4-15 白い家の子供たち
瞬きに1度目を瞑る。そして目を開けば、すでに転移は完了し目の前には白い家だ。
脱出してから30分も経ってないのに戻って来た。
数多の子供の血と涙と絶望が詰まった、この取り繕うような白い外壁に囲まれた家に。
「きゃあああああッ!? ば、化物―――!!」
背後で女が狂ったように叫ぶ。
すると、声に引かれて武装した衛兵らしき男達と、野次馬のやたら煌びやかな服装の連中が集まって来る。
魔動兵が来ないな…?
もしかして、さっきの騒ぎで大半は下層に降りたのか? それに、街の外まで追って来た…治安部? とか言う連中がかなりの数を連れて来てたし。上層は今、結構手薄なのかも。
「な、なんだアレは!?」「は、はは、早く誰か何とかしろっ!!」「あの姿は…悪魔…?」「治安部の奴等は何してる!? こんな時の為の物だろうがっ!?」「魔動兵が何故こないんだよ!?」
やたら騒ぐくせに更に人が集まって来る。怖がってるのかそうじゃないのか、どっちだお前等…。
多分、俺が手を出さないから安全だと判断して、物珍しい珍品でも視る気分で野次馬に集まって来たんだろう。
にしても、何だ…? この場に居る全員の周りの魔素が変に歪んで見える。まさか、不老の印を持ってるからか? だとすれば、普通の人間との見分けが付けやすくて良い。
「おい、誰か奴と戦ってみろ! 勝てれば金貨をやるぞ?」「ほっほっほ、それは良い。では、賭けごとにしますか?」「それならば魔動兵も混ぜましょう、そうすればきっと楽しいですよ」
賭けごとまで始めやがった。
…………うっぜぇな…! こんな連中に、何の罪も無い子供達は文字通りの食い物にされて来たってか?
「ふざけるなよ…」
尻尾を伸ばして、最初に悲鳴をあげた女の首に向けて突き出す。
「は、ぐぇ…!?」
音より早く首に刺さった尻尾は、永遠の時間を与えられた者の印を串刺しにして後ろに抜けた。
「え…?」「は…?」「なんで?」
さっきまで軽いお祭り気分だった連中が一瞬にして黙り、「え? お前何もしないんじゃないの?」と言う間抜けな表情を本気で浮かべている。
下層の住民はそんな事無かったのに、上層の連中は圧倒的に危機感が足りな過ぎる。
そう言えば治安部の連中も200だか300年だかで初めての仕事だって言ってた。その間、この街では危機感を煽られるような騒ぎは無かったって事か…。それはそれで凄いと思うが、この街の本当の姿を知ってしまった今となっては、裏でどういう動きがあったのかを邪推してしまう。
それならそれで、自分達が今どれだけ絶望的な状況なのか教えてやらねえとな?
尻尾に刺さったままの女の体を、尻尾を振って見物人達に投げる。投げると軽く言ってみたが、速度的には人間サイズの砲弾だ。避けれなかった人間達が人形のように手足を辺りにバラ撒きながら吹き飛んで行く。
それを見た、残っていた人間達の悲鳴を―――
「ウルセェ」
俺の炎が全て呑み込んで消した。
視界の中で崩れ落ちる数え切れない炭化した死体。
感慨は無い。ただ、目障りな物を焼いて退かした…それだけの事だ。
さて、外で無駄な時間を取られた。早いところ中に入ろう。
白い家の中はそこまで詳しく調べた訳じゃないが、【魔素感知】と【熱感知】を同時にセンサーとして展開させてあれば、一々足で調べて回る必要はない。部屋の構造や人の居る場所も大体分かる。
まずは、例の“処刑場”だ。
俺の感知能力で見た通りなら、急ぐ必要がある。
飛行して行っても間に合わない、【空間転移】で直接その場に飛ぶ。
視界が一瞬で塗り替えられ、炎に照らされた夜の街並みが、瞬き1つする間に血の臭いの満ちた処刑部屋になる。
目の前には例のプレス機。
台座の上には縛り付けられた裸の女の子。この子も俺達が護衛して運んで来た……来てしまった子供だ。白雪の事を気に行って、何度怒られても羽を引っ張るので白雪から要注意人物認定されているヴェリスだ。
俺が現れた事に驚いた部屋の中の男達だったが、魔導器を操作する手は止まっていない。
台座の上に設置された巨大な槌が真っ直ぐ落下する。
「きゃあああああああッ!」
目の前に迫る死に、ヴェリスが目を見開いて絶叫する。
ざっけんなよ!! 2度も3度も、こんなもんで子供が殺される姿見せられてたまるかよっ!!
