4-18 その街の終焉
屋敷の中を領主を探しながら漂いつつ、見つけた印持ちを潰して行く。
たまに戦えそうなのが混じっているが、大半は召使っぽいな。全員例外なく不老の印持ってるから問答無用で殺してるけど。
警備に置かれていた連中も大した事なく、最初にエンカウントした魔剣を持った剣士以外は並み以下の雑魚ばっかりだ。
完全に平和ボケし過ぎだな。
1階と2階に人の気配が無くなったところで、残っているのは上の3階に1人だけ。
ようやく、街のボスとご対面できそうだ。
階段を浮遊して登り、目的の階に到着。
部屋は1つしかない。
さて、どう入るかな? 一応相手は領主…って事は貴族だ。だったら、礼儀はちゃんとしないとね。
ドアをブチ破らないように気を付けて、異形の手でノックする。
「領主様いらっしゃいますか?」
声をかけると、中で「ヒッ」と小さな悲鳴とガタガタと何かを動かす音。
もう1度ノックする。
「さ、去れ! 何者か知らぬがこの部屋に入る事は許さんぞ!!」
甲高い男の声。
どうやら頼んでも入れてくれそうにない雰囲気だ。
でも、まあ友好的に行こうか。
「そう言わずに入れて貰えませんか?」
「ふ、ふ、ふざけるなっ!! こ、ここここ、このまま去るならば今日は見逃してやる!!」
「見逃されないのも困りますけど、入れて貰えないのはもっと困るんですよ」
ドアノブを捻ってみるが開く気配がない。
鍵……じゃないな。多分部屋の中にドアが開かないように何か置いてるな…。
「すいませんが、ドアの前の物どかして貰えませんか?」
「う、ウルサイ!! さっさとどこかへ行ってしまえ!」
ダメだなこりゃ。
仕方なく玄関のドアと同じく蹴り開ける。
ドアが真っ二つになって飛び散り、ドアの前に置いてあった豪華な机が奥の窓に向かって飛んで行く。
部屋の中には―――巨大な魔法陣!?
「馬鹿がっ!! この私が、本気で怯えているとでも思ったのかっ!!」
魔法陣越しに、ヒョロッとした体形の面長の男が笑う。
待ち伏せされてたか!
そうだよ。コイツは不老の術を人に与えて、子供を喰らう魔物を生み出し続けて来た怪物だ。そんな奴が、街を壊されて動揺する事はあっても、相手に怯えるような事があるかよ!!
「消えろ異形の者!! 【グラビティ】!!」
ズンッと上から何かが圧し掛かって来たような感覚。
体が床に引っ張られる―――…。
「そのまま潰れるが良い!!」
【浮遊】で抵抗し切れなくなって足が床に付く。
途端に、足元が重力に耐え切れなくなって割れる。下に落ち―――る前に【空間転移】で発動者の後ろに逃げる。
「な、に!?」
男の首を掴み、殺さないように気を付けながら床に顔面を叩き付ける。
「ガぁッ!?」
「大層な歓迎痛み居る。アンタが領主か?」
男の顔を床にめり込ませるように頭を手で押さえながら聞くと。
「そうだ、私こそが永遠なる者! その手を離す方が身の為だぞ?」
「はぁ?」
「この屋敷には、命有る物を切り裂く魔剣を持った剣士が居る! 貴様が何者であろうとも絶対に敵わんぞ!!」
頭を地面に付けたまま「はっはっは!」と高笑いする領主。
「そうか。それは怖いな」
まさかとは思うが、さっき両腕飛ばした剣士の事じゃないよな? これだけ自信満々に言ってるんだし…きっと、今も俺の首を狙ってどこかに隠れているんだろう。
「では、その剣士が来る前に用件を済ませようか?」
領主が伏したまま手の中で魔法を詠唱し始めたのを感知し、腕で頭を押さえつつ先っぽの無くなっている尻尾で腕をめった刺しにする。
「ぎぃああああああああああっ!!!!!!!!? きざまッ!! 貴様あああああああああああッ!!!!!」
「これ以上痛みを味わいたくないなら無駄な抵抗はするな」
印持ちには一切の慈悲はないが、特にコイツに対しては非情に徹する。
「いくつか質問をするから正直に答えろ。答えなければ殺す。嘘を言ったと判断したら殺す。隠し事をしても殺す。理解したか?」
