5-16 腐りし者…
尻尾を切り落とされて痛みを感じているのか、傷口から変な臭いのするどす黒い体液を撒き散らしながら暴れ回る。
うぇ…マジで嗅覚がダメにされそう…。
仕方なく【空間転移】で一旦パンドラ達の所に戻る。
「アークさん!? ドラゴンゾンビに攻撃が通じました!?」
「そりゃ通じるだろ…。通じるように攻撃してんだから」
「マスター、ご無事ですか?」
「ああ。まともな攻撃一発も貰ってねえしな」
ドラゴンゾンビの最大の弱点は、攻撃の幅が無い事だ。基本的には腐食の矢1つに頼った戦い方しかしない。あの黄色い煙も一応攻撃と言えなくもないけど、1度剥いだら使って来ない。連続使用出来ないのか、それとも俺に対しては無駄だと理解したのか…。
なんにしても、俺に避けれない、捌けない攻撃は1つもない。
防御の方も、不可視の盾は剥ぎ放題だし、噂の竜の鱗は使い物にならないみたいだし。
あの腐臭だけはどうにかして欲しいが、それ以外は別に気にする要素ねえな。
「臭い酷いし、これ以上暴れられても森に被害出るし、次でちゃちゃっと終わらせよう」
「はい」
「そ、そんな簡単に…」
だって、アイツ前評判程強くないんだもん…。
「やる事はさっきと同じだ。俺が野郎の盾引っぺがして、その隙に魔法を叩き込む。攻撃は俺が受けるから、お前達は倒す事だけに集中してくれ。お前達でダメそうなら俺が首を落としに行くけど、心構えとしてはお前達で倒す気で居てくれ」
「はい」
「分かりました!」
トドメは、出来れば散々コイツに苦しめられてきた亜人達に譲ってやりたいが、周りの方達全然首突っ込んでくる気配がないし、コッチで処理しちまっても文句は言われないだろ。
「んじゃ、さっさと終わらせて帰ろうぜ? この臭い、さっさと落とさないと染み付きそうで嫌過ぎる…」
「そうですね。マスターは若干臭いです」
「……俺が普段から臭いみたいに聞こえるから止めろ…!」
パンドラの気の抜ける一言に、良い感じに力みが消えたかな? 元々そんなに緊張も力んでもないけど…。
未だにジタバタ悶えているドラゴンゾンビに近付く。
俺の気配を感じて動きが治まり、ギロっと更に憤怒のボルテージの上がった目が俺を睨む。
体が左右に揺れているのは、尻尾が無くなってバランスが取れなくなったからか、それとも単純にダメージが足に来たのか…多分前者だな。
馬も丸呑み出来そうな大きな口が開く。
チカッと喉の奥から光が漏れる。腐食の矢―――じゃないっ!?
咄嗟に【空間転移】で逃げようとして、後ろに2人が居る事を思い出す。受けるしかねえかっ!
ドラゴンゾンビの口から放たれる、レーザーのように伸びる腐食の力。
出の速度が段違いに速い!? それに魔素量が矢とは桁が違う! 【魔炎】で焼いても、断続的に放出し続ける攻撃は焼き切れない。
だったら、コッチも同じ放出系の攻撃で相殺させる!
ヴァーミリオンの熱量を解放、刀身に纏わせて―――放つっ!!
「だぁあああああっ!!!」
ヒートブラスト。
俺の必殺とも言うべき技。
黄色い腐食の光と、ヴァーミリオンから放たれた見えない熱放射がぶつかる。腐食の力が熱量で魔素に分解されて辺りに飛び散る。
「くっ…!!」
一応拮抗した状態には持ち込んだけど、周囲の魔素を掻き集めて撃ってる分、持久力は相手が上。放射の撃ち合いは、どう考えてもコッチが不利だ。
けど、こんな相手に有利なパワー勝負を真面目に受けるつもりねえ!
