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5-9 エルフの女戦士

「ただいまー」

「お帰りなさいませ、マスター」


 俺が宿に戻って来ると、ベッドには例のローブのエルフの女が寝ていて、それを見張る様にパンドラが向かいのベッドに腰掛けて銃の手入れをしていた。

 寝かせるのに邪魔だから、とパンドラがローブは脱がせて枕元に畳み、人の前では頑なに隠し続けていたエルフの証である長い耳も今は露わになっている。

 物語に出てくるエルフと言えば美系の象徴だけど……なるほど、これは綺麗だな。


「目、覚ましたか?」

「いえ。昏睡状態のまま変化はありません」

「そっか。………一応聞くけど、死んでないよな…?」

「はい。私の機能では脳波の計測までは出来ませんが、ただ気を失っているだけかと」

「……ちょっと強く蹴り過ぎたな」

「あれだけ目に見えて手加減されたにも関わらず目を覚まさないのは、この女が弱過ぎるせいだと判断します」


 お前は本当に容赦ねえな!?

 若干呆れつつ、座る場所がないのでパンドラの隣に腰を下ろすと、フードの中に居た白雪が「疲れた」と思念を飛ばしながら硬そうな枕にダイブしていた。


「ああ、そーいや、ターゼンさん一家がお前に宜しくってさ」

「はい」

「馬車無くなったから暫くはこの町に居るって。とりあえず知り合いに頼んで小さな空家借りて生活するとさ」


 白雪が預かってた荷物も全部纏めてその空家に置いてきたが、荷物だけで借家の中のスペースの4分の1くらいが潰れてしまった。

 生活スペースが狭過ぎて、マーサさんとマールさんが2人で泣きそうになっていた。見兼ねて「もう少し白雪に預かってて貰いましょうか?」と言うと、これ以上は迷惑をかけられないから、と丁重にお断りされた。


「そうですか」


 興味があるのか無いのか判断に困る返答。


「で、情報収集の件はもう少し時間がかかりそうだから、暫く待ってくれとさ」

「はい」

「まあ、あの一家も暫くは慌ただしい事になるだろうし、情報は気長に待とう」

「はい」

「…………」

「何か?」

「いや、別に………」


 コイツの淡白さは今に始まった事じゃねえしな。言ってどうなるって物じゃねえし、これはこれでパンドラの性格だと思って諦める。


「んぅ……」


 ベッドの上で寝かせていたエルフが身じろぎしながら目を覚ました。


「あ、起きた」

拘束魔法(バインド)をかけますか?」

「いや、要らねえよ!? ……どんな危険人物扱いだ」


 俺達が漫才のようなやり取りをしていると、エルフが寝転んだまま両目をゴシゴシと擦る。目をパチパチさせていきなりガバッと起き上がり、俺達の姿を確認した途端部屋の隅まで猫のような動きで飛びずさる。


「何やってんだ?」


 俺が聞くと、小さく肩を震わせてから親の敵のような目で俺を睨む。その視線の殺気を感じ取って、パンドラが銃を抜こうとするのを腕を握って止める。

 自分のワンドが無い事に気付き、手近な物で武器になりそうな物を探している。野生児みたいな反応するなコイツは…? エルフってこんな感じの種族なんだろうか?


「ここはどこだ…?」

「宿」

「私は、何故ここに居る…?」

「俺の蹴りで気絶したから、仕方なく運んだんだよ」

「………蹴り?」


 自分の気を失う寸前の記憶が曖昧なのか、不安そうに視線を泳がせて記憶の糸を辿っている。

 3秒待ってようやく俺と戦ったところまで記憶を遡れたようで、自分が負けた事を理解して、再び俺に殺気混じりの視線を叩きつけて来る。


「私は、お前に負けたのか…?」

「…まあ、そうなるか―――」

「圧倒的な敗北です」

「っ!?」


 本当にこのロボメイドは手加減ねえなっ!? ほら、もう! エルフが床に手をついて泣きだしそうな顔になってるし…。


「あー…その…気にする事ねえよ? なんつーか、俺が飛び抜けて人間離れしてるってだけだし…?」

「慰めるな! 余計に惨めになるだろ!」

「すいません…」


 なんだろう? 俺勝負に勝った筈なのに、なんでこんなに下手に出てんだろう?


「んで? お前さんはなんであんな所で野試合吹っ掛けてたの? 人間相手にエルフが喧嘩売るって、なんか事情があんのか? まあ、首突っ込むつもりねえから、言いたくねえなら言わんでも良いけど」


