4-23 小さな村で
ササル村。
人口30人にも満たない小さな村。当然この規模の村では冒険者ギルドは無く、店も無く、宿屋も無い。なんか…この何も無さはユグリ村を思い出すな……。
ユグリ村と違う点は、小さいが七色教の教会が在る事か? 俺が治療を受けていたのもここで、リーベルさんが寝泊まりしているのもこの教会らしい。
アッチに居た頃は、教会に世話になる日が来るなんて考えた事もなかったな……。と言うか、コッチに来てもないけど……。
回復魔法のお陰で少しは動けるようになり、それを見てシスターがお腹が空いているだろうと豆のスープを出してくれた。今は肉が入っていない料理は有り難い……のだが、全然食べる気が起きない。
お腹は空いている。今も音を鳴らして空腹をアピールしている…それなのに、食欲が湧いて来ない。何かを口に入れる事がシンドくて仕方ない。
まったく食べ物を受け付けない俺を見て、シスターが心配そうな顔をしているが、これはもう自業自得なので気にしないで貰えると助かる。
その後、もう1度回復魔法をかけて貰ってようやく自分の足で歩けるようになり、リハビリがてら教会の外に出てみる。
雨はまだ止んでいない、か……。でも、空には晴れ間が見えて来てるし、そのうち止みそうだな。
軒下に座って、雨の降る村を何も考えずに見て過ごす。
雨の匂いと音に包まれて、妙に心が落ち着く。
ふと、雨の童謡ってあったなぁ…と浮かんだ歌詞が無意識に口を突いて出る。
「あめあめ…降れ降れ母さんが…じゃのめでお向かい嬉しいな………」
そういや…昔“じゃのめ”の意味が分からなくって父さんに頼んでネットで調べて貰ったっけ……。確か、蛇の目に見える模様の傘の事だっけか?
ボンヤリと昔の事を思い出していると、視界の端で何かが動く。
――― 魔物!?
ビクッと体が反応したが、違った…。
雨のカーテンで視界が悪かったせいで一瞬判別が付かなかったが、子供だった。コッソリと家の影から出て来た小さな女の子が、雨に濡れるのも気にせずに家の間を駆け抜けて村の外へと走って行く。
どこ行くんだ…?
そもそもこの村の娘なのかな? もしかして、泥棒とかか? いや、それはねえか。雨降って家主が居る可能性がある家に泥棒に入る馬鹿はいねえだろ…。
等と思っている間に、その女の子は意外な健脚で遠ざかって行く。
………放って置くわけにもいかないか。
あの子に何かあったら、最初に駆出されるのはリーベルさんだろうし。シスターも心配しそうだしな。あの2人に今後迷惑になりそうな事案を、先んじて何とかしておくなら多少は恩返しになるだろうし。
……まあ、場合によっては俺も助けて貰う側に回る可能性があるが…。
シスター達に声かけて―――って、もうあんなに遠いよ!? 田舎の幼女の脚力は侮れないな!?
「……はぁ」
しょうがない、このまま追うか。
塞がって来た傷が、雨に打たれて開かない事を祈ろう。
小さな背中を追って走り出す。
雨粒が冷たい。
体力が続かない。
あー……予感した通りに背中痛い…。帰ったら、絶対にシスターに呆れられるわ…。
っつか、あの子どこまで行くの…?
正直、村の外に出るのが怖い。
戦える時には忘れていた、魔物の恐ろしさが足の方からジワリジワリと頭の方に上って来る。
……そっか…村から出る時には常にこういう気分なんだっけ…。っつか、一部の戦える人間以外は、ずっと魔物や魔獣に怯えるこの気分を持ち続けてるんだ…。
普通の日常を生きている人達だって、皆平等に危険と隣り合わせ何だよなあ。
っと、前走ってる女の子が水溜まり…と言うか泥溜まりで盛大にすっ転んだ!
