4-22 止まり木
「ぃ……痛ぇ……?」
背中に焼けるような痛みを感じて目を覚ます。
窓枠の太い窓のある小さな部屋のベッドの上だった。
……どこだここ? 何か、目を覚ます度に自分の居場所が分からんくなってるな俺…。
体の様子を確認しようとして、手当をしてある事に気付く。
上半身の服は脱がされ、包帯が巻かれている。微かに香る苦い匂いは、傷口に塗られたと思われる薬草だろうか?
起き上がろうとして、背中に貫通するような痛みを感じて再びベッドにうつ伏せになる。
痛みで起き上がれないとか……初めてだな?
いつもは寝たり気絶する間に【回帰】でダメージ全部回復してくれるからな…。失って始めて有難味に気付くとか……俺もつくづく阿呆だな……。まあ、良いか……どうせ、生きる気も無いし……体がこのまま動かなくても、別に困らないや……。
「あら、起きましたか?」
ドアが開いて誰かが入って来る。
シスター? 真っ黒な修道服に身を包んだ女性。どこからどう見てもシスターだよな…?
静かな足取りで近付いて来てベッドの横に跪いて、横になっている俺の顔を覗きこむ。
どうでも良いけど、メイド服を見た時も思ったんだが、何でアッチの世界と同じ格好なんだろうな? 大昔に俺等の世界の人間がそう言う文化を残した…とかだったら腹抱えて笑うんだが。
「大丈夫ですか?」
「……あんまり、大丈夫じゃないです……」
正直に言うと、「まあ、それは大変!」と言葉とは裏腹に慌てた様子も無く、巻かれた包帯の上から、断続的に痛みを伝えて来る俺の背中に手を当てる。
「【ライト・ヒール】」
回復魔法?
シスターの手の平に浮かび上がった魔法陣が、光の粒になって俺の背中へと吸収される。
刺さっていた無数の棘が抜かれるように、背中から感じていた痛みが少しづつ消えて行く。
「……ありがとう、ございます…」
死のうと考えてる人間が、治癒して貰って礼を言うのも何か変かな…?
まあ、良いか。素直に礼を言うのが間違いって事はねえだろ。
「いいえ。お礼は、貴方をお助けになったリーベルさんに」
「…リーベル?」
誰それ? ……あ、もしかして意識飛ぶ前にチラッと見えた、大剣を持った大男か?
「はい。今、このササル村に来ている冒険者さんですよ? とても大きな方で、見た目は少し怖いかも知れませんが、心はとても穏やかで優しい方です」
ああ、やっぱりあの大男で当たりっぽいな。
にしても、刺さる村って……アイスピックみたいな形した村なのかな?
「大変でしたね? たった1人で魔物に襲われるなんて…さぞ恐ろしかったでしょう」
「……そうですね…」
近頃は力が有るから忘れてた、魔物への恐怖心を思い出したよ。
「それでも、こうして生きているのです。貴方はきっと虹の女神様に祝福されているのですね?」
「………」
答えに困って、軽く微笑んで返す。
虹の女神。
確か……えーと…この世界の最大派閥の宗教、七色教の聖典で世界を作った神様なんだっけか…? 宗教の話とか興味ねえから覚えてねえや…。
まあ、ともかく…その虹の女神様がどんな神様なのかは知らないが、少なくても俺に友好的な相手じゃなさそうだと思う……多分。
俺は、こっちの神様にえらい嫌われてるからなあ。
痛みが薄れて来たので上体を起こすと包帯が少し緩んでいた。それを見てシスターが丁寧に巻き直し始めたので、されるがままになる。
「そう言えば、まだ名乗っていませんでしたね? 私はシスターマリアベル」
「……アークです」
上半身裸なのにちょっと羞恥心を感じながらも、会話に意識を割いて何とか我慢する。
「アーク、アークさん。とても良い名前ですね?」
俺が適当に、思い付いた名前ですけどね。
「アークさんは、どうして1人で? 旅の方ですか?」
「……冒け―――いえ…まぁ、そんなところです」
一瞬、いつも通りに冒険者と名乗ろうとして、力を使えなくなった自分にそれを名乗る資格はないな、と慌てて言葉を引っ込める。
「御1人…と言う事はないですよね? 旅のお仲間か、お父上やお母上が一緒だったのでは?」
随分喋るなこの人…。正直、痛みが引いたって言っても、怪我のせいで体力消耗してて結構辛いんだが……。
聖職者って、もっと…こう、物静かなものじゃないのか? この人が変なだけなのか? それともコッチの世界の聖職者ってこういう感じなのか?
