5-10 エルフの里
行くと決まったら行動は早く、今すぐ出発となりました。
もうすぐ日が落ちるんだが……と思ったが、どうやらフィリスは【長距離転移魔法】が使えるらしく、それで一っ飛びでエルフの里まで向かうので夜歩きの心配はなかった。
即行で宿を引き払い、転移を人に見られないように町の外に出る。
「準備は良いですか?」
「おう」「はい」
「それで…その…転移をする前に謝っておきます」
「……え…? 何を…?」
「はい。知っての通り亜人と人はお互いを忌み嫌っています。今、里には我等エルフ以外の亜人も居ますがその点だけは変わりません。貴方方が里に入れば、亜人達が失礼な態度を取ると思いますので、先に謝らせて頂きます」
「ああ、分かった。パンドラ、お前も周りが俺に変な対応しても怒るなよ?」
「マスターがそう仰るのであれば従います」
大丈夫かな? 絶対勢いに任せて銃を抜く気がする。
「それともう1つ」
「まだあんの…?」
注意事項多くない? 小学生の遠足じゃねえんだぞ。
「助けを求めておいて失礼な話ですが、我等の里やそこに居る亜人達の事は他の人間達には秘密にしておいて下さい」
「それは、まあ、言われんでも言い触らすような事はしねえけど…なあ?」
「はい」
俺達2人の返答を聞いて頷くと、いよいよ転移魔法の詠唱を始める。
足元に白い魔法陣が広がり、ユックリと回転しながら陣の形が整わせて行く。
「では、行きます」
「はいよ」
「【長距離転移魔法】」
街道沿いの景色が揺らぎ、視界が暗転する―――
……………
…………
………
……
次に目を開けた時には、目の前には森が広がっていた。長い年月を過ごして来た事が分かる逞しい太い幹、青々と生い茂る葉が俺達を歓迎するように風に揺られて鳴る。
木々の隙間から見える空が明るい。さっきまで夕暮れだったのに……えらい時差のある遠い所って事か?
「ふぁー…まさに森の民の住みそうな場所だなあ…」
生えている木々の一本一本が立派だ。どれも、そこらの森じゃちょっと御目にかかれないレベルの太さで…なんちゅうか、世界中の森の主である木が集まって作られた森って感じで、凄え圧倒される。
はぁー…自然って凄いな…。この森が出来るまでにどれだけの時間が必要だったのか…。
「ドラゴンゾンビが出たって聞いてたから、森はもっと丸坊主にされちまってるかと思ったけど、意外と大丈夫そうだな?」
「いえ、転移後に即奴とエンカウントしないように反対側の森に転移したので、ここら辺がまだ無事、と言うだけです」
「なるほど」
“まだ”無事、ね…。ここら辺が潰されるのも時間の問題って事ね…。
「里に急ぎましょう」
「おう」
木漏れ日に照らされた幻想的な森の中を歩く。
森の中は結構歩いて来たけど、こんなに太くて巨大な木の並んだ森を歩くのは初めてだ。こういう森をどう言葉にすれば良いのか……。
「そんなに森が珍しいですか?」
「え? いや、こんなに立派な森は初めてだなって」
「それは、そうでしょう。この森こそ、我等エルフを育む揺り籠であり誇りなのですから」
心なしか嬉しそうに胸を張る。
この森はエルフ達の心の拠り所ってところか?
「マスター?」
「うん? どした?」
「一帯をセンサーでチェックしましたが、魔物も魔獣の影も発見出来ません」
「え? 嘘!?」
パンドラに言われて【魔素感知】を発動して辺りを窺う。が、確かに敵性存在が見えない。でも、魔素が薄いって訳じゃねえよな? っつか、むしろ満ちていると言って良いくらい濃い。
「この森って、こんなに平和なの?」
「いえ、普段は魔物も魔獣も居ます。ドラゴンゾンビが現れた途端に、その姿が森から消えたのです」
ドラゴンゾンビにビビって逃げ出したか……それとも、喰われたか、狩られたか。でも、戦ってる最中に横から邪魔が入らないなら有り難い。
それに魔素が濃いのも俺にはアドバンテージだ。【魔炎】が使いやすいし、【魔素感知】でより詳細なデータが取れる。相手が魔物なら魔素の濃さが相手の力にもなるが、今回の敵はゾンビだからな。
…っと。フードの中に居た白雪がフラフラと飛び出して、嬉しそうに黄色く光りながら森の中を飛び始めた。
「どうしたんだ?」
「妖精は木々と密接な関係を持つ種族ですので、この森が心地良いのでしょう」
「なるほど。白雪、外敵居ねえから安全だけど離れねえようにな?」
返事をするようにパタパタと1度俺の肩に戻って来る。
「見えましたよ。あそこが我等の里アルフェイルです」
木造の平屋が何件か並んでいるが、多分コッチは御客様用の建物だろう。
大木を繰り抜いて作った木のお家…これがエルフの住居だな。大木の間に渡された頼りない梯子を今も平気な顔してエルフの男女が歩いてるし…。
しっかし…こんな女児向けのお人形ハウスの本物を見る機会があろうとは…。
「副隊長!」
