5-14 ドラゴンゾンビ
進む程に、前から黄色い煙が波打つように迫って来る頻度が高くなる。
俺と後ろの2人は届く前に【魔炎】で煙を処理しているから良いけど、周囲の木々が煙を浴びて目に見えて萎れていくのは辛いな。って、部外者の俺でさえこう思うって事は、この森を愛してやまないエルフのフィリスにとってはどれ程の痛みなのか…。
お、50m先辺りで、魔法の炎や雷が黄色い煙の塊の中でチカチカしてる。
現場到着。まだ全滅はしてないよな?
そろそろ敵の攻撃の射程範囲に入ると思った方が良いか。
「2人共支援魔法あるならここで掛けとけ」
「バフ?」
って、ああそうか。自然とネトゲ用語使ってた…コッチの人間には伝わらねえよな。
「ああ…っと、支援魔法とか強化魔法とか」
「では、まずはマスターに」
魔弾ではなく通常詠唱で俺に魔法をかけようとするパンドラを手で制す。
「いや、俺のは良い。その分魔力は温存しといてくれ」
俺は能力強化なくてもそれなりに戦えるからな。スピード勝負になっても【空間転移】あるし、防御力は【火炎装衣】、攻撃力は【レッドペイン】で補えるし。いざとなったら刻印出すなり【魔人化】するなりすれば能力を爆発的に上げられる。
だから、俺の分の魔力は節約して、この先の戦いに備えておいて欲しい。肝心な時に魔力切れは洒落になんないからな。とかく、今回のドラゴンゾンビは俺の炎の通りが悪い可能性が高いから、他の属性で攻撃出来る2人には頑張って貰わないと。
「では、少々お待ち下さい」
ペコっと軽くお辞儀をしてから、自身に強化魔法をかけ始める2人。
耐久力上昇、硬度上昇、不可視の盾、速度上昇、ディレイ半減、詠唱速度上昇、その他諸々。
パンドラが肉体強化系の魔法しか持って居ないのに対して、フィリスは様々な支援魔法を持っているようで、パンドラにも必要そうな物は魔法を範囲化させて2人まとめてかけている。
さて、その間に俺は攻撃の手順を考えて置くか。
あの黄色い煙の塊、恐らくドラゴンゾンビ本体はあの中。その腐食の煙を引き剥がすのは別に難しくない。
問題なのはその先だ。2度のアタックで亜人達の攻撃を防ぎ続けた強力な不可視の盾と、近付いた者を問答無用で撃ち殺す音速の腐食の矢。
今のところこの2つを使ってる様子は見えないけど、あの隠れ蓑のような煙を剥がしたら使って来るよなぁ…。
盾も矢も1度見ないと何とも言えないが、矢の方は音より早いって言うし、対策考えるにしても一発受ける覚悟した方が良いかも…勿論【火炎装衣】で防御するし、避けれるなら避けるけど。
それともう一つ。森に出来るだけ被害出さないように戦うなら、エメラルド達は呼ばない方が良いな。エメラルドは木やら遮蔽物がある場所だと巨大な腕が振れないし、サファイアの火吹きは言うまでもないし、ゴールドに至ってはこの臭いの中でまともに動けるのかさえ怪しい。
「マスター、お待たせしました」
「いつでも戦闘に入れます! 急ぎましょう!」
2人共目の前で戦闘が始まっているから急いだのか、時間にして20秒もかからずに準備が終わった。
「んじゃ、サクッと混ぜて貰いましょうか」
先にドンパチ始めてる亜人達からクレーム貰わないように、さり気無く混ざる感じで行こう。
ドラゴンゾンビが俺達に気付いているかは分からないが、一応いきなり攻撃を食らわないようにコッソリと近付く。
黄色い煙を取り囲んで、色んな方向角度から魔法や矢が放たれている。
流石に腐食の煙に突っ込んで近接戦闘を試みようとするアホは居ないか。あの見るからに近接での殴り合いが大好きそうなドワーフでさえ、低級の魔法やらナイフ投げで離れて攻撃している。
煙のせいでダメージが通っているかは分からないな。でも、少なくても攻撃に怯んでる様子はない。ユックリだけど確実に里に向かって腐食の煙が移動してる。
さて、初手はどうするかな?
相手は腐っているとは言えファンタジー最強のドラゴンだ。警戒しても、し過ぎって事はないだろう。
周りで魔法を撃ってた亜人達が俺に気付いて一瞬嫌な顔をする。はいはい、戦闘中だからもうちょっと目の前の敵に集中しましょうね?
