5-11 亜人と人と
剣が迫る―――。
ヴァーミリオンで受ける。立ち止まらず、すぐさま切って返す。
体を半回転させて、剣の持ち手を切り変えながら俺の剣戟を受ける。
なるほど、フィリスが強いって念押すだけあるわ!
この人、むっさ強いな!?
フィリス兄と戦い始めて5分、未だにお互いにまともな傷は1つも無い。
今のところは剣だけの勝負になっている。
コッチから炎を振り回すつもりはない。相手が魔法を放って来るならば選択肢として考えるが、出来る限り使うつもりはない。手加減云々の話ではなく、人に対してはあまり使いたくない、と言う話。
「中々の剣捌きだ! その幼さでこれ程の剣技を身に付けるのに、どれ程の修練を積んだのか是非詳しく聞きたいものだ、な!!」
刺突から軌道を無理矢理変えて横薙ぎに剣を振る。
器用な真似をしやがる! それ、手首と腕の筋肉痛めるんじゃないの!?
半歩引いて体勢を落とし相手の剣の下を潜りながら、ヴァーミリオンで下から跳ね上げる。
「悪いが修練の話は勘弁してくれ。話せるような事が何もねえからな!!」
「なるほど、意識はなくても体が技を磨き続けたと言う事か。噂に聞く無我の境地とやらだな?」
「……そーゆー話じゃなくてさ…」
追い打ちに振るった刃がバックステップで避けられる。
「フィリスが連れて来た戦士と言うのも、強ち間違いではないようだ!」
「理解してくれたなら、もう手止めて良い?」
この人強いから、怪我させないようにするのがシンドイんだよ…。
俺の言葉にニッと笑うフィリス兄。女子はこう言う顔でキャーキャー言うんだろうなぁ…。
腹立って来た…やっぱ一発くらい殴っとこうかな?
「いや、是非ともその実力の全てを見たい!」
言うや否や、剣から片手を離して空いた手で魔法を詠唱し始める。
そんなヤル気だされても、コッチの全力を見せる気なんて欠片もないんですけどね?
「【スプラッシュ】」
微かな振動を感じてその場を飛び退くと同時に、今まで立って居た場所に水が噴火したように噴き出す。
水系の魔法か、俺とは相性悪そうだな…。まあ、炎使わないなら関係ねーか。
長引かせてもしょうがない。ちゃっちゃとケリ付けましょうか!
「【ソニックブレード】」
この魔法は知ってる。グラムシェルドの野試合でフィリスが使ってた奴だ。
突風で動きを止めて、空気の刃で相手を切り刻む魔法だったな確か?
襲って来る暴風。
その場で踏ん張らないと、ロイド君の小さな体では簡単に飛ばされてしまうのはすぐに分かった。だからヴァーミリオンをその場に刺して体勢を低くして風の影響を最小限に抑える。
次に襲って来るのは不可視の刃。【火炎装衣】を発動! 炎が俺を包み込み、物理、魔法全てのダメージから俺の体を護る。何度か炎が空気の刃で煽られたが、それだけだ。俺へのダメージは一切無い。
暴風が弱まると同時にダッシュ。
「ッシ!!」
走るのに邪魔なので【火炎装衣】を解除。
相手のディレイの時間は1秒か2秒。
次を撃つより早く射程に捉える!
フィリス兄が次の詠唱を始めたが、後一歩でヴァーミリオンが届く距離だ。詠唱が終わるよりも、コッチの剣の振りの方が早い。
けど、相手だって馬鹿じゃない。詠唱しているのとは反対の手で剣を振り俺の動きの先を潰してくる。
が、剣の振り入った事で、もう体勢の修正は利かない。その瞬間を逃さず【空間転移】で背後を取る。
周りで見ていた亜人達が「あっ!」と悲鳴のような声をあげる中、パンドラだけが「予想通りの展開です」とでも言いたげな、ちょっと満足げな顔をしていた。
フィリス兄は目の前から俺が消えて背後に立たれている事にも気付いていないだろう。だから、フィリスの時よりも優しく…そっと押すように蹴る。
「ぐぁああっ!!」
でもやっぱり吹っ飛んだ…!?
あれぇ…? 俺の手加減のスイッチが馬鹿になってんのかな? 今のも、個人的にはトンっと押す程度のつもりで、蹴りとも言えないような物にした筈なんだが…?
「大丈夫ですか……?」
「う、うむ…」
フラフラと立ち上がる。が、明らかに足がガックガクしてるんですけど…!? ダメージが大き過ぎるよ!? ……まあ、2時間くらい目を覚まさなかった妹に比べれば大分ましか…?
