまらんぞ!』
苛立ったドラゴンが吼える。
さっき投げた火球の炎が、未だに鱗の上で燃えているって言うのに気にした様子はまったくない。
ゾンビ状態の時には炎熱で普通にダメージを与えられていた…って事は、前に情報として聞いていた通り竜の鱗には炎熱の完全耐性があるって事か。
その上物理攻撃も効かなくて、もうこれ手詰まってんですけど……って、前にもこんな事考えた事があったな?
ああ、そうだ。インフェルノデーモンと戦った時か。あん時は都合良くヴァーミリオンがあったから何とかなったけど、今回はそんなご都合は無い。俺の今ある力で乗り切るしかない!
あーもー体痛え。
『フン、期待はずれだったな! このような弱者が継承者とは、≪赤≫も選ぶ者を間違えたと見える!!』
「言ってくれんじゃねーの。俺はまだ負けてねえぜ?」
まるで、ボロボロの俺を―――弱い姿を憐れむような視線を向けた後、フンっと鼻で笑って一歩俺に向かって踏み出して来る。
『もう良い! 弱き者の相手は飽きたわ!! 貴様を殺し、周りに居る雑魚共を食らう事にするか!』
くっそ…後1分くらい待ってくんねえかなあ…? 正直、今ダメージ受け過ぎてちょっと体がガタガタなんですよ…。1分で何とかまともに動けるように頑張ってるから、ちょっと待ってよ…。
と言っても、俺の事情を聞いてくれる訳はないので一々口にしない。今は口を開くのもちょっとシンドイしね…。
どうする? いっその事、腹を括って【魔人化】で勝負するか? 魔人状態の超火力なら、あの鱗を抜けるかもしれないし。ただ、今のこんなガタガタの状態で何分維持出来るか分からないってのが不安だけど。そもそも、鱗を貫けなかったらその時点で終わるってのがリスクとしてでか過ぎる―――けど、このままやられるくらいならっ!!
覚悟を決めて、体を異形に作り変える言葉を口にしようと息を吸い込んだその瞬間―――光が走ってエグゼルドの体に当たる。
今の光!? 知ってる…いや、知らない訳がない。散々一緒に居て、何度も助けられた―――魔弾の光。
「マスターから離れなさい」
――― パンドラ!?
続けざまに両手に持った銃から魔弾が放たれる。
竜は避けない。それどころか防御する様子もなく、魔素の盾さえ張っていない。撃ち込まれる魔弾に対して完全な無防備。
だが、効いていない…!! 圧倒的で、無慈悲なまでの能力差。
魔弾を何十発、何百発撃ち込んでも1mmたりともダメージを与える事は出来ない。
『鬱陶しいぞ女!? 貴様から食い殺すぞっ!!!!』
ダメージは無くても全身に雨のように降り注ぐ小さな衝撃が邪魔なのか、首と前足を振って魔弾を散らす。
翼を大きく羽ばたかせて突風を起こしパンドラを吹き飛ばそうとするが、地面スレスレまで体勢を低くして耐えながら魔弾を更に撃ち込み続ける。
『チッ! よほど殺されたいらしいなっ!!!!』
俺に向かって来ていた足を止めてパンドラに向き直る。
このままじゃパンドラが殺される―――!? 「逃げろ!」と叫ぼうとして、パンドラが俺に視線を向けている事に気付く。
その、いつもの無感情な目が言っていた「早く逃げて」と。
ああ…! そうだよ、アイツはいつだって俺を護る為にこう言う事を迷い無くする奴なんだよ!
でも、だからこそ死なせない―――死なせたくない!!
『失せろ!!』
常人では捕らえる事が出来ない速度の踏み込み。
あの巨体があの速度で動く事で周囲に発生する衝撃波が、亜人も木も何もかもを吹き飛ばしながら、森の中を駆け抜けて行く。
エグゼルドがパンドラの目の前に辿り着くのに要した時間は1秒。
対して―――俺が転移で割り込んでパンドラを連れて逃げるのに要した時間はコンマ以下。
結果、竜の前足が何も無い空間を通り過ぎて終わった。
「マスター、何故お逃げにならなかったのですか?」
エグゼルドから10m程離れた位置で、俺の片腕の中に収まったロボメイドが首を傾げる。
「アホか。あのままお前を残して逃げる選択肢なんてねーよ」
「私はマスターを護る事が存在意義です。その私を助ける為にマスターが危険を冒すなど本末転倒ではないでしょうか?」
「関係ねえよ。身捨てたくないから見捨てなかった、そんだけの話だ。それに―――」
忌々しげに俺達に振り返る魔竜。
『舐めた真似をする!』
俺が目を向けたのはその足。
黒くて分かり辛いが、鱗が一部剥がれて中身の黒い魔素が露出している。
何が鱗を剥がしたのか? 決まってるパンドラの魔弾だ。
でも、それだけじゃない。鱗が剥がれている位置は、俺が叩き付けた“貫通”を付与した炎が残っていた部分だ。
つまり、俺の貫通効果を付与した炎と、属性効果を一点に集中している魔弾を合わせれば、あの鱗を剥がす事が出来る!
