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5-1 ただの通りすがりですが

 街道を土煙を上げながら馬車が走る。

 乗っているのは旅商の家族。

 父親は必死の形相で手綱を握り、すでにフル回転で足を動かす2頭の馬を更に急かして鞭をくれている。

 母親と娘は、荷台の中でお互いの体を護るように抱きしめ合いながら、目の前にある恐怖がこのまま通り過ぎてくれる事を祈る。

 旅商の旅とは、大抵ユックリ進むものである。大量の商品を抱えながらの移動は、その品質を落とさないようにするのが最優先だからである。どんなに良い品を仕入れようと、売る相手に届く前にボロボロになっては意味がない。兎角、馬車の移動はそれが顕著である。

 だが、この家族はそんな事を気にせずに街道を馬車で爆走していた。

 理由は簡単。

 背後に迫る圧倒的な驚異―――クイーン級の魔物。

 戦うなんて選択肢は始めからなかった。そもそも、まともな戦闘技術を持たない一般人にとっては、ビショップ級の魔物とのエンカウントでさえ死を覚悟するレベルなのだ。それよりも遥かに上の存在であるクイーン級の魔物など、一般人にとっては天災に等しい存在。出会えば逃れられない死が待つ。

 その天災とも言うべき魔物が、今旅商の家族の乗る馬車のすぐ後ろに迫っていた。


 巨大な鳥。

 羽を完全に広げれば有に10m以上のとてつもない大きさ。その羽は金属のような光沢を纏い、実際に低空飛行するその羽に触れて、街道の脇に生えていた木が野菜でも切るようにスパスパと切り落とされては地面に転がった。


 この怪物と出会ったのは2分前の事。

 突然空が暗くなったと思ったら、太陽を遮るように巨大なこの鳥型の魔物が飛んでいた。

 当然の事ながら、旅商の家族は護衛の冒険者を雇っていた。

 黒のナイト級を3人。正直、過剰とも思えるほどの戦力だった。

 しかし、ここアステリア王国は近頃何かと騒がしい国だ。

 魔道皇帝の侵略に始まり、ルディエ近郊の町への魔物の一斉襲撃。更につい先日、あの永遠の都とまで謳われたラーナエイトがたった一夜で文字通り消滅したと言う噂まである。あの街は独自の技術で魔動兵なる兵隊を作り出して街を護らせていた。その防衛力は、並みの砦を軽く凌駕していたと言う。

 そんな街が消滅したとは考えられず、恐らく単なる噂だろうと話を聞いた人間は話半分で笑い話にしてしまっているのだが…近頃のこの国の騒ぎを見るとどうにも単なる冗談とは考え辛く、そう言った物への警戒の意味を込めての黒のナイト級3人だった。

 3人の冒険者はそのランクに恥じないとても優秀な者達で、一般人の目から見れば悪魔に等しい恐ろしさであるアーマージャイアントを苦も無く屠る姿は頼もしさしか感じなかった。

 だが、その3人も天災たるクイーン級の魔物の前にはあまりにも無力だった。

 リーダー格の男が「クイーンだ! 逃げろっ!?」と叫んだ次の瞬間、空を舞う鳥の翼から放たれた羽の1枚がその体を貫き、粉々に吹き飛ばした。

 残った2人が、家族と馬車だけでも逃がそうと魔物に対して魔法を放って気を引いたが、ダメージはまったく通らず、魔物は煩わしそうに下りて来て1人を嘴で咥えて噛み砕き、もう1人は足で掴んで握り潰した。


――― 圧倒的な力


 人としては強者であるナイト級の冒険者が、まるで虫のように殺される。

 これがクイーン。これが天災。

 冒険者達の稼いでくれた僅かな時間を使って馬車を走らせ、何とか魔物から離れようとしたが、相手は巨大な翼で空を飛ぶ魔物。逃げ切れるわけもなく、あっと言う間に追い付かれて現在に至る。


「あなた!」「と、父さん! 私達、どうなるの!?」

「くっ……まだ死んだ訳じゃない!」


 体中から冷たい汗を噴き出しながら、父親は自分に言い聞かせた。

 ここで自分が絶望して冷静さを失えば、それこそ妻や娘もあの化物に殺されてしまう。戦えない人間にとって、思考こそが武器である。倒す方法はなくても、逃げる方法を…助かる方法を必死に考える。

 だが……何も考えつかない。

 しかし、それもしょうがない事。彼は知略家ではなく、どこにでもいるただの商人なのだから。


 その時、後ろに居た筈の巨大な鳥が馬車の横を高速で通り過ぎて行く。同時に起こる突風に煽られて、馬車が道から外れて横転する。


「ぬわああああああっ!!!?」「きゃあああああ!!」「父さん!!」


 馬車の中では積んでいた荷物が上下左右に転げ回り、さながらシェイカーのように人も物も関係なく振り回される。

 御者台に座っていた父親は馬車から5mも離れた場所に投げ出され、横転した衝撃で手綱が切れた2頭の馬が、それぞれどこかに走り去ろうとして、魔物の飛ばした羽で体を両断されて絶命した。

 魔物はスピードのまま大きく旋回をして戻って来る。逃げる足を奪った上で、確実な死を与えようとしている。

 逃げ道は………もう、ない。


(せめて、せめて妻と娘だけでも―――!)


