4-13 魔と人の境界線に立って
不老の人間。
老いる事無く、外的要因以外では死ぬ事がない時間の束縛から逃れた人間。けど、時間から解き放たれた事でコイツ等は人間の……いや、生物の根本にある物を失った。
生物が生きる目的は、極端な話自分の遺伝子を未来に残す為だ。
……だが、不老の人間にはそれがない。永遠に自分が存在し続けるから、自分の子供を、孫を、次の世代を作る必要性を感じて居ない。
いや、違うな…。コイツ等にも遺伝子を世界に残し続けようとする、生物の根源行動はあるんだ。自分の存在を存続させ続ける事で、その遺伝子は世界に有り続ける。
でも、だから子供を消費するのか?
もしかしたら、コイツ等だって不老になったばかりの頃は、食人の忌避感を抱いていたかもしれない。けど、長い年月をそうやって過ごすうちに、それが当たり前になって、いつのまにか子供を食べる事が、日常になった。
「さあ。じゃあそろそろ、僕達の華々しい初仕事を片付けようか?」
男達が手を挙げると、魔動兵達が一糸乱れぬ動きで近付いて来る。
「マスター!」「主様!」
ああ、何だこれ?
…子供を殺して、それを食う? それが日常?
「……ふざけんな………」
じゃあ、俺が過ごして来た17年間の日常はなんだ?
目の前の現実が―――この異世界が、全力で俺の日常を否定している。
「魔動兵よ! 侵入者達を殺せッ!!」
「マスター、ただちに退避を!」
「主様だけでもお逃げ下さい!」
パンドラとエメラルドが、俺の逃げ道を作ろうと前に出る。
ゴールドが道が出来次第を俺を逃がそうと、脚に力を込める。
戦いの気配を感じて白雪が怯えた青に変色して俺の肩に止まる。
「……ははは」
自分でも自分がどういう精神状態なのか分からない。
でも、自分がやるべき事は分かった。
「ハッハッハッハッハハハハハハハッ!!!!」
「マスター?」「主様?」
盛大に笑いながらゴールドの背から降りると、肩に止まっていた白雪を優しく拾ってパンドラに手渡す。
「ああ、そうか。良いぜ、お前等が俺の日常を否定するってんなら―――」
体の奥から噴き上がって来る破壊衝動。
心の奥から、少年の優しい声が聞こえた気がしたが、その声を俺は無視した。
「俺が、お前等の日常を否定してやるッ!!!!!!!!」
体中に力が満ちる。
俺が≪赤≫を支配したのか、俺が≪赤≫に呑まれたのかは分からない。けど、そんなものどうでも良い!
力を寄越せ!! この街を! この現実を! 何もかも赤に沈める事が出来る力を寄越せッ!!
『力ヲ望ムカ?』
ああ!
『ナラバ全テヲ与エヨウ』
≪赤≫の声と共に力が増す。
俺自身の意思を無視して刻印が体に現れる、だが、それでも更に力が湧き出し続ける。
「マスター、行けません!」
腕が弾けて血が噴き出す。
攻撃されたのではない。内側から湧き上がる力を、器が受け止め切れなくなった。
でも、まだだ!
もっと、もっと力を―――
反対の腕も血管が弾ける。両足からも血が噴き出す。
「主様! 死んでしまいます!」
死ぬ? 死なねえよ。このままじゃ死ぬってんなら、死なないようにしろ!
『生命維持ノ為、強制的二肉体ヲ【魔人化】スル』
体中に展開されていた刻印が光り出す。
赤い光が俺を呑み込み、体を作り変える。
2m近い強靭な体。
全てを引き裂けそうな爪。
腰の辺りに違和感を感じる…剣が生えていた…尻尾なのか?
