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5-6 ギルドマスター

「アーク様、お待たせいたしました」


 額に球のような汗を浮かばせながら、受付のお姉さんが戻って来る。ハァハァと荒い息を吐く姿が若干エロいが、この後に来るであろう展開を考えると、そんな馬鹿な事を考えてる場合じゃない。


「はーい」


 さて、いきなり暗殺者が首を取りに来るのか。それとも、意気揚々と外に出た途端に高位魔法が飛んでくる展開か? 真正面から冒険者が取り囲むって事は…まあ、有り得なくもないけど、可能性は低いだろう。相手が俺の正体に気付いているのなら、そこらの冒険者を差し向けたって無駄死にさせるだけなのは分かるだろうし。


「それで、新しいクラスシンボルは?」

「は、はい! …クラスシンボルをお渡しする前に、当ギルドマスターと隣国であるグレイス共和国のギルドマスターがアーク様にお会いしたいそうです」

「……え…?」


 予想外の展開に思考が一瞬止まる。

 ギルドマスターって事は、アステリア王国の冒険者のトップでしょ? しかも隣の国のトップまで一緒ってどーゆー事?

 お偉いさん2人の名前を使って誘い込むって事かな?

 いや、でもだったらここのギルドマスターの名前だけだせば良くね? あえてお隣さんの名前を出すって事は、もしかして本当にトップ2人が俺に会いたがってるのか?

 だとすると、俺がラーナエイトを消し飛ばした犯人だってバレてないんじゃないか? そんな危険人物に重要人物が2人も会うなんて危険過ぎるし…。

 迷っているのを横で感じ取ったのか、パンドラが小声で俺に聞く。


「マスター、如何いたしますか?」


 一瞬迷ったが、このまま曖昧な状態にしておく方が危険かもしれんなぁ。


「……会おう。ギルドが敵になるのかどうか見極めておきたい」

「はい」


 俺達がコソコソと会話をした事に、小さく疑問符を浮かべて困った顔をしているお姉さんに視線を戻す。


「分かりました。ただ、パンドラが一緒でも大丈夫ですか?」

「はい。パンドラ様はアーク様の片腕とも言うべき方ですので問題ありません」

「それならコッチは問題ないです。案内して貰えますか?」

「では、お2人共こちらに」


 未だに息の整わない受付さんに連れられて階段を上る。

 2階を素通りして3階へ。

 3階にある部屋は3つ。そのうち真ん中の部屋が目的の部屋のようだが……。両隣の部屋に数人の熱源…平常時よりも若干体温が高い。体が温まってる…言うところの臨戦態勢って感じ。こりゃ、気を抜かない方が良いな。


「パンドラ」

「はい?」


 部屋に入る前に、前を歩く受付さんに気付かれないように小声で話す。


「部屋に入ったら、絶対に俺から離れるな」

「はい。片時も離れません」


 もうちょっとムードがある時にそのセリフを言われたら、多少は嬉しいかもなぁ…。でも、俺等基本居る場所が殺伐としてるから多分無理だなあ…。

 心の中で溜息を吐いている間に、受付さんがドアをノックする。


「アーク様とパンドラ様をお連れしました」


 中から少しかすれた野太い声で「入れ」と返事を受けて、ドアを開けて俺達を中に促す。


「失礼します」「失礼します」


 俺達が中に入ると、受付さんが1度礼をしてから外からドアを閉める。

 部屋の中には男が2人。

 面接官のように1つの長机の左右に座っている光景は、何だか受験を思い出して気持ちが重くなる…。

 左の男はいかにも冒険者のトップ! と言う感じの彫りの深い厳つい顔の老年の男。

 右の男は対照的に丸顔の目の細い…何と言うか猫っぽい顔の若い男。

 さっき受付さんに返事をしていたのは多分左の男だ。って事は、あの怖そうなのがここのトップ…アステリア王国の冒険者ギルド本部ギルドマスターであり、俺達の管理者。

 会社で言えば、平社員と役員くらいの関係になるのか。

 下の者である俺達から挨拶するべきかと迷ったのは1秒程だが、その間に厳つい顔の男が先に口を開く。


「ご足労願ってすまないな。私がアステリア王国の冒険者を統括、管理しているギルドマスター、エドネス=クレファートだ。そっちに座っているのが―――」

「いいよ、自分の名は自分で言う。グレイス共和国の冒険者ギルドマスター、ビリー=アルザインだ、よしなに」


 パンドラに背中をツンっと突かれて、慌てて名乗り返す。


「アステリア王国の冒険者アークです」

「同じくパンドラです」


 礼儀として軽く頭を下げる。


「うむ。君達の活躍は聞いているよ? ダロスのインフェルノデーモン、ソグラスのギガントワーム、カスラナで変異型の影の指揮者(シャドウ・コンダクター)、この町に来る途中にもゲイルライダーを倒したとか。短期間でこれだけのクイーン級を討伐するとは、君は先が楽しみだな?」

