4-24 罪
帰り道でも運良く魔物や魔獣に出遭う事はなく、隣で虹が出ていたのを見つけて「虹の女神様の祝福だー!」と女の子が騒いだりしていたが、それ以外は至って平和な道のりだった。
村に戻る頃には雨はあがり、暖かい日差しが村を照らしていて村人達が外でそれぞれの仕事を始めていた。
そして俺達は…村の入り口でオロオロしていた女の子の母親に2人で無茶苦茶怒られ、終わるのを待っていたシスターからも怒られ、更にリーベルさんからは俺だけ拳骨を貰った。コッチは怪我人だって言うのに容赦が無さ過ぎてちょっと泣きたい…。
……まあ、でも、女の子から青い花を受け取って嬉しそうに笑う母親と、それを見て笑顔になる女の子を見ると、拳骨一発分くらいは我慢できそうだ。
そこにあるのは、間違いなく俺が17年間過ごして来た日常となんら変わらない、有触れた、平凡でどこにでもある親子の日常。
俺が帰る事を願い続けた“当たり前”の姿その物。
でも、俺は見てしまったから……。この世界の暗い暗い……覗きこんではいけない…化物達の日常を。
なんだろうな? この世界に愛想が尽きた……? いや、この世界に関わるのが怖くなった…かな? この世界の全てが、俺の信じている物を全部否定しているような気分になっている…。世界が俺を異物として排除しようとしているような…そんな錯覚。
……考えれば考える程、この世界に生きているのが苦痛だな…。
「アークさん! 背中、血が滲んでるじゃないですか!?」
シスターに言われて、そう言えば背中がジクジク痛いな、と思い出す。
「早く教会に…あっ、ダメです歩いたらもっと傷が開いてしまいます! リーベルさん、お願いします!」
「任された!」
俺の体をヒョイッと持ち上げて、見かけに似合わない軽やかな足取りで教会までスタスタ歩く。その後ろを、歩幅の違いを埋める為にチョコチョコと小走りに着いて来るシスター。
「あの…歩けるんで降ろして下さい…」
「ダメです」「却下だ」
2人揃って即答だった。
心配されるのは嬉しい……けど、俺にはそんな価値ねえのに……。
教会に着くなり部屋に引っ張り込まれて、上半身を裸に剥かれて……途端に、リーベルさんが顔を背けて部屋の外に出て行った。
…なんなんだ、あの反応は…?
俺が首を傾げている間に、シスターはテキパキと動いて俺の体を一通り拭いて、回復魔法を唱える。
「【ライト・ヒール】」
痛みが少し抜けて、代わりに仄かな暖かさが背中を包む。
「【リジェネレート】。はい、これで終わりです。暫くは背中がムズムズするかも知れませんが、自己治癒能力を高める魔法が効いている証拠なので我慢して下さい」
「ありがとうございました。何度もご迷惑お掛けしてスイマセン…」
「ふふ、良いんですよ。虹の女神様も仰っています『助けを求める者には尽くしなさい』と」
丁寧に包帯を巻き直されながら、何気なく聞いてみる。
「あの、シスター…?」
「なんですか?」
「俺が、途轍もない悪党だったらどうします?」
「え?」
ポカンとした顔。世間話のトーンで言えば軽く流されるかと思ったけど、ちゃんと言葉を受け止められた。
クスッと笑うと、また包帯を巻く作業に戻る。
「アークさんは、悪い人なんですか?」
「……どうでしょう? 自分じゃそんなつもりなかったけど…今はあんまり自信がないです」
「自分を善人だと言い切れる人は、そんなに居ませんよ? 私だって、時々朝のお祈りを寝過してしまったり、食事の支度をしている時に空腹に負けてつまみ食いをしてしまったり……あっ! でも、本当に時々ですよ!? 時々ですからねっ、やってしまった時はいつも一生懸命虹の女神様に懺悔してますから!?」
随分可愛らしい悪行もあったもんだ……。それを悪行と呼ぶなら、街1つ消し飛ばした俺は魔王か何かだろう。
「大事なのは、罪を犯してしまった事を悔いる事。己の罪をしっかりと見つめて、その罪を償う為に何をすれば良いのかを考え、実行する事」
……己の罪を見つめる…か。
「1番いけないのは、罪から逃げる事。罪が大きければ大きい程、それと向き合うのは恐ろしく、苦しく、辛い事でしょう。ですが、罪は決して自身を逃がしてはくれません。聖職者の言葉ではないですが、向き合い、戦うしかありません」
「戦う…?」
「罪とではありません。罪を犯した、過去の自分と向き合い戦うのです」
俺自身と……向き合い戦う…?
「はい。巻き終わりましたよ」
「ありがとうございました」
お礼を言って、どこからともなくリーベルさんが持って来た替えの服を貰う。俺が着終わるのを待って、シスターが迷いの無い真っ直ぐな目で俺を見る。
「アークさん。貴方の心には、深く暗い穴が視えます」
指摘されて心臓が跳ねる。
シスターが俺の心の中に視た穴…その穴の名前は―――死。
暗く深く、落ちれば全てが終わる穴。
「その穴の奥に救いはありませんよ? ただ、“終わる”だけです」
俺が何も答えられないで居ると、ニコリと全ての罪を許すかのような優しい微笑を浮かべる。
「不躾な事を言いました、どうかお許し下さい」
丁寧にペコリと頭を下げて部屋を出て行く。
入れ違いに、着替えを持って来たっきり部屋の外で立ちんぼしていたリーベルさんが入って来る。
「お前は死にたいのか?」
この人はこの人で直球だな……。
「……」
「そうか」
俺の沈黙を肯定と受け取って、話を続ける。
「人間ってのは、誰だって死にたくないもんだ。いや、死にたくないから生きてるのかもしれんな。そう言う意味じゃ、死にたい人間ってのは、もう人間じゃねえ。ただの死んでない死人だ」
……きっつい事を、正面から叩きつけてくれるなぁ……。
「私にはシスターのような事は言えん。だが、1つ言わせて貰えば―――」
1度言葉を切って、ニッと楽しそうに笑う。
「お前はまだ、死んでない死人には見えねえよ」
言い終わると、見た目通りの重い足音と共に楽しそうな笑い声をあげて出て行く。
色々な事が頭の中をグルグルしている。
ラーナエイト上層で人を虐殺した事。その後、街を焼き消した事。俺自身がこの世界に嫌気がさしている事。ロイド君の事。別れたパンドラ達の事。
責任。義務感。哀愁。罪悪感。
色んな想いが心の中に浮かんでは消えて、また浮かんではグルグルして消える。
その時、眠気が思考を横から攫って行く。
今日はちょっと外出て歩いただけなのに、なんでこんなに疲れてるんだ…?
……って、怪我人な上に雨にも打たれて、その上シスターに自己治癒能力高める魔法貰ってるから、その分体力を消耗してるのか…?
体が眠気に逆らえず横になる。
意識が落ちる寸前に、アッチの世界の光景が過ぎる。
……ああ…帰……り…てぇ……な…