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拝啓、他人様の体を借りていますが異世界で元気にやってます  作者: 川崎AG
四通目 永遠と終焉と始まりの街
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4-20 迷走飛行

 目を覚ますと、生い茂る木々の根元で寝転んでいた。

 どこだここ……?

 微かだが潮の匂い。海が近いのか…。

 全然覚えがない。なんで海の近くに居るんだ?


 俺の最後の記憶は……ラーナエイトを死の大地に変えた、太陽のような輝き。


 ああ、そうか……。

 あの場から逃げる様に転移して………けど、目的地を指定した覚えがない。多分、転移出来る範囲の中で適当な場所に飛んでしまったのだろう。

 自分の腕が視界に入る。

 普通の人間の腕だった。白人種特有の白い肌の、子供のような細い腕。


 魔人化が解けてる…?


 自分で解いたのか、それとも肉体の方が限界で勝手に解けたのかは分からない。転移してからの記憶が全く無い。

 どっちでも良いか……。今さら人の姿でも、異形の姿でも変わらない。


 倒れたまま動かない。動こうとする力が湧いて来ない。

 体に異常はない。意識を失っていた間に、望みもしないのに【回帰】が勝手に体を万全の状態に戻している。

 ……なのに、指先一本動かす事さえ億劫だった。いや、言ってしまえば…この世界に存在している事がすでに苦痛以外の何でもなかった。

 俺は、この世界で何をやっているんだ?

 今まで、この体を勝手に借りている罪悪感と、ちゃんと持ち主に返さなければと言う責任感でここまでやって来た。

 自分の出来る精一杯をやって来た自負はある。


――― 頭の中で、子供達が殺される光景がチラつく。


 それなのに、アレがこの世界の答えか? あの地獄のような光景が、この世界の在り方なのか? だと言うなら、俺はもうこの世界には居たくない。関わりたくない。

 ロイド君に対する罪悪感と責任感はまだ心の中にある…けど、それ以上にこの世界に対する嫌悪感が、もうどうしようもないところまで来てしまっている。

 ……嫌悪感があるのは、この世界に対してだけじゃないな……。俺は、不老の印を持った人間を虐殺した自分自身にも嫌気がさしている…。

 あの時、確かに≪赤≫の破壊衝動はあった。けど、それに身を任せて力を振り回したのは俺の意思だ。心の奥の方でロイド君の止める声が聞こえたのに、俺はそれを無視した。


 その結果が、アレである……。


 馬鹿か俺は……? あの時、どうして俺は人を殺す事を受け入れたんだ?

 思い返すと自分が恐ろしくて堪らない。

 アッチの常識で考えれば、人殺しがどれだけの罪になるかなんて分かっていた筈なのに……どれだけの命を奪ったんだ?

 何も感じずに虫を殺すように人を焼き、引き裂いた自分の事が化物に思える。いや…間違いなく俺は化物だった。

 恐怖と苦痛を人に与え、炎と死を振り撒く赤い魔人…それが俺。


 不老の印の存在を許せない気持ちは嘘じゃない。でも、もっと他にやり方はあったんじゃないのか?

 魔人の力は子供達を助け出す為だけに使って、改めてどっかの国なり冒険者ギルドなりに協力して貰って、あの街の闇を明らかにする、とか……何かやりようはあった筈だ。

 それを…あんな力任せに暴れるような真似をして……。


 俺は、自分が恐ろしい。

 自分が優れた人間じゃないのは十分過ぎる程分かっている、正直凡人にすらカテゴライズされるか怪しいくらい俺は馬鹿野郎だ。でも、そんな俺も人間としては最低限の善性を持っていると思っていた。けど、それは間違いだったのかもしれない。俺の中には、人を容易く殺めてしまうような危険性がある。そして、それを実行できる力がある。


――― そんな俺が、生きていて良いのか?


 …ああ、そうか。ようやく理解出来た……。

 俺は、このまま死にたいのか。

 この世界で生きる事が辛くて、俺自身の生に疑問を感じている。……こりゃあ、もう生きてる理由が無くないか?

 ロイド君には付き合わせる事になって、本当にすまないと思っている。

 けど…もう……ゴメン。動こうとする気力がどうやっても湧いて来ないんだ…。

 俺の心は、もう死を受け入れてしまっている。

 このままここで横になって居れば、いずれ死が訪れる。【回帰】があっても腹は減るから、多分放って置けば体は餓死する。いや、それ以前にこんな所で転がっていれば、魔物か魔獣がやって来て殺されるか……。