「…どうも」


 褒めてくれているのは本当だろうけど、2人のギルドマスターの気が全然緩んでる感じがしない。多分、今2人共物凄く警戒レベルが高い状態だ。

 特にグレイス共和国のギルマスは、ジッと俺だけを注視したまま視線を外す様子がまったくない。


「それで、君は何故呼ばれたのか理解しているかな?」


 ラーナエイトの件だろう。


「…はい」

「では、手早く済ませようか? 君のクラスシンボルを」


 まずは冒険者の証を取り上げ、冒険者じゃなくす事でその後の処理で知らぬ存ぜぬを決め込むってか? 事件を起こした奴が、ニュースになる前に首を切られて、報道される時には無職になってるのと同じアレだ。

 この場でゴネてもしょうがないので、素直に首から下げていた白いルークの駒を差し出す。


「うむ。【ブレイクアイテム】」


 机の上にあった俺のクラスシンボルが粉々に砕け散る。

 内心冷や汗をダラダラ流しながらも、気付かれないように顔には平静の仮面を張り付けて、いつでもこの場から脱出出来るように【空間転移】する準備を始める。


「さて、これで準備は整った」

「そうだな? 今日は実にめでたい日だ」


 言いながら、ギルマス2人が一瞬視線を交差させてクスリと笑う。

 準備って…俺を仕留める準備か!? もしかして、俺が気付かないだけでもうすでに詰んでるのかっ!?

 くっそっ! めでたいって事はアレか? 危険人物が排除出来ておめでたいってか!?

 さり気無く下がって、後ろ手にパンドラの手を握る。パンドラも、俺が今すぐにでも行動を起こすつもりなのを察知してその手を握り返して来る。


「では、これを」


 エドネスが厳つい顔のまま、机の下から小さな小箱を俺に差し出す。

 ………コレは…爆弾か? いや、開けると意識を奪う魔法が発動して、昏倒したところを確実に殺しに来るって展開もあるか?


「どうかしたかね? 開けてみたまえ」


 チッ……くっそ、クラスシンボルを奪われたとは言え、体裁上は上司のギルドマスターに開けろと言われたら開けない訳にはいかない。ここで開けずに返したら、その瞬間に反逆者認定と共に敵として冒険者に狙われる生活が始まってしまいかねない。


「……はい」


 南無三!

 どうにでもなれ! っと、半分自棄になって小箱を開ける。

 中身は爆弾でもなく、トラップ魔法でもなく、中には―――


「クイーンの駒……?」


 今までの木製の駒ではない。宝石のように透き通る……いや、待った! この輝き、見た事あるぞ!? これって―――


「これ、魔晶石ですよね…?」

「そうだ。クイーン級とキング級のクラスシンボルは、共に無害化させた魔晶石を削って作られている。強者の証として、これ以上の素材はないだろう?」

「はぁ…」


 じゃ、ねーよ!!?


「これ、どう言う事ですか?」

「どう言う事とは? ギルドマスターが冒険者にそれを渡す意味は1つだと思うが?」

「いや…だって、俺が昇級したのってルークの黒でしょ?」

「ふむ、なるほど。君はクイーン級への昇級条件は知っているかな?」

「いえ、知らないです」

「では少し説明しよう。クイーン級から上は今までの昇級制度とは異なる。どれだけ依頼をこなしても、魔石を換金しても昇級する事は出来ない」


 言葉を切ると、その後を横に座っていた猫っぽいグレイス共和国のギルマスが引き継ぐ。


「条件は色々あるけど、主な物は3つ。1つ、ルーク級の黒である事。2つ、クイーン級の魔物を複数討伐した事がある。3つ、クイーン級の魔物を単独で討伐した事がある。以上を満たした者を、クイーン級の冒険者へと昇級させる」


 ……ああ、俺、今回の昇級で3つの条件全部満たしたのか。

 だから、コレ…?

 手の中にある小箱に収まる新品の透き通るクイーンの駒を見る。


「それを渡した理由は理解して貰えたかな?」

「はい……でも――――これは、受け取れません」


 ギルマス2人が椅子から落ちそうになるくらい驚く。

 まあ、そうだろう。

 クイーン級の冒険者。絶対の強者にして、同業者の冒険者のみならず一般人にとっても憧れの英雄的な存在。

 今までの旅の間も、何度もクイーン級の冒険者の凄さは噂話として聞いて来た。

 魔物に襲われる事と隣り合わせのこの世界の人達にとって、どんな魔物だって倒してしまう希望の星…それが、クイーン級の冒険者だ。

 ……俺は、そんな物を名乗れるような人間じゃない。


「それは、どう言う意味かな?」

「俺は、これを受け取る資格がありません。貴方達が知っているかどうかは分かりませんが、俺はラーナエイトを――――」

「おおーーーっと! エドネス、会議の時間じゃないか!?」

「う、うむ! そうだな、そうだった! では、我々はこれから早急に話し合わねばならない事があるので、すぐに退室してくれたまえ! おっと、そのクラスシンボルはまだ固有登録されていないので、受付に言ってして貰いなさい、ではな」


 あれよあれよと言う間に部屋の外に叩き出された。

 ……なんだ今のは…?


