4-31 遠い空に誓って
大きな荷物を持った者達が街道を行く。
総勢100名以上にもなろうかと言う大きな団体。
かつてラーナエイトの下層に住んでいた―――数日前に街が消滅した事件がなぜ起きたのかを何も知らない普通の人間達。
彼等は突然現れた炎を纏った悪魔によって街から叩きだされ、住む場所を…帰る場所を奪われた。
皆心の中では、こんな理不尽を与えたあの悪魔に対して怒りを燃やしている。戦う力を持っていれば、今すぐにでも討伐に向かいかねない程に……。
だが、そんな中にあって無邪気な声をあげる者達がいる。
「ねえねえ、ババルのおじさん? これからどこに行くの?」
荷台に揺られながら、馬車の横を歩く男女の冒険者に楽しそうに話しかける、件の炎の悪魔によってラーナエイト上層より助け出された子供達。
「おじさんって言うな、お兄さんと言え! 今向かってるのは、ソグラスって西の町だ。なんでも巨大な魔物の襲撃にあって町が壊滅寸前な状態な上に、住人もほとんどが殺されちまって深刻な人不足なんだとよ。大規模な住民の受け入れをしてるって話だから、皆纏めてその町に移住しようって事になったんだよ」
「ふーん…」
途端に興味を無くしたように、他の子供達と別の話題で話し始めている。
ババルは、そんな子供達の中の1人…ヴェリスをそっと盗み見る。
ラーナエイトから脱出した後、彼女から聞かされた信じられないような真実。ラーナエイトの上層では、集めた子供を殺していた―――。
何の為に殺していたのかはヴェリスは知らなかったが……あの街の不老者や魔動兵と無関係な話とは思えなかった。だが、すでに確かめる方法はない。
流石にこんな衝撃的な話を、何も知らなそうな住人達に話す訳にもいかず、この話は自分とアネルの心の中だけに留めている。
(……悪魔は、負の感情に呼ばれると聞く。もしかしたら、あの悪魔が現れたのも殺された子供達の恐怖や悲しみに呼び寄せられたからかもな)
ババルは責任を感じていた。
ヴェリスの話が本当なら、自分達が今まであの街に運んでいた子供達も同じ運命を辿っていた筈だ。つまり、自分は殺させる為に子供をあの街にせっせと運んでいた事になる…。
(そりゃあ、コッチも冒険者として依頼された事をやっていただけだがよぉ……)
罪悪感はどうしても拭えない。
だからこそ、今こうして無償であの街の住人達の移住に協力しているのだ。
それは、ババルの横を歩くアネルも同じ事。いや、むしろ妙に子供に懐かれやすいアネルの方がヴェリスの話で受けたショックと罪悪感は大きい。
今も、口ではブチブチ言いながらも、何かと生き残った子供達の世話を焼いている。
「ねえねえ、アネルちゃん!」
「なんだい? って、こら! あんまり乗り出すんじゃないよ、危ないだろ!」
「魔法教えて、魔法!」
「魔法? 別に良いけど、なんだい突然?」
「火が出る魔法使いたいの! ボーンって、バーンってなるの!」
それを聞いた他の子供達も「ボクも!」「私も!」と一斉に群がる。
「こら、危ないって言ってるだろ! 落ち付きなよ」
落ちそうになった子供達を支えながら、なんとか全員無事荷台に押し戻す。
そんな姿を苦笑しながら見ていたババルが子供達に聞く。
「にしても、なんで炎熱魔法なんだ? 耐性も容易だし、誰でも使えるし」
「良いの! 火が格好いいの!」「ねー」「やっぱり1番は火だもん!」「格好良いし、強いし!」「なんたって―――」
「「「悪魔さんが使ってたもん!」」」
「……お前達、一応言っとくけどあの悪魔は街1つ滅ぼしたとんでもない奴だからな?」
「でもでも、私達の事助けに来てくれたもん! あの悪魔さんは、優しい悪魔さんなんだもん!」
言い返されて、ババルもアネルも口を閉じる。
優しい……かどうかはともかく、少なくても悪と断じる気にはならなかった。少なくても、子供達を助け、何も知らない下層の住人を逃がしたのは事実だ。
あれ程の力があれば、街を丸ごと焼き尽くす事だって可能だっただろうに…。いや、むしろそっちの方が楽だっただろう。それをあえて手間をかけて助けたり逃がしたり…。
荷台に揺られながら、ヴェリスは想う。
自分の最後を覚悟した瞬間に現れた、あの赤い悪魔の事を。
恐ろしい姿だった。
子供の心には、まるで悪夢の具現のように思えた。だが、その悪魔は悪夢ではなかった。むしろ、目の前の現実と言う名の悪夢を引き裂いてくれた勇者だった。
異形の大きな手に包まれて白い家の中を歩く間、ヴェリスはなんとも言えない安心感を感じていた。
ヴェリスにとっては過去となってしまった、父や母に抱き上げられている時の感覚を思い出させるような、そんな優しい安心感。
――― この悪魔さんは悪い悪魔さんじゃないんだ
感情ではなく、心がそう理解した。
だから、ヴェリスは空を見上げて想う。
この空のどこかで、あの優しい悪魔は今もきっと誰かを護っているんだろう。
少女は小さな決意をする。
――― 私も悪魔さんのような強い火の魔法を使えるようになって、それで今度は私が悪魔さんに会いに行こう! それで、ちゃんともう一度お礼を言おう!
「助けてくれてありがとう!」その言葉を言う為に、少女は生きて行く―――。
四通目 永遠と終焉と始まりの街 おわり