軽く力を込めると、背中から炎が噴き出して翼のように広がった。
魔に堕ちた人間。
異形の“魔人”の姿。
「な、な、なんだその姿は!?」
『【魔人スキル:空間転移】【魔人スキル:魔素感知】【魔人スキル:炎熱特性付与】【魔人スキル:浮遊】【魔人スキル:炎熱化】ヲ解放スル』
ふむ…。
【浮遊】で軽く体を浮かす。
よし、スキルの使用は問題ないな。
「ば、化物―――ガぁゲッ!?」
蛇腹剣のような尻尾を伸ばして手近な男の体を捕らえて締め上げる。
「おい、お前等は子供を食べる事に罪悪感はあるか?」
喋ってみて気付いた。声が別人みてえだ。
完全に元の体の要素が消えてる。これで俺が誰なのか分かる奴が居たら、そいつは多分人間じゃない。
「な、なにを言って…!?」
その時、横から迫っていた魔動兵が巨大な剣を振り被る。
ずっと前から気付いてる。【魔素感知】によって、空気中の魔素の動きが見えるようになった。魔素の存在する場所ならば、空間そのものが俺の目であり耳だ。
でも、あえてその攻撃は避けない。
俺が回避も防御もしないのを見て、パンドラ達が動こうとするのと手の平を向けて制する。
「手を出すな」
剣が俺の体に喰い込―――まなかった。
【炎熱化】によって俺の体は炎と熱の塊になっている。物理攻撃は完全透過、そもそも俺の体の熱量は軽く3000度以上ある。そこらの金属性の武器じゃ、触れた瞬間に溶けて無くなる。ヴァーミリオンの持つ【火炎装衣】の上位スキル。
幸か不幸か、魔動兵はそれでも恐怖を感じる事もなく、剣先の無くなった剣で更に横薙ぎに振るおうとする。
しかし、溶けた剣を振るよりも早くその手甲を掴んで動きを止める。【炎熱化】の便利なところは、相手からは物理透過になるが、コッチからは自由に物理的に触れる事が出来る事だ。熱量も有る程度は自由に弄れるしな。
腕を掴まれて、なんとか俺の手を引き離そうと必死になる魔動兵。
………この魔動兵の中にも名も知らない子供の精神が囚われてるのか…。
「ごめんな。俺じゃお前を救ってやる事はできないんだ」
俺の言葉に反応せずに更にもがき、終いには自由な方の腕で俺の手を殴り始めた。
痛みはない、何故なら殴られていないから。
振り下ろされる鉄の拳は、炎となった俺の体を素通りして、俺が握っている自身のもう片方の腕を殴っている。だが、そんな事は気にする事無く機械的な動きで腕を振って、せっせと自分の腕を痛めつけている。
「俺がお前達にしてやれる事は――――」
指先で、トンっと鎧に触れる。
「ちゃんとした終わりを与えるくらいだ」
空っぽの鎧の中に熱量を流し込み、内側で発火させる。
鎧の隙間から炎が溢れだし、次の瞬間には鎧がドロリと溶けだして地面に落ちる。
例の声は聞こえない。
苦しまずに成仏してくれたのを願うばかりだ。
「おい、おい! 放せ!」
「今すぐにソイツを解放しないと、攻撃する!」
俺の尻尾で捕まえている男が、いい加減逃れようと動いて鬱陶しいな。剣のような鋭さを持つ俺の尻尾の中で動くって事は、それだけ尻尾が食い込んで行くんだが…。
ついでに他の男達も、今すぐにでも魔法を放とうと構えている。魔動兵の剣が溶けたのを見て、近接戦は捨てたか。
だいたい何が攻撃するだよ、もう魔動兵に攻撃させてるじゃねえか。
「良いよ、解放してやる」
尻尾を緩めて、男の体を下に降ろしてやる。
放す瞬間に、男の腕に出来ていた切り傷にスッと触れる。
男が慌てて仲間の所に走って行く。
「貴様! 完全に我等と敵対したぞ!! 理解したか!? ラーナエイト全てが貴様の敵となったのだ!!」
「はははッ、怯えるが良い! すぐに援軍が来る! 貴様はもう終わりだ」
援軍か。確かに来られたら面倒だな。
戦力って意味では無く、街から逃げられるって意味でだが。
「ご忠告どうも。それじゃ、出てこれないようにしておくか」
手の平を忌まわしい闇を抱えた街に向ける。
「“ゲヘナ”」
炎の柱が天に向かって伸びる。
ラーナエイトを取り囲んで噴き上がる200m以上ある真っ赤な炎。
「は?」「え?」「なに、あれ?」「地獄の炎…!?」
呆気にとられる男達を無視して、更に細工をする。
【炎熱特性付与】、炎や熱の攻撃に色んな効果を付与出来る異能。あの炎に付与する力は“転移誘導”。炎の近くで転移を行った場合、強制的に出口が炎の中になる。本当は転移無効にしたかったが、付与効果の中に無効が無かったので仕方ない。
「これで援軍はないぞ」
ギロっと男達に視線を移す。
「そうそう、それとお前」
さっき尻尾から解放した男を指さす。
「え…わ、私か…?」
「解放してやるとは言ったが、見逃してやるとは言ってない」
さっきアイツの傷口に触れた時に仕込んで置いた種を発芽させる。
「…!? えっぅ…あっづぃ…!! 熱い……!! た、助け―――」
「心配するな、お前のお仲間も道連れに付けてやる」
男の体が内側から炎と肉片と骨の撒き散らして爆散する。
「なっ、ぐうぇっ!?」「ぎゃああッ!!」「ゴフぇっ!?」
飛び散った炎と、弾丸のような骨の欠片が男達に降り注ぐ。
【バーニングブラッド】。カスラナの戦いで手にした、血を燃焼させるスキル。普段は魔物しか相手にしないから使う機会が無かったが、今回のような対人では鬼のような性能を発揮するバカみたいなスキルだ。
………こんな戦い方、いつもだったら絶対にしないのに……いや、しようと考える事もないのに。今の俺、どこか変だな? 人を殺しても何も感じない。むしろ、目障りな連中を消せて気分がスッキリしてる。
「まあ、良いか……」
俺はただ、この力を振るって、クソ不愉快な不老の印を持つ連中を皆殺しにするだけだ。