「マスター、先程はどうしてご自分からラーナエイトの件を御話しになろうとしたのですか?」

「ん? んー…なんでだろうな? 話す気なんて無かったけど……このクイーンの駒を返す上手い言い訳が思いつかなくてさ。だったら、正直に全部話しちまって全部判断をあっちに丸投げしちまおうかな、と。それでギルドが……人が敵になるってんなら、それはそれでしょうがねえかなぁってさ…。俺は“そう言う事”をしたんだから…」

「マスターは罰せられたいのですか?」


 ……コイツはたまに人の心のど真ん中をズドンッと突いて来るな。

 部屋の前で話していてもしょうがないので、階段を下りてエントランスに向かいながら話を再開する。


「…かもしんないな? 俺自身は生きて償うって覚悟も決意も固めたけど、あの件で巻き込まれた人達への謝罪も何もしてねえし……正体を明かさない限りそれも出来ないし…俺自身の罪の意識をどこに持って行けば良いのか、正直自分でも良く分かんねえんだよ」

「マスターは優し過ぎるのではないでしょうか?」


 どう言う意味だそりゃ…?


「マスターが、自分のした事について責任を感じるのが良い事なのか悪い事なのか、それは私には判断の出来ない事ですが、マスターが不必要に痛みを負う事はないと思います」

「そーなのかなー…?」

「はい」


 力強く頷くパンドラが、妙に頼もしく思えて…それがちょっと嬉しくて安心した。



*  *  *



 部屋から2人の冒険者が去ると、ギルドマスター達は安堵の溜息を漏らした。


「あー…何とか敵対する流れだけは回避できたな?」

「ああ。まさか、自分からラーナエイトの件を話そうとするとはな……」

「我々はあくまで知らぬ存ぜぬを通す。あの小さい彼がラーナエイトを滅ぼした炎の厄災(フレア・ディザスター)である事も知らないし、何も聞いてない」

「うむ」


 エドネスは、一息吐く為に紅茶でも入れようかと席を立つ。仕方なく隣国のギルドマスターの分も用意する。


「それでビリー、お前は彼をどう見た?」

「そうだね…。とてもじゃないけど、一夜で街1つを灰塵にした怪物には見えなかったな。其方は?」

「同意見だ。そもそも、私は彼を噂に聞く悪魔のような絶対悪だとは思っていないからな」

「消したのがラーナエイトだったから、か? あの街の評判はコチラの国にも響いていたよ。『安全が約束された永遠の都』そんな馬鹿な噂に踊らされるのは、自分で考えるのを放棄した間抜け共だけだ。少しでも頭が働いている奴なら、あの街がどれだけ怪しいのか理解出来る」

「そうだな。あの街については何か出来ないかと、私も色々手を回していたんだ。“夜”も大層歯がゆい思いをしていたようだし」


 ポットにお湯を注ぐと、花のような茶葉の香りが部屋に満ちる。


「ああ彼女か…」

「彼をクイーン級に推薦したのもな?」

「そうだったのか!? ……“夜”が他人を推薦するなんてな…。何か、2人には関係があるのか?」

「さてな? だが、まあ、そのお陰で下手に敵対せずに済んでいるんだから感謝はしている」

「ははは、だろうね! 相手は街1つを消し飛ばす、魔物で言えばクイーンの上位クラスの怪物だ。敵対なんて考えるだけでもゾッとするだろうよ?」

「他人事みたいに……隣国のお前の国だって火の粉が飛ぶぞ?」

「残念でした、私の国にはちゃんとしたクイーン級が居るからね。何かあれば、彼に討伐して貰うさ」


 淹れた紅茶を乱暴にビリーに差し出す。

 お互いに香りを楽しむ事も無く、カップを傾ける。


「…敵対するよりは味方に…か」

「エドネス、君の判断は正しいよ。私がこの国のギルドマスターだったとしても、同じ道を選んでいたよ」

「慰めは要らん。“夜”の言っていた通り、彼は随分あの件に罪の意識を感じているようだったし、野放しにするくらいなら自身の良心で首輪をさせて、手元に置いておくのが正しい。ギルドマスターとして1番危険の少ない決断をしていると言う自負はあるよ」


 少しだけ苦い顔をして、エドネスが残りを飲み干す。

 そんな様を見て、「ご愁傷様」と笑いながらビリーはカップを傾けた。

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