5-8 野試合
広場で行われていた戦いが終わり、脳天を引っ叩かれて失神した男を周囲の人間が速やかに人垣の中に回収して行った。
ローブの女の方は、ワンドをクルッと手元で一回転させてから中央で仁王立ち。
何? 勝利のポーズ?
「よーしっ、次は俺だ!」
スキンヘッドの大男が槍を手に女の前に立つ。
ああ、次の挑戦者を待ってたのか。っつか、あの女ずっとこんな野試合してんの?
「良いだろう。かかって来い」
落ち付いた静かな口調で女が返す。
魔法唱えるたびに思ってたけど、この女若干アニメ声だな……。まあ、こういう特徴的な声の人間は大抵コンプレックスだって言うし、下手に突かない方が良いか。
「なぁおい! ただ勝負してもつまんねーだろ? だから賭けをしようぜ?」
「…賭け?」
「おうよ。俺が勝ったら、今夜は俺の相手しろ」
周りの野次馬が「ヒュー」「羨ましいねえ!」「そいつのはデカイから気を付けろよ!」と下種い声援を投げ込む。
「……フン、良いだろう。では、私が勝ったら貴様の下半身を2度と使い物にならないように潰すぞ」
「カッカッカ、良いねぇ! 俺は、そういう女を抱くのが好きなんだよお!」
空間を貫くように槍が走る。
何らかの強化魔法か、それとも槍事態に付与された特殊なスキルなのかは不明だが、男の手元から放たれた槍がとてつもない速度で女に襲いかかる。
初手でいきなり武器を手放す攻撃はハッキリ言って愚の骨頂だ。だが、相手が身構えるより早く、その一撃で勝負を決める自信があるのならば話は別。
あのスキンヘッドがそれだけの自信と力を込めて放った投擲槍。
女はローブをはためかせながら後ろにステップしながら、自分の前に魔法を設置する。
「【アイスウォール】」
氷の壁が立ち上がる。が、槍はそれを容易く貫通。
「【グランドウォール】」
地面が噴き上がり、壁となって槍を防ぐ。目に見えて槍の威力が落ちるが、それでも辛うじて壁を貫通。
「【ウォールオブプロテクション】」
3枚目は不可視の壁。物理、魔力を阻む高位の防御魔法。威力と速度を2枚の壁で殺されていた槍は、頼りない音を立てて不可視の壁に当たり……そして地面に落ちた。
周りで感嘆の溜息と歓声があがる。
俺も拍手の1つでも送ろうかと思ったくらいだ。
「完全に先手取られたのに、見事に相手の初手を潰したなあの女?」
「はい。戦闘能力に差があり過ぎて観るに堪えない戦いです」
そこまで言うか…? あのスキンヘッドだって頑張ったじゃん? まあ、こういう結果を考慮せずに一撃必殺を狙ったのはアホ過ぎるが…。
槍を失った男は、悪足掻きに何か魔法を唱えようとしたが、それよりも早く―――
「【ソニックブレード】」
ワンドを大きく横に振ると、風が巻き起こり男に襲いかかる。
突風に耐えようとその場で踏ん張った瞬間、体中に大小いくつもの切り傷が出来て、風に乗って赤い血が辺りに飛び散る。
「ぐぁっ!?」
「【グラビティ】」
風に押されて倒れかかった男の体が、地面に吸い込まれるように這いつくばる。立ち上がろうと腕を動かすが、地面に沿って動かす事は何とか出来ても、それを上に持ち上げる事が出来ない。
逆らう事が出来ない重力と言う名の圧力。
あの魔法の怖い所は、炎や冷気のように分かりやすい耐性が立てられない事だ。まあ、こっちの世界の人間にとっては重力なんて未知の力だろうしねぇ…。俺等の世界だって重力は色々解明できてない点があるくらいだし。
俺もラーナエイトであの魔法領主にブチ込まれたけど、あん時は重力に捕まる前に【空間転移】で逃げたからなあ。
まあ、これで男は行動不能だし勝負ありだろ。
が、ローブの女は手を止めなかった―――
「【バーニング・エクシード】」
女がワンドを空に掲げると、その先に炎が灯る。
炎は女の魔力を消費して、周囲の空気を喰らいながら瞬時に巨大な塊となった。
「おい…まさかとは思うけど、あれでトドメ刺しに行くつもりじゃねえよな?」
「それ以外にはないと思いますが?」
呑気に言ってる場合じゃねえよなコレ?
地面に張り付いてるスキンヘッドが、「あわわわ!?」と死に物狂いで重力から逃げようと頑張ってるし。
「燃え尽きろ!」
ワンドが振り下ろされると、先に集まっていた炎が渦を巻きながら男に襲いかかる―――。
「あああああああああぁあぁぁぁっ!!」
スキンヘッドの野太い悲鳴を聞いて………ったく、しょうがねえなあ…!
「行って来る」
「はい。お気をつけて」
飛び出す。
周りから止めようとする声と手が伸びて来るが、人間離れした身体能力で全てを置き去りにして、間一髪…炎が当たる前に男の前に走り込む。
「小僧、どけ! 死んじまうぞっ!」
おや? 厳ついスキンヘッドの見た目に反して意外と優しいオッサンなのか?
「ご心配なく、炎は―――」
ヴァーミリオンを抜いて、すぐそこに迫る炎に向ける。
さあ、飯の時間だぜヴァーミリオン!!