「大丈夫か?」
重くなって来た足をなんとか動かして追い付き、泥の中で涙ぐんでいる女の子に手を差し出す。
すると、見覚えのない俺を見てビクッと肩を震わせる。
「お、お兄ちゃん…誰?」
「教会で世話になってる冒…旅人だよ」
「……旅人さん…?」
「そう、旅人さん」
無理矢理手を取って泥溜まりから立たせてやる。
「どこ行こうとしてんだ? 1人で村の外出ると危ないぞ?」
「えっと、えっとね…お花、雨だから、行くの」
うん?
誰か、通訳プリーズ。つっても、誰も居ないか…。
「ええっと…花を摘みに行きたい、って事で良いのか?」
涙を拭いながら頷く。
「なんで雨の降ってる時に……晴れてる時に出直したらどうだ?」
「ダメ、なの…。雨降ってる時にしか、咲かないから」
「へぇ、そんな花があるのか?」
今度はコクコクと勢い良く頷く。
「でも、どうして1人で? 誰か一緒に行って貰った方が良いんじゃないか?」
髪を振り乱しながらフルフルと首を横に振る。
「ダメなのか?」
「お母さんに、あげるの…」
「お母さん? 内緒のプレゼントって事か?」
「……うん」
なるほど。子供なりに、母親を喜ばそうとサプライズプレゼントを考えた結果って事ね?
………ちょっと昔を思い出す。
俺もガキの頃、母さんを驚かせようと思って、カグと一緒に遠くの河原に花摘みに行って迷子になった事があったっけ…。カグは泣きだすし、帰ったら親には死ぬほど怒られるし散々だった事しか覚えてねえけど。
「それなら、なおの事1人で行ったらダメだ。お前に何かあったら、それこそお母さんはいっぱい心配して泣くぞ?」
「……お母さん、泣くの…ヤダ」
「だろ?」
「…うん」
とは言え、このまま頑張ったこの子を、そのまま追い返すってのもなぁ…。
「だから、俺と一緒に行くか? 1人じゃないなら……まあ、多分大丈夫だ」
何か出た時には、俺が囮になれば良い。この子、見た目以上に足が速いから何とか逃げ切れるだろう。俺が死ぬ事になっても、部外者の俺なら死んでも村には何のダメージもないしな……。
「本当に!」
塞ぎ込んでいた顔に、笑顔が咲く。
「ああ」
「やったー! ありがとうお兄ちゃん!」
「んじゃ、急ぐか? 晴れ間が見えて来てるし、多分もうすぐ雨止んじまうぞ?」
「それは、ダメなの!」
俺の腕をガシッと掴んで走り出す。
「こっち!」
引き摺られるようにして歩く事10分。
目的の花のある場所に辿り着く。
木々に囲まれた、色んな色の花の咲いている小さな草花の楽園。周りの木陰には、雨宿りしている鳥や小さな動物達の姿も見える。
雲間を縫って差し込む光が、まるで天空への道のようになっていて―――
「綺麗な所だなぁ」
白雪が居たら、喜んで飛び回っていただろうに。
一方女の子は、俺が小さな庭園に見惚れている間に、手を離して黙々と目的の花を探している。
俺も手伝えれば良いのだが、その花がどんな花なのか知らんからなあ…。
「ん?」
………なんだ? 今、何かが動く音がしたような…?
注意深く辺りを見回すが、何も動いていない。
雨音か? それとも、周りの小さな森の住人達が、俺等に驚いて動いただけかな?
「あったーー!!」
と高らかに叫ぶ少女の手には、鮮やかな青い花。見た目はコスモスっぽいけど、花弁の形が少し歪だ。
「あったよお兄ちゃん、ほら! ほら!」
「おう、良かったな」
今までで最高の笑顔の少女の頭を軽く撫でてやると、ニヘヘっと更に笑う。なんか、こう言う人懐っこさはゴールドに似てるかも…。
「んじゃ、お母さんが心配する前にさっさと帰ろう」
「うん!」
並んで歩き出す。
「…あれ?」
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「ん? ああ…いや、なんでもない」
多分気のせいだろう。
別に来る時も注意して見てた訳じゃないし。
改めて若干の早足で雨の中を歩き出す。
隣で大事そうに花を持っている少女に気付かれないように、チラリと後ろを振り返る。
あんな所に木生えてたっけ…?