「パンドラ、口狙え!!」
「はい」
俺の言葉に即対応のパンドラは、一秒と間を置かずに魔弾を放つ。
ただし、相手には魔弾を遮断する魔素の盾がある。盾を引っ剥がすのは、攻撃を押さえながらのこの状態ではちょっと無理。でも、魔弾を通す穴を開けるくらいなら―――!
視線の先、魔弾の射線を遮る盾の一部分を【魔炎】で焼く。
吸い込まれるようにその穴を通って魔弾がドラゴンゾンビに届く。口から放射を続ける奴は反応しない…いや、できない!
無防備に顎の下に爆裂系の魔弾を撃ち込まれ、強制的に口が閉じられ、口内で腐食の放射が暴発する。
「グッジョブ、パンドラ!!」
「御褒めに預かり光栄です」
熱の放射を引っ込めてから【浮遊】で体を浮かせ、ドラゴンゾンビの頭上を取る。
「燃え砕けろッ!!」
ヴァーミリオンから片手を離し、その手から炎を放つ。
炎を浴びた不可視の盾を構成する魔素が燃え出し、皮が剥がれ落ちるように徐々に盾が消失していく。
「畳みかけろ!」
盾が完全に消えた。
貼り直されるまでは約2秒、その間にケリを付ける!!
パンドラが両手足に高速射撃で魔弾を撃ち込み、地面に巨体を沈める。途端にそのタイミング狙って発動されるフィリスの範囲魔法。
「【カマイタチ】!!」
一瞬辺りから空気の流れが消え、静寂と共に空気の刃がドラゴンゾンビの体を一閃する。クジラの様な巨体を横に両断し、それでも止まらずに対面側ににあった巨木を3本斬り倒す。
…っておい!? 部外者の俺が森傷付けないように戦ってるっつーのに、エルフのお前がそんな感じの戦い方して良いんかぃ!?
いや、でも、森を多少傷つけてでも倒さなきゃって言う使命感があるのか…。
さて、ゾンビはどこまでバラせば死ぬのか分かんねえけど、体が2つに割れた今でも首は俺の動きを追っているって事は、まだ死んでない。
でも、首を落とせば流石に動かなくなるだろ!!
頭上から落下しながらヴァーミリオンを振り被る。
「終わりだっ!!!!」
割れた体が地面に倒れながらも首だけは俺に向かって反撃を試みようとしている。が、放っておいてもコッチに首向けてくれるのは、それを落とす側としてはありがたい!
蛇のようなニョロッとした首にヴァーミリオンの刃が食い込む。
このまま振り切って―――あれ?
スパッと首が空中を舞い、地面に転がる。
ドラゴンゾンビの巨体が地面に倒れ伏し、動かなくなる。
途端に、周りで静観していた亜人達が騒ぎだす。
「た、たお…した?」「ドラゴンゾンビを倒した!?」「やったっ!!!!」「終わったぞ!!」「森は護られたんだ!!」
喜びの声が辺りで聞こえる中、俺は嫌な予感を感じていた。
――― 斬った感触が無さ過ぎた。
まるで、豆腐に包丁を入れた感じに似ている。斬ったと言うより、刃が素通りしただけのような手応えの無さ。
「マスター?」
「アークさん! 討伐、おめでとうございます!! いえ、それ以上に、里と森を守ってくれて―――」
視線―――!?
「待った。それ言うのは早い!」
「え…?」
フィリスとパンドラを下がらせながら、ヴァーミリオンを構え直す。
「おいっ、テメエまだ生きてるだろ?」
ゾンビ相手に生きてるって言葉が適切かどうかはさておき、目の前のドラゴンゾンビはまだ生きてる…いや、動く!!
『臭う…臭うぞ…?』
声? ドラゴンゾンビの声、なのか?
お前喋れたんかい…っつか、臭うって、そりゃテメエ自身の腐った臭いだよ。
『これは、忌々しい―――≪赤≫の臭いだっ!?』
ドラゴンゾンビの目が開いた―――…。