5-13 腐食のテリトリーへ
窓の前でへたり込んでいるフィリスの後ろから外を覗く。
森の中で黄色い煙のような物が噴き上がり、煙に包まれた木々が枯れて、力尽きたように地面に倒れる。
腐食の瘴気―――。
黄色い煙を纏った何かが、徐々に里に向かってユックリと動いている。
外では慌ただしく皆が迎撃に動き出し、足の速いと思われる亜人達は足止めに飛び出して行った。
コッチからドラゴンゾンビの所に行く手間が省けたな…ってのは流石に不謹慎か。
里のエルフの何割かは2度のアタックでまともに動けない程のダメージを負っているって話しだし、ここに踏み込まれる前には仕留めてしまいたいな。
「俺等も行こう」
「はい」
「は、はい! 急ぎましょう!!」
急ぎ足で外に出ると、丁度出撃の準備を終えた亜人達と出くわした。
丸っこい体形の小さい髭…ドワーフ? を先頭に、犬っぽい耳を頭に生やした獣人。下半身が馬のケンタウルス。背中に羽のある翼人。その他にも、どんな種族なのか判別できないのがちらほら。
総勢30名以上の亜人が一斉に俺達を見る。
「チッ…人間が…!」
亜人達の群れの中から聞こえる舌打ちと侮蔑の言葉。
誰が言ったのかは特定できないが、誰が言っててもおかしくない雰囲気を全員が纏っている。
「おい、人間! 亜人には亜人の戦い方がある、決して邪魔するなよ! 邪魔をすれば、お前達も敵と見なして―――!!」
「はいはい、邪魔しませんから勝手にやってくれ」
最後のセリフを遮って歩き出す。
それを言われちまったら、コッチも対応を変えなくちゃならなくなるからな。
「フンっ、小さくてもやはり身勝手な人間だな」
嘲笑の笑い声と共に俺達を追い越して騒ぎの起きている森の奥へと向かう。
「……アークさん、すみません」
「フィリスが謝る事じゃねえよ。パンドラ、お前も良く我慢したな?」
正直、いつ銃に手が伸びるかとヒヤヒヤしていたんだよ。
「はい」
「それに、あんだけ負けん気出してんなら、本当に俺等の出る幕なく終わらせてくれるかもしれねえじゃん?」
助っ人として呼ばれてはいるけど、別に俺等は率先して戦いたいって訳じゃねえしな? 別の誰かがドラゴンゾンビを討伐してこの騒ぎを終わらせてくれるなら、コッチとしては面倒が無くて万々歳だし。
「…それは、どうでしょう…? 前回のアタックも決して手を抜いて戦った訳ではありませんから。むしろ、死力を尽くした上での敗北と言っても過言ではありません」
……となると、少し気合いを入れたところで、あの亜人の戦士達が勝てる見込みは薄いって事か…。
俺の雑な戦力分析では、アイツ等だって弱くない…と思う。あれだけの戦士があの数揃えば、クイーン級の魔物の複数討伐だって出来るんじゃなかろうか?
でも、アイツ等は負けた。
ドラゴンゾンビの戦闘スペックは少なく見積もってもクイーン級の上位、もしかしたらキング級に届いているかもしれない。
………うーん…。
考えるのヤメヤメ! 相手がどれだけ強くたって、倒さなきゃならないのは変わらないんだ!
亜人達の背中を追うように森の中に足を踏み入れる
途端に―――
「うっ……臭っせぇ!?」
鼻が曲がりそうな悪臭が辺りに満ちている。
腐臭。
腐葉土やらの臭いじゃない…腐った肉の臭いだ!?
ドラゴンゾンビの放っている臭いなのか、それとも噂の腐食攻撃を食らった誰かの臭いなのか?
どちらにしても近いな。
「2人共俺から離れるなよ? 白雪、お前はパンドラと一緒に居ろ」
空気がピリピリしている。ここから先は―――戦場だ!
白雪がフードから出てパンドラのエプロンドレスに引っ込むのを見届けると、ヴァーミリオンを抜いて【魔素感知】と【熱感知】で周囲を窺う。
先に里を出た亜人達の気配が所々に散らばっていて、その気配に取り囲まれるように存在する巨大な魔素溜まり。恐らく、あの黄色い煙が魔素製だったんだな。
魔素溜まりを囲んでいた亜人達の気配が動く―――
同時に聞こえてくる大量の雄叫びと悲鳴。
ズンッと軽い振動、少し遅れて黄色と黒が混じり合った煙が津波のように俺達に向かって吹き飛んで来る。
あの黄色い煙は腐食の力を持ってるっぽいよなぁ…。とすれば、浴びるとただじゃ済まないよね。でも、魔素製の煙だってんなら怖くない―――!!
「俺の後ろに」
「はい」
「え…あ、は、はい!」
パンドラとフィリスを背中に庇うように一歩前に出る。
手の平を黒と黄色の煙に向ける。
「燃えろ」
やる事は魔物相手と同じだ。【魔炎】で、黄色の煙を作り出している魔素を燃焼消費して打ち消す!
黄色を全て炎の赤で塗り替えて、発火の衝撃で黒い煙も辺りに散らす。あとは、炎と熱が周囲の木々に引火しないようにヴァーミリオンで吸収して終わり。
「先におっぱじめたな」
「そのようです。暫く様子を見ますか?」
「いや、先を急ごう。なんだか嫌な予感がして来た」
ノンビリしてたら、亜人達が全滅しそうな予感がする。って言うか、多分するだろ。
俺も一騎当千……とは行かなくても、一騎当百くらいは強い…と思う。
俺等が行けば、戦況が少しは好転するでしょ。
「フィリス、お前はどうする? 里の防衛に残るか?」
「いえ、私も行きます! 守備隊としては里が手薄になるのは不安ですが、奴が里に向かって来ている以上1秒でも早く仕留めなければ!」
「分かった。けど、出来るだけ俺の後ろに居てくれ」
でないと、さっきみたいに護れないからな。
「で、ですが!?」
「マスターに従って下さい。それが出来ないのであれば、マスターの戦いの邪魔です」
「…っ!?」
また…相手の心臓をぶん殴るような事を言う…。けど、今回に関しては俺も同感だ。
ドラゴンゾンビが評判通りの強さなら、俺もあんまり周りに気を使えないかもしれないし。戦いの最中に同士討ちなんてゴメンだからな、危険は出来るだけ少なくしておきたい。
「わ、分かりました。アークさんに従います……」
フィリスだって、守備隊の副隊長なんて地位に居るんだ。それ相応に自分の実力に誇りも矜持もあるだろう。それでもそれを曲げて俺の指示に従うってのは、その方が勝率が高いと認めてくれたからかな。
「そ、それでその…アークさんに1つ聞きたい事があるのですが?」
「何? 小難しい事聞かれても、俺基本的におバカだから答えらんねえよ?」
周囲への警戒をしつつ、ドンパチやってる現場に急ぐ。
一応エメラルド達も呼び出す準備だけはしておくか。
「いえ、難しい質問ではないのです。アークさんはもしかして“炎使い”ですか?」
「ん? おう、そうだけど……珍しいな? 炎使ってるの見たら、大抵は炎術師って言われるのに」
「は、はい。実を言いますと、炎使いを名乗っていた方を知っているので、それでもしかしたら…と」
なんでそんな頬を染めて照れてるの…? 意中の相手ってオチ?
「ふーん…」
まあ、その俺以外の炎使い事は若干気になるけど、その話は戦いが終わった後にしよう。でも、2度も敗北した奴と戦う前にこんな話をする余裕があるのは良い事だと思う。