とにかく、俺の主力である炎がどの程度通じるのか確かめたい。警戒されてない初手で抜ける所まで貫いてみるか。
亜人達が一斉に魔法を放つタイミングを狙って、炎を圧縮―――球状にして【炎熱特性付与】で“貫通”を付与。
亜人の魔法に対しては、防御も回避もしている様子はない。…とは言っても、その判断材料は煙が変に動いていないってだけなんだが…。まあ、ともかくその警戒してない魔法の中に、俺の炎を紛れ込ませる。
亜人達の放った雷が、氷が、衝撃波が黄色い煙の中に吸い込まれて消える。が、何かに当たったような反応は返って来ない。
瞬間遅れて俺の炎を投げる!
「せー、のっ!」
俺の投げた火球が、ルート上の黄色い煙を構成する魔素を燃焼させながら中に居るであろう本体に突っ込んで行く。
煙に空いた穴の先で、火球が何かにぶつかる。恐らく例の不可視の盾。話じゃ今までの戦闘で亜人の攻撃を全部防いだ随分性能の高い盾らしいが、“貫通”付与の俺の炎で抜けるか―――?
不意打ちで、かつ貫通付与で抜けなかったら、何か対策考えなきゃダメだな。
そんな心配が頭を過ぎったが、火球はぶつかった見えない盾を難なく突破し、その更に奥の本体に衝突して赤い業火を撒き散らす。
そして―――周りの木々を震わせる程の咆哮!?
ドラゴンゾンビが吼えてる。そこから感じるのはどこまでも深い深い憎悪。
次の瞬間、黄色い煙が膨れ上がる。
森を全て呑み込もうかとするように―――。
「マズイ!? 全員退けっ!!」
フィリス兄が大声で全員に指示を出し、煙の危険さを知っている亜人達は一斉に背を向けて走り出す。
「フィリス、人の戦士達! お前達も逃げろっ、1度退いて体勢を立て直すぞ!!」
「俺等の事はお気になさらず。ほいさ―――っと!」
外に外に広がろうとする煙を炎で囲う。
「なっ!? 炎…!?」
逃げだしていた亜人達が突然噴き上がった炎に気付いて立ち止まる。
「焼き尽くせ」
炎が内側に向かって収縮を始め、閉じ込められていた魔素で出来た腐食の煙を全て焼く。
「何と―――!?」「これは…?」「あの人間がやっているのか!?」「この力はまるで…!?」
亜人達が警戒した足取りでソロリソロリと戻って来ながら何やら言っている。
亜人の皆さん。言っちゃ悪いが、あんまり戦力にならない事が判明したので、いっそ逃げてくれても良かったんだが…。
その間にも炎の収縮は続き、煙が剥ぎ落されて内側に潜んでいたその姿が炎の中に見えた。
シルエットで見ればドラゴンに見える。だが、炎に照らされたその姿は―――どうしようもない程腐っていた。鰐のような頭部の骨が半分露出し、口からは異臭の凄いどす黒い体液が止め処なく滴り落ち、体に張り付いている肉は元の色が分からない程に変色し、辛うじて所々に張り付いている鱗のような物だけが、かつての称号のように怪しく炎の赤を照り返している。
――― あれがドラゴンゾンビ…!
腐ったその体が、炎に押し潰されそうになった瞬間、頭部が俺に向く。
来る―――!?
炎を貫いて何かが俺に向かって飛んでくる。
黄色い腐食の力を圧縮して形作られた、音速の矢!?
速い―――けど!
「―――ぉらあっ!!」
ヴァーミリオンを振って腐食の矢を払い落す。直接触れるとオーバーエンドとは言え刃毀れさせられるかも知れないので、一応【レッドペイン】の射程拡張で作り出した擬似的な刀身で斬る。
速い事は確かに速い。正直、前もってこう言う攻撃がある事を知っていなかったら、食らっていたかもしれない。でも、逆に言えば来る事が分かっていれば俺なら反応出来る速度だ。
「ガガアアアアアアアアアッ!!!!!!!!」
ドラゴンゾンビが口からビチャビチャとどす黒い体液を撒き散らしながら再び吼える。
すると、その体を囲んでいた炎が弾け飛ぶ。
ジロリと片方だけしか残っていない爬虫類の目が俺を捕らえる。
どうやら、俺が1番の敵だと認識してくれたようだ。これで、周りの奴等の危険度がグッと下がる。
さて、始めようか!
「感謝しろ死に損ない! 火葬場に行く手間を省いてやる!!」