一足飛びでプレス機の間に滑り込み、落ちて来た槌を両手でキャッチする。
落下の速度もあってクッソ、重い!! 何トンあんだよコレ!?
膝を折りかけたところで何とか踏みとどまる。
「邪魔して悪いな、コイツは返しておく」
突然の侵入者に処刑作業を邪魔されて、呆気にとられている男達…さっきこの槌を落とすように魔導器を操作した男に向かって全力投球する。
「へ?」
俺の手から撃ち出された数トンの塊をもろに受けて、轟音を立てて壁との間でプレスされトマトケチャップになる男。
「な、なんだ貴さ――――!」
口を開いた隣の男の首を、音も無く尻尾で跳ね飛ばす。
「な、え……? これ…なんだ…?」
残りの男3人が壁際で震えて黙ったのを確認すると、台座に縛り付けられていたヴェリスに近付く。
「ぁぁっ…悪魔……!? ……ま、ママ…」
身動きが取れないままポロポロと涙を流す。迫っていた死を回避出来たと思ったら、それ以上の驚異が目の前に出て来てしまったんだ。ヴェリスの恐怖がどれ程かは想像に容易い。
俺がスッと手を出すと、恐怖に耐え切れなくなったのか、強く目を瞑って訪れる最後から逃避する。
ガタガタ震えている体を縛る錠と鎖に触れて、俺自身の熱で焼き切る。
「……ぇ…? あれ…?」
目をパチクリさせて自由になった自分の手足を見る。
「怪我は?」
「……助けて…くれたの…?」
こんなギリギリの状況になって、ちゃんと助けれたかどうかは怪しいけどな。
【炎熱化】を切って体を通常の物質体に戻し、ヴェリスの体を子猫を抱くように持ち上げる。
「ま、まままま、待て! その子供は、明日の神の晩餐の―――!」
ヴェリスの顔に俺の手を被せて視界を塞ぐと、尻尾を伸ばして叫んでいた男の脳天を貫く。
「黙れよ」
尻尾を頭から引き抜くと、脳漿と肉の塊が血と一緒に流れ落ちる。
「そ、その子供をどうするつもりだ!?」
横に居た男共々首を跳ね飛ばす。
子供等をどうしようと、テメエ等には関係ない話だ。
「他の子供達の所に行くぞ」
「……う、うん…」
腕の中のヴェリスに告げて、生者の居なくなった処刑部屋を後にする。
子供達が居る部屋は多分3階の小さな部屋だ。その部屋だけ魔素の減少が早い。それは人が大勢居る証だ。
その途中で、裸のままのヴェリスに何か着せる物はないかと部屋を漁ってみたが子供用の服がない……。仕方ないのでカーテン(窓は無いけど)のような真っ白な布を体に巻かせて我慢して貰う。
3階に着くと、1部屋だけ鎧を着た連中に護られている……いや、見張られている部屋を発見。間違いない、魔素の減りの早い部屋だ。
特に見張りを警戒する事無くヴェリスを抱いたまま出て行く。
すると、一瞬俺の姿にギョッとしたが、腕の中のヴェリスを見て素早く警戒態勢に入る。
「貴様、何も―――!」
「邪魔」
ヴェリスの視界を手で塞ぎながら、部屋の前に居た男達を尻尾で瞬殺する。
死体を押し退けて部屋に入ると、六畳程の広さの部屋に10人以上の子供がすし詰めにされていた。
小さな照明用の魔導器が部屋の中を頼りなく照らしているが、子供達の顔色の悪さはこの照明の暗さによる物だけではないだろう。
「あ、悪魔!?」「怖い、怖いよぉ…!!」「助けて助けてー!」
俺の姿を見るや、1番年上のガキ大将っぽいのが子供達を少しでも逃がそうと部屋の奥に追い遣って俺の前に立ち塞がる。