入口で見張りをしていた若そうなエルフがフィリスの姿を見つけるや否や手を振って大声をあげる。仲間が戻って来た事が嬉しくて騒いだんじゃなくて、それを里に居る皆に知らせる為に大声を出したみたい。
だが、嬉しそうに笑う顔が、後ろに居た俺達を見て一気に険しくなる。
「ただいま、パリル。里に異常はないか?」
「は、はい! ………本当に人間を連れて来たのですか…?」
見れば分かる事をあえて聞く。
言葉の裏で「人間を里に入れるのか?」と言っているのが丸分かりだ。俺達が目の前にいるから、一応オブラートに包んだのか? ……いや、違うな。フィリスが目上だから、直接的に言うのを躊躇ったってだけか。
「ああ。人の世界で見つけて来た戦士達だ」
「このような幼子と女がですか!? 副隊長正気ですか!? 相手は、ドラゴンゾンビなのですよっ!? このような幼く頼りない…まして人間が戦力になる訳がありません!」
見張りのエルフの声を聞き付けて平屋から色んな亜人達が、幹の家からエルフ達が顔を出した。そして、皆一斉に俺達の―――人間の姿を見て顔を歪める。怒りで、あるいは蔑みで。
「パリル、お前の言う事も分かる。だが、この方達…特にアークさんは私が―――!」
「何の騒ぎだ!」
場を支配していた雰囲気を突き破るような鋭い声。
見ると、奥の平屋から1人のエルフの男が近付いて来ていた。
美系も美系…ふつメンの俺としては、若干嫉妬心さえ覚えてしまうハリウッド俳優みたいな美系の男。体も相当鍛えられているのか、かなり筋肉がシッカリしている。エルフってもっとヒョロッとしてるイメージがあったんですけど…。
「誰?」
コッソリとフィリスに聞くと、
「守備隊の隊長だ」
「……って事はお偉いさんか…」
守備隊ってのがどの程度偉いのか分からないけど、まあ1つの部族の中でその護り手をしてるんだから相当偉いんだろう……多分。
「フィリスか。良く戻った、待って居たぞ」
「はい、ただ今戻りました兄様」
「兄様って!? えっ!? 兄妹!? 隊長と副隊長が兄妹なのっ!?」
無駄に騒いでしまった俺の事を、ジト目で観察して来る。その目から読み取れる感情は「コイツ大丈夫か?」だな。はいっ、大丈夫です!!
「そちらは?」
「はいっ。人の世界より来て頂いたアークさんとパンドラさんです。それと―――」
言葉を切って俺に目くばせする。
ああ、はいはい。
里に近付くや否やフードに隠れてしまっていた白雪を摘まんで引っ張り出す。
「妖精の白雪です」
「妖精が人と一緒なのか!? まさか、捕らえられ―――!?」
いきなり腰の剣に手を伸ばして臨戦態勢になる。ついでに、見張りのエルフも遠くでコッチの様子を窺っていた亜人達全員も、だ。
本当に人間の事ちっとも信用してねえんだな…。
「兄様、皆、早とちりしないで! 白雪は自分の意思でアークさん達と一緒に居るのです」
「………本当にか? 人間達にそう言えと言われたのではないか?」
「我等亜人を救いし御方の名にかけて、本当の事です」
「…そうか」
フィリスの説得で剣から手を離す。が、視線はまだ疑いの眼差しを俺に向けて来ている。
「それで、その者達を連れて来たのはどう言う事か説明しろ」
「説明も何も、人の力を借りるしかないと兄様も納得したではないですか!?」
「それに関しては納得した。確かにこの状況では人の手さえも借りなければ森と里を護れん。それは良い。だが、このような子供達を連れて来たのはどう言う事か、と聞いている!」
「決まっています! 彼等がドラゴンゾンビを倒しうる程の強者だからです!」
「フンっ! 何を馬鹿な事を。我等エルフのみならず、亜人の中でも選りすぐりの強者を集めても倒せない化物だぞ!? このような子供に何が出来る!?」
上から叩き付けるような言葉に、フィリスが押し黙る。
はぁ…もう…ピンチなんじゃねえのかよ!? こんな事してる場合か?
「俺の事を子供子供と言うなら、勝負してみるか? 俺がアンタ等の中で1番強いのと戦って勝ったら、フィリスの言葉を納得しろ」
「……っ!? 人間がっ! 隊長に不遜な口を―――」
俺に掴みかかろうとした見張りの男を、隊長さんの手が制する。
「パリル良い、下がれ。確かにその子供の言う通りだ。実力に疑問があるのなら、身を持って確かめるのが一番早い。では、私が相手をさせて貰おう」
「兄様がですか!?」
「何か問題か?」
「……い、いえ…」
「そう言う事で良いかな?」
「ああ」
スペースを取る為に里の広場まで移動する事になり、先を歩く美系のフィリス兄に着いて行く。
「アークさん、気を付けて下さい。兄様は、私とは比べ物にならない程の強者です」
「そーかい」
一応準備運動がてら手首を回しておく。
「そんな軽く…! 良いですか、兄様は次期里長となられる方なのです!」
「だってさパンドラ」
「はい。それはとても凄いですね? と感想を返しておきます」
気負いも無いし、負けるつもりもない。
まあ、強いて言うならフィリスの時よりもちゃんと手加減しねえとな…。