5-7 9人目の男
エントランスに下りると、全員の注意が俺達に向いた。
視線こそ向けていないが、俺とパンドラに注目しているのが分かる。
……なんでこんなに俺等の事気にしてんの…? ギルドマスターに直接呼び出されたからか?
まあ良いか、別に襲って来るって訳でもなさそうだし。
そのまま受付に向かって、ギルマスから貰った小箱を渡す。
「これが新しいクラスシンボルらしいから、登録ヨロシク」
「はい、畏まりまし―――たッ!?」
小箱を開けた途端に顔を引き攣らせ、手に持った小箱を落としそうになる。が、「落としたら死ぬ!?」みたいな顔で全身を使って小箱を手の中でなんとか保持する。
「し、失礼しました…!」
「いや…別に良いけど、大丈夫ですか?」
「は、はい! 私もギルドの受付の任を仰せつかって長いですが、クイーンのクラスシンボルを登録させて頂くのは初めてなので…少々興ふ……いえ、驚いてしまいました!」
“クイーン”の単語を聞いて、一斉に周りの人間の首が人形のようにグルンッと俺達に向く。
何!? 何この人達!? 何で一糸乱れぬ動きでコッチ見たの!? 気持ち悪い…ってか、怖いよ!?
「おい、聞いたか?」「今クイーンって言ったか?」「やっぱりか!」「あの小さいのが噂の…」「間違いない<全てを焼き尽くす者>だ!」「じゃあじゃあ、後ろに居るあの綺麗なメイドが<アイスメイデン>か!?」「噂以上じゃねえか!? なんだありゃ!? どこの御姫様だよ!?」「そろそろクイーン級に昇級するって噂は流れてたが…本当に昇級したのか!?」
周りの人間の視線を気にした様子はなく……と言うか、自身も周りと似たような視線を俺に向けている受付さんが、興奮したように顔を赤くしながら魔晶石で作られたクイーンの駒を手に取る。
「はぁはぁ…まさか、クイーン級の冒険者が生まれたこの日に受付をしていられるとは……ウフフ……私はなんて運が良いの! 虹の女神よ、貴女の恵みに感謝します!」
なんだろう…なんでこの人キャラ崩壊起こしそうなぐらいテンション上がってんだ…? いや、クイーン級が凄いってのは俺も分かってるけども…そこまでの事なの?
このまま放って置くと何時まで経っても終わらなそうなので、正気に戻る事を願って声をかけてみる。
「あの…とりあえずクラスシンボルに登録だけして貰えます?」
「え………? あっ……え? は、はいっ!! 失礼しました!」
正気に戻った途端に、今度は羞恥で顔を真っ赤にしていそいそと登録の為の魔法を順番に掛けて行く。まあ、この作業も昇級するたびに見て来たからいい加減見慣れた光景だ。
「こ、コホン。ええっと、まずはアーク様クイーン級への昇級おめでとうございます」
「どうも」
「今のうちに、クイーン級以上の冒険者に与えられる権利と義務をお話しますので、良くお聞きください。まず権利の話ですが、クイーン級以上の冒険者は他国への入国の際の審査を全て免除されます」
え…? 何それ超凄くない?
基本冒険者は1つの国の中でしか活動を許されていない。その為、他の国に行く時は商人やらの一般人以上の厳しい審査をされる。まあ、これは他国へ戦力や情報が流れ出る事を警戒してるって事なんだろうけど……。
「ただし、他国へ渡っても冒険者としてはアステリア王国の所属となりますので、その点は注意して下さい。それとこの国を離れる際には常にギルドに報告をお願いします」
ああ、はい……。
「権利の話でもう1つ。通常は侵入を許可されていない貴重な遺跡の探索、町や国が禁書指定している魔導書や歴史書等の閲覧、法外な依頼料の発生する危険な依頼の受注。その他色々な事が許可されますが、細かな事はコチラの羊皮紙に纏めてありますので、後でお読みください」
「…すげぇな。どんだけ優遇されてんの…?」
「クイーン級の冒険者の貴重さを考えれば当然です。アステリア王国内ではあくまで冒険者として扱われますが、他の国では爵位と同等の発言権を与えているとも聞きますし」
爵位…って事は貴族と同等って事か?