「く、来るなら来い!! お、おお、お前なんか怖くねえんだ!!」
手元に武器になりそうな物がなかったからだろう、震える手でスプーンを持っているその姿は、普通の状況で見たら笑い話だ。けど、この生きるか死ぬかの状況で皆を護る為にそんな頼りない物で前に立ってるお前は十分凄いよ。
素直にガキ大将の勇気に敬意を表する。
「連れて来られた子供は、お前達で全員か?」
俺が人の言葉で喋ると、子供達の警戒が1段階下がる。言葉の通じる相手だと理解して、子供達の表情が少しだけ和らぐ。そして、それでようやく余裕が出来たのか、俺の腕の中のヴェリスに皆が気付いた。
「ベス!?」「ヴェリスちゃん!!」「ヴェリス!!」「無事だったんだ!!」「やったー、良かった!!!」
皆が喜んではしゃぐ中、ガキ大将だけが俺を睨んだまま言葉を吐く。
「お、お前!! ヴェリスを離せ!!」
その叫びを聞いて、他の子供達もハッとなって口々にヴェリスを離せと騒ぎだす。
まあ、この姿で助けに来たって言っても無理か……。今の俺はどう考えても悪人側の見た目だし、実際やってる事も殺人だしな。
とりあえず、下層の住人達の所に運ぶだけ運ぶか、と説得を諦めたその時、腕の中のヴェリスが猫のような身のこなしで手の中から抜け出し、俺を護るように両手を広げて子供達の前に立つ。
「皆待って! この悪魔さんは悪い悪魔さんじゃないの、私の事助けてくれたの」
「え?」「悪魔なのに…?」「良い悪魔さんなの?」「怖くない! ……やっぱり怖い…」「私達の事も助けてくれるの?」「尻尾、格好良い…」
まだ怯えては居るけど、幾分か友好的にはなったかな? サンキューヴェリス。
子供の中で1番ちゃんと話が出来そうなガキ大将に視線を向けて会話を再開する。
「それで、ここに居る子供はお前達で全員か?」
「わ、分かんない…。ボクが来た時にはもっとたくさん居た……けど、皆どこかに連れて行かれて、それ以来帰って来てない……」
魔人化によって強化された【熱感知】で見る限り、多分建物に他の子供は残って無い…と思う。【魔素感知】の方でもそれらしい反応が無いから多分間違いない。
それと、この口振りじゃ、連れて来られた子供が問答無用でクソ共の食料にされていた事は知らないか……。
まあ、知らない方が良いか…あんな事。
俺の方から話すつもりは一切ないし、後でヴェリスにも一応口止めしておくか……いや、でもそれだとヴェリス1人だけで抱え込んで辛いんじゃないのか?
……答えなんてねえか。ヴェリスも思ったほど子供じゃないし、言うか言わないかは本人の判断に任せよう。
「分かった。今からお前達を外に逃がす」
「で、出来るのか…?」
「ああ。見た目通りの化物だからな。全員部屋の真ん中に小さく纏まれ」
言われて、狭い部屋の中で子供達がおしくらまんじゅうを始める勢いで集まって小さくなる。
「こ、これからどうすれば良いんだ?」
「危ないから出来るだけ動くな」
言ってから、子供達の周りを炎で囲む。危なくないように火として存在できるギリギリまで低温にする。
「わっ!」「ひゃっ!?」「熱…くない?」
炎に特性“転移阻害無効”を付与。
これで準備はヨシ。後は俺も炎の内側に入って【空間転移】発動っと。