 俺がエルフと口にした途端に、慌てて自分のローブを確認する女。

 自分の寝ていた枕元にそれが畳んで置かれているのを見つけて、絶望したように膝を突く。


「もう…終わりだ…!」

「どんだけ絶望してんだよ!? 人に姿見られちゃいけない決まりでもあったのか?」

「馬鹿か貴様! 人と亜人がどういう関係か知らぬ訳ではあるまい! 亜人の姿を人に見られるとはどういう意味か、理解出来んのか!?」

「悪いがまったく理解出来んね? コッチはずっと亜人と旅してるもんで」

「なに?」


 枕の上でスヤスヤと眠っている白雪を起こさないように気を付けながら手の平に乗せて、部屋の隅で敵意むき出しのエルフに見せる。


「妖精の子供!? まさか、なぜ人と一緒に居る!?」

「コイツが森の中で魔物に襲われてたから、仲間の所に戻るまで一緒に旅してんだよ」


 寝息のように規則正しく明滅する白雪の体を指で軽く撫でてから枕にそっと戻す。


「………お前は、清い心を持った者と言う事か?」

「うーん…ノーコメントで」


 自分の心が清いか汚いかなんて、自分で判断する事じゃねえしな。

 俺の答えを聞いて、エルフの女は口元に手を当ててブツブツと呟きだした。


「…妖精が心を許す人間………それにあの強さは……」


 何やら忙しそうなので、パンドラと飯の相談でもしておこう。


「パンドラ、今日の晩飯どうする?」

「魚料理などいかがでしょうか? 港が近いので、新鮮な魚が市場に並んで居ました」

「お、良いね」


 野宿の時は魚なんて食べれないからな。

 と、今日の晩飯が決定したところでエルフの女の方も考えが纏まったようで、何かを決意した目で俺を見て来る。


「おま……いえ、貴方にお願いしたい事があります!」

「え…あ、はい」


 いきなり貴方呼びされると物凄い嫌な予感がする。

 俺が若干逃げ出したい気持ちになっていると、突然エルフが跪いて俺に頭を下げた。


「どうか、我等を―――エルフを御救い下さい!」

「え……?」


 ほーら、やっぱり嫌な予感が当たったよ…。

 人間と亜人の関係は、異世界人の俺だって聞いてる。

 600年前の亜人戦争で完全な敵対関係となり、戦争終結後はお互いに干渉しないように生活圏を分けて生きて来た。その関係の溝は、俺が考えるよりもずっと深いだろう。

 特にエルフは、その見た目の美しさと長命である事から、今でも人間に奴隷として囚われている者も多いらしいし…人間への憎しみは亜人の中でも一際だろう。

 そのエルフが人間に助けを求めに来たってんだ。そりゃあ、どう考えてもそうしなければならないところまでエルフが追い詰められているって事だ。


 とりあえず、床で跪かれたままだと話も出来やしないので、向かいのベッドに座って貰う。

 はい、仕切り直し。


「で、どゆ事?」

「はい。現在我等エルフは巨大な脅威と戦っています」

「脅威? 魔物か?」


 魔物相手なら、仕事としては楽だ。

 コッチは魔物殺しのスペシャリストと言っても過言ではないくらい魔物との戦いでのアドバンテージを持ってるからな。


「いいえ。我等を脅かす脅威とは“魔竜”」

「魔竜? ドラゴン?」

「はい」


 おー…ついに来ましたか? ファンタジー最強の生物ドラゴンさんが。


「正確に言えば、魔竜がこの世に残した残滓ですが」


 意味が分からず、先を促す。


「魔竜エグゼルド…古き時代に、さる御方によって討伐されたドラゴンです。ですが、奴は完全に滅んではいなかった! 滅び朽ちた肉体が今も我等の里を…森を襲っているのです!」


 死んだドラゴンの滅び朽ちた肉体。つまり、エルフを襲ってるのは―――


「それはドラゴンゾンビ、ですね」

「だな。俺も同感だ」


 死して尚現世に恐怖と破壊をばら撒く存在ゾンビ。その最上級とも言うべき相手がドラゴンゾンビだ。

 ゲームで出て来ると、大抵とんでもないステータスに設定されてて、倒すのにクソ程苦労するんだよなぁ…。まあ、ゲームによっては蘇生魔法一撃とかもあるけど…。


「知っていましたか。そうです、腐った肉のドラゴンが我等の森と大地を腐らせているのです。すでに、我等エルフの全戦力を持って討伐を試みましたが、情けなくもその圧倒的な力に敗北し……他の亜人達にも助力を願い、もう一度戦いを挑みました」


 結果は聞かなくても分かる。

 だって、それの討伐の助けを求めに来てるって事は…そーゆー事でしょ?


「ですが、亜人の力を結集しても敵わず…」


 ほらね。


「最後の手段として、人の強者に助けを求める…と言う意見が出たのですが…」

「反対されたんだろ?」

「御察しの通りです。ですが、それ以外の打開策が見つからず、里の者も他の亜人達も渋々ですが納得してくれました」


 本当に切羽詰まってる感じだな。

 もう、これ、話聞く限り最終防衛ライン破られる直前ぐらいのヤバい状況なんじゃないの?


「で、ああして野試合を吹っ掛けて強い人間を探していた…と?」

「はい。そして、ようやく見つけたのが貴方なのです! 私の全力を軽くあしらいう強さ、そして妖精が怯えずに共に居る清き心。貴方ならば、自信を持って里に連れて行く事が出来ます!」


 勝手に自信持たれてもねぇ?

 とは言え、見捨てるつもりもねえけどな。

 助けられる者は、人間だろうが亜人だろうが助けに行くさ。これも、この世界への罪滅ぼしだ。

 俺“達”の≪赤≫の力は、こう言う事の為に振るう。


「マスター、どうなさるのですか?」

「行く」

「共に来てくれるのですか!?」

「ああ。俺がどの程度助けになるかは保証しかねるが、それでも良いってんなら」

「申し分ありません、ありがとうございます!」

「そうか? それなら良いけど……って、そういやお互い名乗ってなかったな? 俺はアーク。コッチがパンドラ、そこに寝てる妖精が白雪だ」

「私はエルフの里<アルフェイル>の守備隊副隊長フィリスです」



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