「仲間が居ましたけど……はぐれました」
「まあ……それは、寂しいでしょう?」
寂しくはないけど、ちょっと心配はしてる…かな?
アイツ等なら大抵の事は大丈夫だとは思う。食料やら旅の道具は全部白雪のポケットに入ってるし、金もパンドラの手元に有るし。戦闘になっても、パンドラならそこらの雑魚に負ける事はない。エメラルドとゴールドも付けてあるし……って、そう言えばあの2匹ってどうなったんだろ? 俺のスキルが使えなくなってるって事は、アイツ等も強制的に俺の中に戻されてるのか? それとも、その前から出しっぱなしにしてあるから問題ないのか?
自分の内側に耳を傾けてみても、中に残っている筈のサファイアの声さえ聞こえない。
やっぱスキルが死んでるから、確認するのも無理か…。
それに、もう1つ聞こえない声がある……。
ロイド君。
……いい加減、俺がバカ過ぎて愛想尽かされたかな…? って、この体道連れに死のうとしてるんだから、当たり前じゃん……。
「アークさんは、これからどうなさるんですか? お仲間も探しているでしょうし、暫くこの村にいらしたらどうでしょうか?」
「……これから…?」
どうするかなんて、全然考えてねえなぁ…。
「あの…俺が襲われてから、どれくらい時間経ちました?」
「昨日の事ですよ? 夕刻の鐘が鳴った頃にリーベルさんが、アークさんを抱えて慌てて飛び込んで来て、それはもう扉を壊さんばかりの勢いでビックリしました」
って事は、1日経過で…≪黒≫の期限まで残り2日か……。
足掻くつもりもないけど、これからどうしよう……? どうせ、時間が経過すればアッチから殺しに来てくれるって言ってるんだから、その間は適当に過ごすか…。
「……もう暫く、ここでお世話になって良いですか? シスターや、リーベルさんとやらにも何か恩返ししたいですし」
「いえ、リーベルさんの事はともかく、私の事は気になさらないで下さい。こうしてアークさんを助ける機会があったのも、虹の女神のくれた縁でしょう」
「………そう、ですね…」
別に、少し善行したからと言って俺のした事が許されるとは思ってない。けど、この世界でこれ以上借りを残して行く理由もないだろう…。
その時、どこかで馬鹿デカイ音。
ドタドタと大きな足音が近付いて来て、部屋のドアをブチ破る勢いで誰かが開ける。
熊みたいな男がヌッと現れ、狭そうに身を屈めて部屋に入って来る。
「シスター!」
「リーベルさん、お静かに…」
飛び込んできた男をシスターが、ちょっと諦めたような表情で嗜める。
「おお、スマンスマン!」
声の大きさを注意されたのに、全然聞いてないなこの人。
見た目は熊みたいなのに、声は若干高めで細くて歌手っぽいかも…。
「少年、起き―――!」
半裸の俺を見て、サッと顔を背ける。
なんでこの人、若干頬が赤いの…? もしやとは思うが、こんなチンコイ少年の体を見て……とかじゃないよな…?
「起きたのか!! 無事で良かった!」
「あー…はい。助けて頂いてありがとうございます」
嬉しそうにうんうんっと頷く熊のようなリーベルさん。
「助けた時にはもうダメかと思ったぞ?」
「ふふ、きっと虹の女神様が護って下さったのですね?」
「ははは、そうだな! 後でちゃんと祈りを捧げて置かねばな!」
助けてくれたのは有り難い。
けど、それとは別に冒険者が相手となれば言っておかなければならない事がある。
「……あの…それで、俺今無一文なんですけど…」
冒険者相手に支払える金はない。と言うか、滞在費も食糧費も無い。
「はははははッ、子供がそのような事を気にするな! そもそも、助けたのは私が勝手にやった事、お前が気にする事は何もない」
……懐の大きい人だな。俺にも、これくらいの度量があったら、また違ったのかも…なんて…。