5-18 竜の息吹
「マスター!?」
「来るな!」
俺を心配して駆け寄ってこようとするパンドラを一喝して止める。
「俺は大丈夫だからそこに居ろ」
今俺が1番怖いのは、エグゼルドの攻撃が俺以外に向く事だ。
スキルガン積みの俺ですらギリギリなのに、パンドラやフィリス…それに周りの亜人達がアイツの攻撃を喰らったらまず間違いなく即死コースだ。
可能な限りは助けに入るが、俺だって自分の事で結構いっぱいいっぱいだし、どこまでフォローできるかは分からない。
『どうした? 我は何人相手でも構わんぞ?』
「要らねえよ。テメエをぶち殺すのは俺の仕事だ」
1人で戦うのはシンドイ相手だが、周りを巻き込んで戦うのはそれ以上にシンドイ事になる。
『クァーはははは! では、再開と行くぞ!?』
言うや否や、スゥッと息を吸う動作。
――― 竜の吐息!?
どれだけの威力が出るのかは想像するしかないが、少なくても森の中で好きにぶっ放させて良い物じゃないって事は確かだろ!?
少しでも狙いを逸らせ!!
でも、どこに―――周りには囲むように亜人達が居る、どの方向に撃たせても誰かが巻き込まれる。
横軸がダメなら、縦軸に逸らせる!!
【空間転移】でエグゼルドの頭上に飛ぶ。
『芸の無い転移をするっ!!!』
俺の動きを追って首が真っ直ぐ上を向く。
ヨシ、狙い通り! ……とは思ったが、俺の逃げ場所が無い事に気付く。
『消え失せろ!!』
口から放たれる黒い光―――。
凄まじいまでのエネルギーの奔流。
直撃は―――死だ!!
ヒートブラスト…いや、もう間に合わねえ!? 何でも良い、とにかく威力を軽減させる!!
咄嗟に出せるもので1番速い攻撃―――炎だ!
周囲の魔素を炎が食い荒らす。
「ざっけんなっ!!!!」
極大の炎を、吐き出された黒いブレスに向かって放つ。が、エネルギーの質量が違い過ぎて2秒と立たずに炎が散らされる。
くっそ!! コッチの溜めが少なかったとは言え、こんなに力に差があんのかよ!?
【空間転移】でその場から逃げる。だが、ブレスの放射が俺を狙い続けている以上、地面には逃げられない。なんとか空中で捌く!
出来るだけ高い木を選んで、木から木に飛び移るように短い転移を繰り返してすぐ後ろを追って来る黒い光から逃げる。
俺の通った木の上半分が黒い光を浴びて消し飛び、残った枝葉が下に居た亜人達に降り注ぐ。
そんな中に元々折れかかっていたのか、それともこの戦いの衝撃で折れたのかは定かではないが、一本の巨木が折れて倒れる。その下には―――逃げ遅れた翼人の女!? 飛んで逃げるにはタイミングを逃している、もう間に合わない!
俺だって、フォローするような余裕はねえ―――けど、見捨てるなんて選択肢はない!!
隣の木を【魔炎】で発火させ【炎熱特性付与】で“吸引”を炎に付与。即座に特性を発揮し、倒れかかった巨木を炎に引き寄せて倒れる位置を大きくずらす。
「よし、これで―――」
他人の心配をしてる場合じゃなかった。
目の前に危機が迫っているのは俺も同じ。
――― 黒い光に捕まった
「マスターっ!!!」「アークさんっ!!!!」
ヤバい!? と思った時にはもう手遅れで、【火炎装衣】の防御を軽々と貫いて体中を黒い光が切り裂くように通り過ぎて血飛沫を噴きださせる、。
【空間転移】で逃れようとして気付く。
今は転移出来ない―――!?
魔人スキルは常に1つしか使えない。【炎熱特性付与】を使ってるから、【空間転移】が発動出来ない!!
「――――――っ!!!?」
痛過ぎて声も出ねぇ!