「まさか、これ程とは思わなかったよ?」
「そのセリフは、認めてくれたって事で良いんですか?」
「うむ。少なくても、ドラゴンゾンビと戦うに値するレベルの戦士である事はな」
俺の人となりはまだ信用してませんってか? まあ、そりゃ仕方ねえか。人と亜人の問題は一朝一夕で片が付く程簡単な事じゃねえし。
「皆、聞け!! 今見ていた通り、この者は私に勝つ強者である! 我等の森を滅ぼさんとしているドラゴンゾンビとの戦いでは、きっと大きな力となるだろう!! 故に、この者達を里に滞在させる!」
周りに居たエルフ以外の亜人達は、納得がいかない顔のまま、何も言わずに平屋の中へと戻って行った。
エルフ達は苦々しげに俺を見ていたが、それでも自分達の森と里を護る為だと無理にでも納得したようで、やはり何も言わずに自分達の家に戻って行く。
「一応、滞在許可は取れた…って事で良いんですか?」
「うむ。皆不承不承と言ったところだろうが、一応な? 私自身、正直な気持ちを言ってしまえば、人間がこの里に居る事を素直に肯定する事が出来ん。今は人の力を借りなければ森も里も護れんとは分かっては居るのだがな…すまない」
「別に謝らんでも良いですよ。そちらの事情を少しは理解しているつもりですし、ヤル事やったらすぐに出て行きます」
「コチラの事情で呼んだと言うのに、気を使わせてスマンな?」
会釈する程度に小さく頭を下げる。
亜人が人に頭を下げるのって、多分物凄い勇気と覚悟が居る事なんだよな? フィリスもこの人も、それだけ必死って事か。こりゃ、俺もシッカリ働かないとな。
「兄様!」「マスター」
コッチの話が1段落するのを待っていたのか、2人が駆けて来る。
「兄様、どうでしたか? 私の見つけて来たアークさんの力は?」
楽しそうに笑いながら自慢げに聞く。
「ああ、そうだな認めるよ、お前の目は確かだ。私も全力で戦った訳ではないが、それでも其方の力の半分も引き出す事が出来た気がしない」
大正解! さっきまでの戦いは3割くらいで戦ってました。
って、なんでそんなにフィリスがドヤ顔してんの? お前の兄が、自分と同じ負け方したからか?
「それで、今すぐ仕掛けるんですか? そうじゃないなら、とりあえず一度食事を取りたいんですけど?」
夕飯食わずに来ちゃったからな。
コッチは日の高さで判断すれば13時か14時くらいだろうけど、俺等が元居た場所は19時っくらいだったからね。そろそろ夕飯食って寝る準備始める頃だ。
「アタックを開始するのは明日以降だ。今は奴の吐き出す瘴気が濃くて、まともに近付く事も出来んのでな? 恐らく、明日の陽が昇った頃には薄れ始めると思うのだが…」
「その時間にならないと分からないって事ですか?」
「そうなる」
「では、それまではアークさん達は私達の家で休んでいて下さい。今は客人用の家が、他の亜人達でいっぱいなので……その…人間の貴方達は一緒ではない方が良いでしょうし」
「お気遣いどーも。んじゃ、お世話になるか?」
「はい。問題ないかと」
* * *
大分早い夕飯を食べて、パンドラと2人で(白雪は亜人達に挨拶して来るとフィリスと一緒に出て行った)ドラゴンゾンビに関して少し話しておく。
「パンドラ、お前のデータベースにドラゴンゾンビの情報とかねえの?」
「ドラゴンゾンビ、ドラゴンがゾンビ化した存在」
「………」
「………」
「……え? 終わり?」
「…あと、とても強い」
「もう良いや…フィリスが帰って来たらアイツに聞くよ…」
「それが宜しいかと」
パンドラが用意してくれていた紅茶もどきの飲み物をいただく。
あー美味しい。
元の世界じゃ、紅茶なんてまったく飲まなかったけど、もし帰れたら色々な種類飲んでみたいな。
……まぁ、叶わない可能性高そうだけど。
「マスター、お聞きしても宜しいですか?」
「んー?」
白雪が柄を気に入って買ったカップを傾けながら、いつも通りに見えるパンドラの無表情を見返す。
「この依頼を何故御請けになったのですか?」
「なんでって、困ってるし?」
ジッと迷いの無いパンドラの目が俺を見る。「それだけなのか?」と無言の圧力が言っている気がする…。
「うーん…。人と亜人はすっげぇ仲が悪いだろ?」
「はい」
「俺がここで頑張ればさ、少しは仲良くなれるんじゃないかって思うんだよ」
「御言葉ですが、それは難しいかと」
「……そーだな。そんな簡単な話じゃない」
でも、もしかしたらそうじゃないかもしれない。
本当に人と亜人が仲良くなる為のキッカケにでも出来たら、俺がここに―――この世界に居る意味はあったんじゃないかって思えるような気がするんだよ。
まあ、そんな事パンドラ相手でも口にして言えないけど……。