一般人がその権限を持つって、本来ならとんでもなく大変な事なんじゃないのか? ……まあ、そりゃあ、クイーン級の冒険者になるのも大変ではあるけどさ…。
「次に義務の話です。クイーン級を始め、一般の冒険者では太刀打ちできない強力な魔物や魔獣が国内に現れた場合は率先して対応して頂く事になります。現在この国にはアーク様御1人なので、全てをお任せする形になると思いますが……」
「うん。それは別に良いよ。言われなくても行くつもりだし」
「流石クイーン級の方ですね、頼もしいです。では付け加えてもう1つ。国内に留まらず、他国からの救援要請が入る場合がありますが、これもアーク様にお任せする事になると思います。ただ、他の国も大抵自国のクイーン級やキング級が居るので、外の事はあまり気にする必要はないと思います」
言うと、クラスシンボルを登録する最後の作業である、底に名前を刻む作業が終了する。
「アーク様。今日この日より、我等の国の護り手となる貴方に虹の女神の祝福を」
祈りを捧げるように両手を胸の前で組み目を閉じる。
一瞬室内の音が消えて、外の音が遠くに聞こえる。周りを見ると、ギルド内に居た冒険者達も同じようにお祈りしていた。
「では、コチラを」
差し出されたクイーンの駒を受け取る。
「今より貴方は、世界で9人目のクイーン級の冒険者です」
受付さんが宣言した途端に、周りで祈っていた筈の冒険者達がワッと立ち上がって、大騒ぎしながら俺達を囲むように集まって来た。
「すげえ! すげえよ!!」「本当にクイーン級の冒険者なのかよ!?」「ははははっ、やったー今日はなんてめでたい日なんだっ!!」「おい、今日はぶっ倒れるまで飲むぞ!」「是非付き合わせて貰おうか!」「グレイス共和国の連中め、どうだ見たか!! この国だって強者は居るんだぞ!!」「そうだそうだ! 散々下に見やがってよぉ!」
なんでこんなに喜んでるのこの人達…。
パンドラも、気にしてない風にいつもの無表情で立っているが、少し眉間に皺が寄っているところをみると相当煩わしいと思っているみたいだ。
「あの…この人達なんでこんなに騒いでんの…?」
一緒に大騒ぎを始めそうな受付さんに聞く。
「知っての通り、今までこの国にはクイーン級の冒険者が居ませんでした。それを他の国の冒険者達からは『国土の割にレベルが低い』と散々馬鹿にされていたんですよ? この国の冒険者が他の国に劣るのは、レベルが低いからと言うより単純にこの国の魔素が薄くて平和だからなんですけどね?」
ああ、そーゆー話ね。
まあ、でも、俺にはあんまり関係なさそうなので、いい加減騒いでる連中に魔法をぶっ放しそうなパンドラの手を引いてコソッとギルド本部から抜け出す。
幸い、騒ぐ事に夢中で渦中の俺達が消えている事にも気付かなかったらしく、通りに出ても追って来るような奴等は居なかった。
「……ったく、騒ぎ過ぎだっちゅーの」
「はい」
心無しかいつもよりシッカリと頷いた。
「でも、これで少しは動きやすくなるかな?」
手に持ったままだったクイーンの駒を歩きながら首紐に通そうかと思ったら、歩く振動で上手く通らねえ…。と思ったら、今までフードの中で大人しくしていた白雪がピョコッと顔を出して器用に球の手(?)で首紐に通してくれた。
「サンキュー」
自分の仕事は終わった、と再びフードに引き籠る。
「むしろ、注目を集めて動き辛くなるのでは?」
「………嫌な事言うなよ…?」
「申し訳ありません」
特にどこを目指すでもなく歩いていると、自然と中央広場に辿り着いた。
ギルドに行く時に見かけたお祭り騒ぎはまだ続いている。
「おっ、まだやってんじゃん! 見に行こうぜ?」
「はい」
今度は止められる事はなく、小さく頷いたパンドラを連れて人垣を掻き分けて歩く。俺は人に気を使いながら歩くけど、パンドラは結構容赦なく人を退かして進むもんだから、きっと周りから凄い顰蹙買ってるだろうな…。
で、広場の真ん中を見える位置まで辿り着く……って、まあ身長的に1番前じゃないと見えなかったんだけどさ…。
――― 戦っていた。
予想通りと言えば予想通りだったが、予想していたよりずっと激しい戦いをしていた。
片方はスケイルメイルを身に付けた男。片手剣と盾のオーソドックスな戦闘スタイルのようで、相手の攻撃を盾で受け、距離を詰めながら小さな魔法を放って牽制し、剣での一撃を狙う。
まあ、何と言うか教科書みたいな丁寧な戦い方をしている。
一方相手の方は皮のローブで全身を隠すように覆っているが……多分女…だよな? にしても、どっかの≪黒≫いのを彷彿とさせる格好だなぁ。まあ、流石に仮面までは付けていないが…。流行ってんのか? ああやって全身隠すの?
格好の評価はともかく、コイツが強いのなんの!
身の丈程もある不思議な木皮のワンドを振るい、魔法をバンバン放って居たかと思えば、相手に近付かれれば見事な杖術で捌いて相手に反撃しながら距離を取り、また魔法を連発する。
御見事。拍手の1つでも送ってやりたいね。
使う魔法も色んな属性を混ぜて相手に耐性を取らせないし、詠唱も早いし、ディレイのタイミングも管理している。
魔法使いって括りで言えば、俺が見た事ある奴の中で皇帝の次に強いかもしれない。
パンドラも強いけど、コイツは魔法使いって言うより銃士の印象が強いんだよなぁ。
でも、総合的な戦闘力で言うなら、あのローブの女とパンドラは結構いい勝負かもしれない。魔法ではパンドラが一歩劣るけど、魔弾の圧倒的な連射力と精密射撃があるからな。
とか考えてる間に勝負がついた。
最後は、ローブの女が放った火球で目くらましをして、短距離転移魔法で背後をとってワンドで脳天を殴り飛ばして終了。
魔法使いのくせに物理で決着しやがった…。