ただ、幸いだったのはブレスの放射が終わりに差し掛かっていたお陰で、致命傷を喰らう前に逃れる事が出来たって事だ。
黒い光の放射が止まり、その勢いで巻き上げられていた体が地面に向かって落下する。
……痛みと衝撃で頭が朦朧とする。
けど、このまま地面に落ちたらヤバいって事だけは分かる。
翼人が助かったのを横眼で確認してから【炎熱特性付与】を解除し、地面スレスレの所でなんとか【浮遊】で体を浮かせて着地する。
「ぜェ…ぜぇ……ハァハァ……」
全身に走る痛みを堪え切れずに膝をつく。
あっぶねぇ……ブレスに捕まった時は、本気で死を覚悟した。もうちょっと喰らってたら、三途の川にダイブしてたかもしれん。
っと、コッチに走ってこようとしていたパンドラに視線で「来るな」と釘を刺して、ヴァーミリオンを支えにして立ち上がる。
『どうした? もう限界か?』
「まさか。全然余裕ですし、このダメージはハンデですし」
余裕…ではないけど、まあ動きに支障はない。
足も腕も多少ダメージ食らったけど、このくらいならまだ我慢出来る。
にしても、あの黒いブレスはヤバいな…。さっきは光が弱くなりかけたところで捕まったからこの程度のダメージで済んだけど、最大放出してる時に喰らったら、間違いなく【火炎装衣】ごと削り殺されてた。
あれをもう一発撃たせる訳にはいかねえぞ!
封じるには、ブレスの届かない近距離で張り付くしかねえか。
【レッドペイン】を発動。射程拡張を切って、熱量を全部威力上昇に回す。
「はああああああっ!!!」
ダッシュで突っ込むと見せかけて、【空間転移】で距離を詰める。
『ふんっ!!』
「ぜぁああああっ!!」
迎撃に振るって来た左前脚をヴァーミリオンで斬って返す―――が、やっぱり刃が通らない!
今の俺に出来る最大限の物理攻撃でも鱗の防御は抜けねえか。
やっぱりダメだな、竜の鱗を貫通させる方法を何か考えねえと。
振り戻されたワゴン車並みの大きさの腕を避けつつ、ヴァーミリオンの熱量を解放する。
「この距離でならどーよっ!!」
目の前には野郎のどてっ腹。
一撃で両断するつもりで愛剣を振る―――!!
「焼き切れ!!」
俺の必殺の一撃。
クイーン級の魔物だろうと問答無用で屠って来た文字通りの必殺。
その放熱の剣を―――
『なんだこれは?』
黒い魔竜は、後ろ足で器用に受け止めていた。
『随分生温い攻撃をするな?』
「はっ―――!」
ヴァーミリオンから片手を離し、空いた手の中に炎を圧縮して火球を作る。特性“貫通”を付与!
「っらあああっ!!」
目の前にある後ろ足に火球を叩き込む。
『言っているだろう?』
避ける事無く火球を腕に受け、そのまま体を捻って尻尾を振る―――。
『攻撃が―――』
さっきと同じ、ヤバい!! 転移出来ねぇ―――!?
『温いわっ!!!』
避ける事も防御する事も間に合わず、【火炎装衣】の上から尻尾で殴り飛ばされる。
「ぐぁっ――――!?」
受け身を取れるだけの余裕がなく、2度バウンドして地面を転がる。
「…………痛ぇ……」
土を握りしめるように力を込めて体を起こす。
力の差があり過ぎて、ちょっと泣きたくなって来た…。
『まさか、この程度なのか?』
ズンッと地面を鳴らしながら、憤怒と憎悪の中に少し悲しみを混ぜながら言う。
さっき俺がブチ込んだ火球の残り火が、虚しく黒い鱗の表面でチロチロと燃えている。
「ったく、嫌になるね…」
なんとか立ち上がりながら1人で愚痴る。
――― こんなん、どう攻略すりゃ良いんだか…。