4-12 永遠を生きる者達
坂道を駆ける赤毛の狼ことゴールド。
耳元で風が五月蠅く流れて行く。
知ってたけど、早いなコイツ! 獣の走る速度は知っていたつもりだけど、イメージと全然違う。
必死こいて毛掴んでしがみ付いてるけど、こんなに引っ張ってゴールドの奴痛がってねえのかな…?
何を馬鹿な事を考えているんだと自分でもアホらしくなるが、関係無い事を考える事に頭を使っていないと、さっき見たあの光景が何度も何度も頭の中でリピートして頭が痛くなる。
ジェットコースターのように風景が流れて行く。
さっきのアレはなんだ?
なんで、なんで―――ッ!!!?
頭の中でまたあの光景がリピートされる。
巨大な槌に潰される体。ギロチンに首を落とされる子供の姿―――…。
込み上げて来た吐き気を何とか呑み込む。
クソ……クソっ!! なんだ、ここはっ!?
飛ぶように坂を一気に下り、若干上層よりも荒く敷き詰められたレンガの通りを走り抜ける。
「ゴールド、中央通りは避けろ! 西側の通りから回って南門から出るぞ!」
頭の中で、昨日記憶した魔動兵の配置図を開きながらルートを考えた結果がコレだ。
中央通りは多少広いが、配置が多い。下手に足を止められたら周りの通りから魔動兵が集まって来て身動きが取れなくなる。東門を避けたのは、例の魔動兵の集団が居る場所が近過ぎるから。下手すりゃ、すでにもう門を抑えられている可能性すらある。
それに、出来るだけ下層住人に俺の姿を見られたくないし、巻き込みたくない。
道を塞ぐように立ち塞がった魔動兵を、獣の肉体だからできる柔軟で素早いステップで軽々とかわし、更にゴールドは走る。背中に乗ってる俺は横に振られて結構必死だけど、今は要らない事を考える余裕が無い方がありがたい。
そういや、パンドラ達は無事に逃げれたかな? 連絡するのが上層を出る直前になっちまったけど……。今は信用するしかないか…。
魔動兵の動きだしよりも早く逃げだせたお陰で、下層では碌な追撃を受ける事はなくラーナエイトから脱出成功!
街を出た所で、少し先を走る熱源を発見。
あれは―――
「パンドラ!」
声をかけると、先を走っていたメイドと、その横を飛んでいた赤い仮面が振り返る。
「マスター」「主様」
驚いた様子もなく立ち止まって、俺達が追い付くのを待つ。
「大丈夫だったか?」
「はい。こちらは問題ありません」
パンドラの言葉に、横のエメラルドも頷いて肯定する。
2人が大丈夫だったってんなら大丈夫だったんだろう。ふぅ…無事に脱出出来てて安心した。
エプロンドレスのポケットから光る球が飛び出して、嬉しそうに俺の周りを飛ぶ。
「お前も無事そうだな」
手の平を出してやると、ストンっと降りて来て羽を畳んで寛ぐモードに入った。
「マスター、そちらは? 顔色が優れないようですが?」
「………スマン。お前等に騒ぎ起こすなって言っといた俺がやっちまった…」
「謝罪など! 主様がそうなされたのであれば、何か事情があった事は我等全員が理解しております」
事情……か。まあ、そうなのかな…?
「とにかく、早いところ街から離れよう」
「はい」「はっ」
パンドラは俺の後ろに乗っけて、エメラルドは1度引っ込めるか? と行動を起こそうとした瞬間、俺達を取り囲むように空間が歪む。
――― 転移!?
マズイと思った時にはすでに遅い。
歪んだ空間から、100体近い魔動兵がガシャガシャと体を擦らせながら歩いて来た。
「まったく、手を掛けてくれるなよ?」
俺達の正面に男が現れる。
「そう言うなよ? こうして治安部なんて物が作られてから200年経ってようやくの初仕事なんだぜ?」
「そうそう、むしろ侵入者には感謝しても良いくらいじゃないか?」
続くように背後に現れた2人が陽気に言う。
「俺達の初めての相手が子供とメイドってのは、ちょっと気に食わないけどね?」
「そうだな。どうせなら、クイーン級の冒険者とかだったら、少しは気合いも入ったのに」
最後に左右に1人ずつ。
全員が揃いの軍服のような衣装を纏っているが、鎧の類は1つも身につけて居ない。武器は腰に差したロングソード1本。けど、多分アレは飾りだな…。
ヤベ…アッと言う間に囲まれた。
転移は追跡に使われると本当にクソチートだな。コッチはどんだけ頑張って走ったと思ってんだ……まあ、実際に足動かしてたのはゴールドだけど…。
「お前等、何もんだ?」
何か逃げ出す方法が思いつかないかと時間を稼ぐ。
「ラーナエイト治安部。まあ、名目上そうなっているだけで、仕事をするのはこれが初めてだがね?」
「君等のような侵入者は、中々現れてくれないから暇してたんだよ?」
「街を影で支える裏の自警団って感じ?」
「おっ、それなんか格好良いな」
治安部? なんじゃそりゃ…?