 だが、こんな場所に助けは来ない。

 例え来たとしても、相手がクイーン級の魔物である事には変わりは無い。結局、その助けに来た者と一緒に殺されて終わりだ。


 暴風と共に舞い戻った魔物は、巨大な羽を羽ばたかせて獲物を見下ろす。

 男は見た。確かに、鳥の目元が自分達を嘲笑うかのようにニヤッと細くなるのを…。


――― 終わった


 絶望感で心の中を黒く塗り潰されようとした、その時―――。

 魔物の目の前に、突然人影が現れた。

 転移。一部の高レベルの魔法使いが使用する事の出来る高等魔法。噂では、魔法ではなくスキルとして使う者も居ると聞くが、それはほんの一部の人外とも呼べる強者だけだ。まさか、あんな子供が(・・・・・・)その強者な訳はないだろう。

 その少年は、空中で腰に差していた深紅の剣を抜くと、叩き付けるように魔物の脳天に剣を振り下ろす。


「ぉおおおらあああああッ!!!!」

 

 甲高い金属同士がぶつかる音。

 鳥の頭が下に大きく振られ、そのまま地面へと落下するかと思ったその寸前で羽を開いて体勢を立て直し、再び空に向かって舞い上がる。一方少年は、その上昇気流に巻き込まれながら、自然な動作で空中で体勢を作って地面に着地。


「チッ! 憎たらしい程かってぇな…」


 見事な装飾の施された深紅の剣から片手を外して、痺れを散らす為に腕をプラプラさせる。

 向かい合っている相手はクイーン級の魔物だと言うのに、気負っている様子がまったくない。恐れている様子も、だ。


(なんなんだ、この少年は…?)


 プラプラさせていた手を切り変えながらも、少年の視線は頭上を飛び回る魔物から離れない。


「しゃーない。アプローチの仕方をちょっと変えるか?」


 無造作に指先を魔物に向けて振る。

 途端に、空に真っ赤な花が咲いた。

 いや、花ではない。アレは真っ赤な―――炎。


(え、炎術師!? いや、でも詠唱はっ!?)


 魔物の飛んだ軌跡を追うように炎が破裂して、魔物を食い殺そうと広がる。だが、炎よりも魔物の飛ぶ速度の方が早く、捕らえきれない。


「意外と速いな…? 前よりは発火の射程伸びてるけど、遠ければ遠いほど遅延(ラグ)が酷くなるか……覚えとこ」


 何やら1人で呟いているが、何の事を言っているのかは不明だ。


「硬くて、速くて、でかい……」


 何やら「ふむ」と考え込む少年。

 クイーン級の魔物を前に、どうしてそんな余裕の態度を取れるのか…?

 考えていた事に答えが出たのか、嬉しそうに地面に転がったまま動けない商人の方を向き―――


「アイツの特徴ってチン●と同じじゃね!?」


 凄まじくどうでもいい下ネタを言った。


「ヨシ、奴の事をこれからチ●ポ鳥と呼ぼう!」


 そして更にどうでも良い名付けをした。


「チン●鳥のソテーとか、●ンポ鳥のムニエルって…微妙に語呂が良いよな」


 ついでにこの世に存在しない料理を開発した。

 自分の名前(?)で遊ばれているのが気にくわなかったのか、魔物が少年に向かって急降下して来た。

 少年は逃げない。

 いや、それどころか「待ってました」とばかりに薄く笑っている。


「せー……!」


 予備動作無しに、少年の体がその場から消失する。次の瞬間には、魔物の顔の横辺りに出現。

 転移。それも魔法ではない、スキルによる物―――。


「―――の!!」


 魔物の体に軽くペタッと触る。

 瞬間―――魔物の全身が燃え上がる。


「魔物の魔素に直発火するには、クイーン級はやっぱ抵抗力が高いなぁ…まあ、俺には関係ないけど」


 空中で炎を消そうとジタバタ暴れる鳥の魔物を置き去りにして、少年が静かに下りてくる。地面に着く寸前でフワッと体が浮いたように見えたのは、きっと気のせいだろう。


「5、4、3―――」


 何かのカウントダウンを始めながら、深紅の剣をクルッと一回転させて構え直す。


「2、1―――」


 空中でもがいていた魔物が、力尽きたように動かなくなって燃えながら落ちて来る。


「0」


 同時にその場で剣を振り上げる。

 すると、落ちて来る魔物に向かって赤いラインが走り、燃える魔物の体を―――両断した。


「チン●鳥………センスねぇ名前だな…?」


 言いながら、魔物の体から排出された魔晶石をキャッチする。


「名付けたの自分だろ!?」


 目の前の小さな少年が、たった1人でクイーン級の魔物を倒してしまった驚きも忘れて、商人の男は全力でツッコミを入れた。




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