「クッ、ふざけるなよ! この私―――がぁぁぁあああああッ!!!?」
もう片方の手を尻尾で深々と貫く。
「質問を始めるぞ? 不老の人間を作り出していたのはお前か?」
「くっ………そうだ! 私が永遠の時間を与えてやっていたのだ!」
「では、その方法を貴様はどうやって知った?」
「500年以上前…私が普通の人間だった頃に東方から来たと言う呪術師が教えてくれたんだよ! もっとも、それを魔法として完成させたのは私だがな」
「お前が…? では、お前以外に不老の魔法を知る者は居ないのか?」
「当たり前だ。そうでなくてはこの街の、私の希少性が薄れてしまうだろうが!」
理解した。つまりコイツを殺せば、このおぞましい存在を生み出す魔法は永遠に失われるって事か。
「……お前は、子供を犠牲にする事に何も感じないのか?」
苦しそうに顔を動かして俺を見る。
そして、嘲笑うように口元を歪め楽しそうに言う。
「馬鹿か貴様は? 孤児がどれだけ国にとってのお荷物か理解していないのか?」
「はぁ?」
「どこの国も切り捨てる理由を探して居るような存在を、私が引き取って有効利用しているんだぞ?」
俺だって馬鹿じゃない。そう言う子供の存在を管理しようと思ったら、どれだけ国の経済を圧迫するのかは想像出来る。
けど、だからって、この街の存在を受け入れようと言う気には全くならない。
「この街が出来てから何年経ったか貴様は知っているのか? 530年だ! アステリア王国の中にあって最も古き街が私のラーナエイトなのだよ! この意味が分かるか? その間、誰も、どの国もこの街に何かしようとはしていないんだよ! この街を、私の生み出す不老の民を、この世界が望んでいるって事なんだよ!! 理解したか、愚か者!!」
言葉が俺の心を軋ませる。この世界が、コイツ等の存在を肯定している? だったら、俺は………俺の…信じていた………日常の姿はなんだ……?
俺の見て来たこの世界の全ては、この街の在り方の上に成り立っていたのか…?
分からない。
分かりたくない……!!
頭が理解を拒む。
早く、早くこの男を殺してしまえ!
「……ふっ、私を殺すか?」
「ああ」
「良いだろう、やるが良いさ。永遠を生きる我等を滅ぼすのが、貴様のような人外の悪魔だと言うのは口惜しいがな? このような最後にならない為に、魔動兵を開発させ街を護らせたと言うのに」
今度は自嘲する。
「そうか。言い残す言葉はあるか?」
頭を床に押さえている方とは逆の手に炎を生み出す。
「悪魔め、呪われろ!」
「呪い? 馬鹿か―――そんな物、とっくに貰ってるさ」
炎を圧縮して球にする。
「この世界に居る事が、俺にとっての最大の呪いなんだよッ!!!」
炎を、領主の体に叩き込む。
領主の体が溶け落ちるように熱によって皮膚と肉を剥がされて骨だけになる。それでも炎は喰らう事を止めず、骨の一片がたりとも残さずに消し飛ばし、魔法で防御されていた屋敷を丸呑みにして焼滅させる。
――― 何も無くなった瓦礫の中で、俺1人だけが立っていた。
これで全部終わった……。
これが、俺の望んだ結末……なのか?
分からない。何も分からない。
分かりたくない。何も見たくない。何も聞きたくない。
「ふっざけんなよ………!! なんで、なんでこんな世界に……俺が…なんでっ!!!」
答えはない。
誰も居ないのだから当たり前だ。
そうだ。俺が全部、殺して、壊したから―――!!
「ああああああああああああッ!!!!!!」
* * *
瓦礫の海に立つ魔人の咆哮に答えるように、ラーナエイトを囲んでいた炎は内側に向けて集束し、そして赤い光が辺りを満たした。
その光は、まるで太陽。
昼間のように辺りを照らし、半径100mの大地を―――草木1本残らない死の大地に変えた。
生き物は存在せず、草木も無く、ただの荒野が広がっていた。
まるで、そこに在った全てを無かった事にするように。
その荒野に残った赤き魔人は、逃げる様にどこかへと消え去った―――…。