【炎熱吸収】が発動し、目の前に広がる赤を全て食い潰す。
「炎は、俺の意のままだ!」
野次馬達がシーンっと静まり返る。
皆…地面に寝そべっている男でさえ、俺の胸元―――首から下げたクイーンの駒に目が釘付けになって、口を開けて若干笑える面をしている。
その中でパンドラを抜けばただ1人、目を奪われなかった人物……ローブの女が俺に向かって口を開く。
「どう言うつもりだ?」
「どう言うつもりだ? じゃ、ねーよ! このオッサンの態度が悪ぃのは分かるが、さっきの魔法喰らってたら死んじまってたぞ!?」
「ふん、そのつもりで撃ったのだから当たり前だ」
カチンっ!
「テメエ、こんな町中で人殺しするつもりだったってか?」
「そんな事より…」
「そんな事ってなんだ、テメエ本気で喧嘩売ってんのか?」
俺の反応を無視して、真っ直ぐにワンドの先を俺に向ける。
「貴様は強そうだ。私と戦え」
戦闘狂か何かかコイツは?
いっその事、本気で一回ズタボロに叩きのめしてボロ雑巾にしたろかい!?
俺がイライラしていると、野次馬達がザワザワし始める。
「なあ、おい、あの子供?」「まさか、あれってクイーンのクラスシンボル!?」「で、でもあんな小さいクイーン級の冒険者居ないでしょ?」「いや、居るだろ!」「そうだよ、近々<全てを焼き尽くす者>が昇級してクイーン級になるって衛兵と冒険者が噂してたよ!?」「え? じゃあ、あの小さい子が!?」「さっきの見ただろ!? あんな巨大な炎を消しちまったんだぞ!?」「そ、それに走る速度も普通じゃなかったよね…?」「じゃあ、あれが9人目のクイーン級の冒険者…?」
………なんか、すげえ話の中心に立ってる…。
こりゃ、注目され過ぎて動き辛いってパンドラの言葉も馬鹿に出来ねえな…?
そんな周りの声は、俺の前に立つローブの女にも聞こえていたらしく…、
「随分名の売れた者らしいな?」
「売ってねえよ。周りが勝手に買ってるだけだ」
「だが、評判なんぞどうでも良い。私が求めているのは真に力を持つ者だ」
「そーかい。俺がお前の言う真の力とやらを持っているかどうかは知らないが、勝負を仕掛けた以上覚悟しろよ?」
「何…?」
「俺はお前とチンタラ殴り合うつもりはねえ。やるなら秒殺するつもりで行くぞ?」
「そんな小さく幼い姿で、言う事は大きいな?」
見かけが小さい事は放っとけ。あんまりそれに触れると怒るぞ! ……ロイド君が…。
野次馬達も、何だか俺が戦う事に期待してキラキラした目を向けて来てるな? あんまり人前で力を見せびらかすような真似はしたくないし、何より相手がそこそこやり手だって言っても、俺とこの女とじゃレベル差があり過ぎて本気出すと確実に殺しちまう。手加減の意味でもコッチで制限掛けとくか?
まずは……ヴァーミリオンは抜かなくて良いか。刻印と魔人化も必要ない。【バーニングブラッド】は、手加減しても殺す可能性があるから封印っと。あとは、まあ、適当に手を抜く感じで…。
「んじゃ、いつでもどうぞ?」
「ふん! 【短距離転移】」
女が消える―――現れるのは、俺の右斜め後ろ。【魔素感知】のお陰で空気中の魔素の小さな動きで転移先を読むのは案外楽だ。
多分転移から出ると同時に俺に向かって魔法を放つって感じか。
んじゃ、その先を行っとくか。【空間転移】っと。
「【フロストヴァ―――】なっ!? どこに!?」
「後ろだよ」
女の背中に向けて蹴りを放つ―――のをちょっと待つ。
「くッ!?」
女が魔法での対応を諦めて、慌てて振り向きワンドで体を防御するのを確認したら―――蹴る。
ワンドが綺麗に真っ二つにへし折れ、女の体がボールのように勢いよく飛んで行く。
「グアアアアアッ!!!!?」
うーん…手加減してもこの威力か。本当はワンドも折るつもりなかったんだけど、いつも魔物と戦う時のように全力でやれば良いって訳じゃないから加減が難しいな…。
って、ヤベッ! あの女立ち上がろうとしねえ!? もしかして強く蹴り過ぎたか!?
慌てて駆け寄る。
「お、おい大丈夫か?」
声をかけても反応がない。
……一応殺さないように手加減もしたし、防御の上から蹴ったが…。
体の具合を確かめる為に、ローブの頭の部分を脱がせ―――、
「……え?」
周りの野次馬が、ただ事じゃない雰囲気を感じて集まって来たので、慌ててフードを女の頭に戻す。
「マスター?」
「パンドラか? 丁度良いや、コイツ連れて宿に戻るぞ」
「その女も連れて行くのですか?」
「放置できないでしょ?」
「了解しました」
野次馬達に「今日はこれで解散!」と言って散って貰い、パンドラに手伝って貰って気絶している女を背負う。
パンドラを連れて宿を探して歩きだす。
宿を探しながら、さっきローブの下に見た物を思い出す。
――― 長い耳
この女は、エルフだ。