 でも…きっと餓死で死ぬ事も、魔物に喰い殺される事もないだろう。

 それより早く、俺を殺しに来る奴が居るからな―――。


「起きているな?」


 いつの間にか、目の前に女が立っていた。

 顔上面を隠す白い仮面と、その下の浅黒い肌。良く覚えてる…と言うか、忘れる訳がない。

 ≪黒≫の継承者の女。名乗ってないから名前は知らない。まあ……どうでも良いや…。


「……ああ」

「そうか」


 言うや否や、俺の胸倉を掴んで軽々と持ち上げて木の幹に背中を叩き付ける。


「…ぇほッ…!」


 背中から腹に向かって突き抜けるような鈍痛。肺の中の空気が衝撃で口から外に逃げて行く。

 そのまま俺の首を締め上げるように幹に押しつけながら、冷静な……冷静さを取り繕った憤怒を帯びた声を口から絞り出す。


「私は言ったな? 貴様が魔神の力で害意を振り撒くならば殺す、と」


 仮面の奥の黒い瞳が殺気を真っ直ぐに俺に叩きつけて来る。

 怖くない訳ではないが、あまり恐怖心はない。コイツは、俺の望む結末を与えてくれるのだから…。


「……覚えてるよ…」

「ならば何故ラーナエイトを消滅させた!! 貴様、人間の敵になりたいのかっ!!」

「…んな大層な事は考えてねえよ……。衝動的にやっちまったってだけだ……」


 音も無く女の拳が俺の顔を殴る。


「ッつ――!」


 口の中が切れて血が垂れる。

 痛い…。けど、コイツ本気で殴ってないな? 今の俺は【フィジカルブースト】も切ってるから一般人と同じ無防備な状態だ。それなのに、口の中切った程度の痛みって事は始めから軽く小突く程度の威力だったって事か。


「魔神の力に呑まれたか……馬鹿者めっ!」


 俺を殴った手を、痛みを堪えるように強く握る。


「……返す言葉もねえな…」


 自嘲するように少しだけ笑うと、それを見て俺の胸倉を掴んでいる手に力がこもる。


「死ぬ覚悟は出来ているか?」

「……ああ。抵抗しないからやれよ…」


 ≪黒≫の女が拳を振り被る。

 今度はさっきのような手加減をするような様子はない。防御をせず、スキルの発動も無いのなら確実に死ぬ。

 …でも、それで良いんだ。


――― これで終わ


 瞬間、この世界に置き去りにする事になるパンドラ達の姿が脳裏を過ぎる。

 俺が死んだら、アイツ等はどうするのかな?

 何故か、泣く筈のないパンドラが涙を流す姿が見えたような気がして―――俺は、無意識に背中に当たる木の幹を蹴って体の位置をズラし、目の前に迫っていた拳を避けていた。

 拳のめり込んだ木に穴が空き、軋む音をたてて変な倒れ方をする。


「何故避けた?」


 背中を支えていた木が無くなって、女の手で宙吊りになる。


「……俺にも分かんねえ」

「ふむ」


 投げ捨てるように胸倉を離され地面に落下する。

 受け身を取らずに居たら、腰から落ちて地べたに転がる。


「しばし時間をやる」

「は……? 要らねえよ、そんなもん……」

「貴様に必要か否かではない。今の貴様は生きていない、まるで死人の目だ。前に会った時には少しは覇気があったように記憶しているが?」


 生きてないって…そりゃ、死んでコッチの世界に引っ張り込まれたんだから、そりゃそうだろう…。


「生きていない人間など、殺す価値もない」


 生きてたら生きてたで酷い目にあって、死を望んだら殺す価値無しって……この世界に俺は本当に歓迎されていないな……。

 いっその事、ここは異世界じゃなくて、俺を苦しめる為に用意された地獄なんじゃないかと思えて来たよ。


「≪赤≫の継承者、貴様の原点はどこだ?」

「え…?」

「魔神は、そんな死人の目をした人間を継承者には選ばない。貴様とて、何かの強い意思を持っていたからこそ≪赤≫に選ばれた筈だ。その原点に立ち還るが良い」


 振り返って立ち去ろうとするその背中に、俺は何を言えば良いのか一瞬迷って


「……≪赤≫は何で俺“達”を選んだんだろうな……?」

「達? ……知らんな。それを自分で考えろと言っている」


 バッサリと切り捨てられ、それ以上言葉が出て来なかった。

 そして、そんな俺を無視して転移で消える間際に白い仮面を着けた顔が振り返る。


「3日猶予をやる、その間に貴様の生きる意味を思い出せ。もっとも、どちらにせよ貴様の結末は死だがな。せめて己の死を意味ある物にしろ」


 言いたい事を全力投球で俺にぶつけるだけぶつけて、転移の光に包まれて消える。

 ……慌ただしい奴……。

 最初に戻ったように、再び地面で横になっている俺。


「……生きる意味、ね……」


 死人の俺には荷が重い宿題だな……。


「…雨?」


 煙のように視界を白くする霧雨。さっきまで晴れてたのに。

 そういや、コッチの世界で雨に当たるのコレが初めてだな……。

 木々の間を縫うようにして体に降り注ぐ透明な滴。冷たくて気持ちいいな。雨の日に地面に寝転がってるなんて、あっちでもやった事ねえや。

 暫く、何も考えずに雨に打たれながら空を見上げる。遠くて、広くて、俺達の世界と同じ空。だけど、この空は俺の本当の帰る場所までは続いていない。


「…………行くか……?」


 どこにだよ? と自問自答しながら立ち上がる。

 目的地は無い。旅の共もない。

 

 彷徨うように、俺は雨の中を1人で歩き出した―――…。



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