5-2 見上げた景色
ササル村を発って2日。
シスターの快方を見届けたら、村の周りの魔物と魔獣を倒してさっさと村を後にした。
村人達は俺達…特に俺の事を神の使いだ何だと持ち上げるが、コッチとしてはそんな大層な扱いをされるのも落ち付かず、村人に引き止められながら村を発った。
リーベルさんやシスターには念入りにお礼を言ったり逆に言われたりだったが、良い出会いだったと胸を張って言える。
さて、それはともかくこれからの話。
差し当たっての目的地もなくなってしまったので、とにかく情報収集をしたい。しかし、今まで通って来た町に戻ったところで、目新しい情報も手に出来そうにない。って事で、このままアステリア王国の東端…隣のグレイス共和国との国境を目指しながら、道中の町で情報を集めて行こう。
で、大雑把な方針も決めて「さあ元気だして行こう!」とやる気出していた時に遠くの空に大きな影を確認。
一目で魔物なのは分かった。そして―――それが何かを襲っているのも!
「先に行く!」
「はい」
パンドラ達に一言だけ残してすぐさま走り出す。
残して来たのはパンドラとゴールドと白雪。エメラルドとサファイアは、今は呼び出していないのでここに居ない。
パンドラがゴールドに跨ってすぐに後を追って来るが、【空間転移】しながら走ると、ゴールドの走る速度でも俺には追い付けない。
あの鳥の魔物に誰が襲われているのかは分からない。でも、助けに行かなくて良い理由はない!
* * *
燃えながら落ちて来る鳥の魔物―――チン●鳥は【レッドペイン】の赤い閃光に切り裂かれ、空中で体が縦に割れる。
どんだけ硬かろうと、速かろうと、【魔炎】で燃やして体を構成する魔素を減少させてやれば好きなだけ弱体化させられる。
悪ぃけど、魔物相手ならもう負ける気がしねえ!
空中で飛び散るチ●ポ鳥を形作っていた黒い魔素。炎が、一片足りとも逃がさぬように飛び散る魔素を焼き尽くす。
炎と魔素に紛れてキラキラと光る魔晶石が落ちて来る。
キャッチっと。
●ンポ鳥撃破完了!
…………にしても…、
「チン●鳥………センスねぇ名前だな…?」
溜息が出るほど、どうしようもねえネーミングだな。誰だよこんな名前付けた奴!? ちょっと出て来て反省しなさい!
「名付けたの自分だろ!?」
はい、スイマセンでしたッ!!!
魔物に襲われて倒れていた、ちょっとメタボ体形の男が律義にツッコんでくれた。
中々立ち上がらないからもっと弱ってるかと思ったら、意外と元気そうじゃん?
「大丈夫ですか?」
「え…は、はい」
手を差し出そうとしたら、足が震えて暫く立ち上がれなそうにないので、そっと手を引く。
「す、スイマセンが妻と娘を…!」
何とか震える足を抑えつけながら立ち上がろうと苦心しながら、離れた所に転がっている馬車を必死に指さす。
「わかりました!」
と元気よく返事をしたけど、実は確かめるまでもなく中に居る2人が無事なのは【熱感知】で見てるから知ってるんだよね。
俺がここに辿り着いた時には、すでに馬車の中の2つの熱源は震えて抱き合ってたし。むしろ外に放り出されてチン●鳥に狙われてたオッサンの方が危なかったぐらいだ。まあ、だからこそ俺はオッサンに張り付くように戦ってたんだけどさ。
「お邪魔しまーす」
馬車の破れかけた皮布を捲って中を覗き込むと、中は上も下も右も左も関係なく滅茶苦茶になっていた。本来は天井である筈の部分にはナイフが半端に刺さり、ポーションと思わしき匂いのする液体で濡れ、木箱が弾けて中身が散乱して酷い有様だ。
そんな竜巻の過ぎ去った後のような場所に恰幅の良い女性と細身の女の子が泣きながら抱き合っていた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ、あ、貴方は…?」
恰幅の良い女性―――母親が今まで以上に娘を護るように強く抱きしめながら、震える声で更に続ける。
「しゅ、主人は…? 家の人はどうなったんですか?」
あのオッサンが魔物に殺されていると思っているのか、言った途端に娘共々ポロポロと涙を流す。
「大丈夫、無事ですよ」
「「…え?」」
2人が少し体を離して、信じられないと言う風にお互いの顔を見る。
「でも、外にはクイーン級の魔物が…?」
「それはもう俺が倒しましたよ? ほら」
パーカーの中に仕舞っていた魔晶石を2人に見せる。
「ま、魔石……? 違うっ、魔晶石!?」
見たのが初めてだったのか、母親の方が涙を引っ込めて眼を剥く。
「母さん、これが魔晶石なんですか? 私、初めて見ました! とても綺麗なのですね?」
娘の方は興味津々と言った感じで、ジーッと俺の手の中の魔晶石を凝視している。
「じゃあ、本当に貴方が…あの魔物を…?」
「ええ」
「……凄いのですね? 私よりも小さくて年下に見えますのに……」
見た目に関しては言われ慣れてるので流す。
とりあえず、中に居られてもどうしようもないので、2人に外に出る様に促すか。
「中は色々散乱してて危ないですから、外に出ましょうか?」
言われるままコクコクと頷く2人を、手を貸して横転した馬車の外に出す。
「おお、マーサ、マール、2人共無事だったか!?」
タイミング良く、何とか立ち上がれる程度に回復したメタボのお父さんが馬車の近くまで歩いて来ていた。
「父さん!」「あなた!」
それぞれが無事である事を確認するようにひしっと抱き合う。
うんうん、やっぱ親子の姿はこうだよなあ。助けるの、間に合って良かった!