多分、本来ならこんな方法じゃあの鱗は破れなかっただろう。でも、受肉した時にアイツは言っていた。『今少しの時間で力が満ちようとしていたのだが、な…』と。
今のアイツは魔素を溜める時間が足りなくて、万全の肉体じゃないんだ。だから、最強の鎧である竜の鱗に変な攻略法が出来ちまった。
少しは勝機が見えた―――けど、問題がある…。パンドラじゃエグゼルドの攻撃に対応出来ないって事だ。
さっきもスピードに全然反応出来てなかったし、狙いがパンドラに向いたらその途端に終わる。
どうする…? パンドラにも俺と同等くらいの機動力を持たせる―――無理だな…。
いや、待てっ!
思いついた作戦がちょっと場違いな気がして、意味もなくパンドラの顔を見てしまう。
「どうかなさいましたか?」
「……あのさ、今から凄いアホな作戦を取ろうと思うんだが……付き合ってくれるか?」
「マスターの命令に従わない理由がありません」
いつも通りの無表情が無駄に頼もしい。
さっきまでの絶望的な気分を忘れて苦笑する。
「オーケー。今からお前にやって貰うのは、魔弾で奴の鱗を剥ぎ落す事だ」
「はい」
「ただ魔弾で狙うんじゃない。俺の放った炎を潜らせて当てて欲しいんだ、出来るか?」
「可能です。ですが、私では敵の攻撃への対処が難しいと判断します」
「それは考えなくて良い」
言ってから、ヴァーミリオンを鞘に納めて、パンドラの後ろに回って見た目に似合わぬ体重を「よっ」と抱き上げる。
「マスター、これは?」
「回避と防御は俺がやる。お前は魔弾ブチ込む事に集中しろ」
「かしこまりました」
………目の前には最強の生物たるドラゴン。多少勝機が見えたと言っても、絶望的な戦力差は変わってない。
そんな化物を前にして、メイドをお姫様抱っこして戦おうとしている俺は一体どんな●チガイなんだろうか?
でも、しょうがないよ。だって、これがパンドラの1番安全な方法だし。俺は両手塞がってても炎出せるから別に良いし。
『……おい、それはなんのつもりだ…!?』
「なんのつもり、とは?」
『貴様、まさかとは思うが、その女を抱いたまま戦うつもりか!?』
「そうですが何か?」
『喰い殺すぞっ!?』
「妬くなよ」
『……クァハハハハッ!!! 良いだろうっ!!! ここまでも侮辱を受けたのは初めてだよ!! 貴様をその女諸共粉微塵にしても治まらぬわ!!』
今まで以上の殺気が叩きつけられる。
やっべェ、ちょっと煽り過ぎたかも。
「パンドラ、怖いか?」
「いえ。マスターが一緒に居るのなら、相手が神であろうとも恐れる理由にはなりません」
腕の中に居るパンドラが、心なしかいつもより元気な様な……まあ、良いか。
「そー言えば、会って間もない頃にもこうしてお前を抱っこした事があったっけ…」
パンドラの眠っていた研究所からソグラスに帰る時に、素っ裸にマント一枚のコイツを抱き上げながらダッシュしたなぁ。
あん時は思わぬ体重の重さに超シンドかったー…。
「はい。マスターが大分お疲れになっていました」
「そーだな。正直、お前にダイエットでもしろって言いたかったよ…」
言ったところでどうしようもねえから言わんけど。
「ご心配には及びません。あの時よりもダイエットにより体重は軽くなっています」
「お前のどこに削ぎ落とせる肉があるんだよ!?」
「使用不能になった内蔵火器を破棄した分が軽くなっています」
「それダイエットじゃねえよ。軽量化じゃん…」
いつものようなやり取りをしている間に、色々考えて暗くなっていた思考が消えて、気分がニュートラルに戻っている。
さてさて、んじゃ始めますか!