いや、とにかく時間稼いがねえと!
「お前等、白い家で何が行われているのか知ってるのか!」
事情を話す暇がなかったので、ウチの連中は皆首を傾げている。
………まあ、知っておいて欲しいと思う反面、知らないなら知らないままで居て欲しいとも思う。
「知ってるって何が?」
特に演技しているような感じはないな? 本当に知らないのか?
だったら、真実を聞かせればコッチに引き込めないかな? 多少なりとも良心があれば、もしかしたら味方になってくれるかも。仲間になる、とは行かなくても、この場は見逃して貰えるんじゃね?
「あの家の中では、色んな場所から集められた子供達が殺されてるんだぞ!!」
俺の言葉に、パンドラ達の視線が俺に集まる。
一方男達は、それぞれ困ったように顔を見合わせて、そして代表して前に居た男が
「ああ、うん。それがどうかしたのか?」
え……?
なんだその反応?
なんで、そんな「俺が何を騒いでるのか分からない」って表情で俺を見てるんだ?
「どうかしたじゃねえよっ!! 子供をわざわざ集めて殺してるんだぞっ!!!?」
「殺してるって……それは仕方ないだろ? なあ?」
「ああ。君達だって、“肉を食べる時には動物に直接齧り付いたりしないだろ?”」
………なに…を言ったんだ、今?
「あれ? もしかして知らなかったのかな? アレは別に子供達を憎くてやってるんじゃないんだよ? 僕達はね、永遠を生きる権利を神から与えられたんだ」
男達がダラけた体勢から背筋を伸ばす。
自分達は選ばれた者なのだと、自分達は特別なのだと誇るように。
「でも、永遠を生きる者の証である“神の祝福”も万能じゃない。だから、それを維持する為に僕たちは皆―――」
ヤメロ、言うな!!
「子供の肉を食べているんだ」
俺の中の何かが音を立てて壊れたような錯覚。
ああ、そうか。ようやく理解出来た。
白い家は、子供達の処刑場だったんじゃない……上層の不老共を生かす為の精肉場だったんだ……。
「不老の秘密は、食人の禁忌を犯す代償で払われていたと言う事ですか」
いつも機械的な反応のパンドラでさえ、微かに目元を釣り上げている。
「下劣な者共め! 貴様等が主様の視界に入るだけで不快だ!」
エメラルドとゴールドは、俺が許せば今すぐにでも男どもを粉微塵にしそうな程怒っている。
それに対して、俺はなんだろう?
妙に精神が落ち着いている。波1つ立っていない。
「もう1つ聞いて良いか? 白い家の奴等が言ってた、精神を剥がすとか言ってた。あれはどう言う意味だ?」
聞いても無駄かと思ったが、男達は初仕事だと言う事でテンションが上がっているのか、俺の質問に馬鹿正直に答えてくれた。
「ああ、それは魔動兵に使うのさ。ただの鎧に使役の魔法を施して、その魔法を制御する為に子供の精神を張り付ける。まあ、子供の精神をちゃんと剥ぎ取る為には死に際の恐怖を刻ませないと行けないらしいから、随分剥ぎ取れる数は少ないようだけどね?」
肉体は食べられ、精神は永遠に魔動兵のパーツの1つとして囚われ続ける。
ああ、魔動兵から聞こえて来たあの声は、そう言う事だったのか…。
「いやー、それにしても領主様は頭が良いな! 孤児なんてどこの国でも扱いに困る物を引き取って、それを余す所なく消費するなんて、あの方はやはり考える事が違う!」
男の1人がこの件の発端を褒め称えると、他の男達も今にも拍手でもしそうな勢いで賛美の声を上げる。