「マスター!」
俺が助けた親子の姿を満足して眺めていると、器用にゴールドに横座りしたパンドラが到着した。
「遅いっつーの、もう全部終わっちまったよ」
「マスターが早過ぎるだけかと」
ゴールドの背からヒラリと降りると、若干重い音を立てて地面に着地する。
「そう?」
「はい。ゴールドもそう言っています」
自分を運んでくれた事にお礼を言うように、パンドラがゴールドの耳の横辺りを撫でると、ワンコらしく気持ち良さそうに目を細める。
「マスターの能力値は非情に向上しています。特に戦闘能力に関しては、もはや私達の支援さえ必要としないレベルに達していると判断します」
「でもねえよ? 素の状態だとそれなりに縛り多いし?」
確かに、俺の能力が高くなったのは本当だ。
身体能力は今までの比じゃないし、スキルの能力も格段に上がってる。今まで【赤ノ刻印】を使って出していた能力値を、素の状態で使う事が出来る。その証拠に、クイーン級の魔物を初めて刻印を使わずに倒す事が出来た。
でも、縛りがあるってのも本当の話。特に魔人スキルはそれが顕著だ。これは元々魔人になっている状態で使う高レベルのスキルだから、生身の状態で使うには色々と制限がある。
1つ目は単純にスキル性能だ。
例えば【空間転移】。このスキルの本来の効果は2つある。約10km圏内を自由に転移する。もう1つが自分の行った事のある場所に距離を無視して転移する。魔法で言う【短距離転移魔法】と【長距離転移魔法】の良い所だけを合わせたようなスキルなのだが、生身でこのスキルを使うと30m程度の距離しか転移できないのだ。このようにスキルの効果が大きく制限されるのに加え制限がもう1つ。
魔人スキルは常に1つしか発動出来ない。
どうやら、人の姿だと負担が大き過ぎるようで、魔人スキルを併用しようとすると片方が勝手にオフになる。
「ですが、異形化すれば全て解決するのでは?」
「……そらそうだけどさ。出来ればあの姿にはなりたくねえんだよなぁ…。すっげぇ疲れるし、見た目怖いし…そもそもラーナエイト消滅の件の犯人だから、人の目に触れさせる訳にもいかんしな?」
パンドラの手から離れたゴールドがトコトコと寄って来て手にじゃれついて来る。首の下をワシャワシャと撫でると、大きな体がお座りして大人しくなる。
そんな俺を無言でパンドラが見つめて……何その目は?
「どうかしたか?」
「異形化したマスターも勇ましくて宜しいとは思いますが、やはりマスターはその御姿が1番お似合いです」
他人様の姿だからお似合いです、とか言われても困るんだが…。
表情に出さないように、心の中で苦笑する。
……でも、まあ…そうだな?
魔人の姿は、大きくて空も飛べて世界を見下ろしている気分になる。でも、俺には、こうして色んな物を見上げながら地面を歩く、ロイド君の小さな体の方が性に合ってるかもな?
「マスター?」
「いや、なんでもない。俺も、この姿が1番だなと思ってさ?」
「はい。とても愛らしくて宜しいかと」
「……いや、別に愛らしさは求めてない…」